メインメニューを開く

来歴編集

旧福岡県立小倉工業学校(現福岡県立小倉工業高等学校)機械科卒業。1928年から1961年まで八幡製鉄所に勤務した。1938年、同郷の芥川賞作家・火野葦平劉寒吉らと共に同人誌「九州文学(第二期)」に参加し、代表作となる『富島松五郎伝』(「九州文学」1939年10月号。「オール讀物1940年6月号)で、1939年下半期・第10回直木賞候補、翌1940年上半期・第11回直木賞候補に挙げられるも受賞ならず。さらに、「辰次と由松」で同年下半期・第12回直木賞候補、「西域記」で1943年上半期・第17回芥川賞候補となったが、いずれも受賞できなかった。八幡製鉄所退職後は明治通信社に勤務しながら執筆活動を行う。73歳で死去。

「富島松五郎伝」は『無法松の一生』のタイトルで映画化、ドラマ化、舞台化が幾度となくされている。

作品編集

著書編集

  • 「辰次と由松」(新小説社)1941年
  • 「富島松五郎伝」(小山書店)1941年
  • 「秋廓寥」(泰光堂)1942年
  • 「聖もうれん」(??)19??年(『信貴山縁起絵巻』の小説化)
  • 「熱風」(土人社)1943年
  • 「熔鉱炉と共に四十年」(東洋書館)1943年
  • 「明治 恋風 」(角川書店)1950年
  • 「縄」(五月書房)1958年
  • 「青春の流域」(五月書房)1959年
  • 「焔と氷」(五月書房)1959年
  • 「明治恋風」(角川書店)1959年
  • 「岩下俊作詩集」(小壼天書房)1960年

全集、選集編集

  • 「新文学選書 第1 翁 / 岩下俊作、劉寒吉編」(燎原社)1946年
  • 「岩下俊作選集」全5巻(北九州都市協会)1997年 - 1998年
  • 「くらしっく時代小説9 岩下俊作集」(リブリオ出版)1998年

直木賞候補作品編集

  • 第10回「富島松五郎伝」(「九州文学」1939年(昭和14年)10月号)単行本初所収・小山書店刊「富島松五郎伝」
  • 第12回「辰次と由松」(「オール讀物」1940年(昭和15年)9月号)単行本初所収・新小説社刊「辰次と由松」
  • 第13回「諦めとは言へど」(「オール讀物」1941年(昭和16年)6月号)単行本初所収・新小説社刊「辰次と由松」

芥川賞候補作品編集

  • 第17回「西域記」(「九州文学」1940年9月号 - 1946年9月号・連載中に候補となる)

映画原作編集

その他編集

  • 「西域記」は、シルクロードを題材とした小説のさきがけ。
  • 岩下が昭和13年に発表した「算額問答」は、数学(和算)を扱った小説のさきがけ。
  • 岩下の三男、八田昂は大学卒業後NHKに入り記者として活躍した後、50代でふるさと北九州局の局長となった。その後はNHK文化センターに移り、北九州教室の開設に尽力。退職後の現在も北九州市に住んでいる。

関連項目編集