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島根県立出雲工業高等学校(しまねけんりついずもこうぎょうこうとうがっこう, Shimane Prefectural Izumo Technical High School)は、島根県出雲市塩冶(えんや)町に所在する公立工業高等学校。略称は「出工」(いずこう)。

島根県立出雲工業高等学校
Shimane Prefectural Izumo Technical High School 2018-1-4.jpg
過去の名称 島根県立今市工業学校
島根県立出雲商工高等学校
島根県立出雲産業高等学校 工業科
国公私立の別 公立学校
設置者 島根県の旗 島根県
学区 全県学区
校訓 誠実・進取・勤勉
設立年月日 1944年
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 機械科
建築科
電気科
電子機械科
学期 3学期制
高校コード 32113D
所在地 693-0022
島根県出雲市上塩冶町420番地
北緯35度20分41.5秒 東経132度45分36.1秒 / 北緯35.344861度 東経132.760028度 / 35.344861; 132.760028座標: 北緯35度20分41.5秒 東経132度45分36.1秒 / 北緯35.344861度 東経132.760028度 / 35.344861; 132.760028
外部リンク 公式サイト
Portal.svg ウィキポータル 教育
Project.svg ウィキプロジェクト 学校
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島根県立出雲工業高等学校の位置(島根県内)
島根県立出雲工業高等学校

目次

概要編集

歴史
1944年昭和19年)に開校した「島根県立今市工業学校」を前身とする。数回の組織改編・改称を経て1962年(昭和37年)に現校名の「島根県立出雲工業高等学校」となった。2014年平成26年)に創立70周年を迎える。
設置課程・学科
全日制課程 4学科
  • 機械科
  • 建築科
  • 電気科
  • 電子機械科
校訓
「誠実・進取・勤勉」
校章
「出雲」を表すの絵と、工業の「工」の文字を図案化したものを組み合わせ、その中央に「高」の文字を置いている。
校歌
作詞は山本龍一(当時の校長)、作曲は米山道雄による。歌詞は2番まであり、1番に校名の「工業」が登場する。
同窓会
「工雲会」(こううんかい)と称している。

沿革編集

工業学校時代
  • 1944年(昭和19年)4月1日 - 教育ニ関スル戦時非常措置方策により、島根県立今市商業学校が「島根県立今市工業学校」に転換される。
    • 工業に関する機械科・建築科・航空機科の3学科を設置。
    • この時の入学生はすべて工業科1年生、商業学校1年修了者は工業学校2年生となり、商業学校2・3・4年修了者はそのまま商業学校の3・4・5年生となる。
    • 在校生が卒業するまで、当面の間商業学校は維持(併置の形をとる)。
  • 1945年(昭和20年)
    • 3月
      • 修業年限短縮施行の前倒しにより、商業科4年生(1941年(昭和16年)入学生)・5年生(1940年(昭和15年)入学生)の合同卒業式を実施。
      • 決戦教育措置要綱[1]が閣議決定され、同年4月から翌年3月末まで授業が停止されることとなる。
    • 4月1日 - 授業を停止。学徒動員(勤労動員)は継続(1・2・3年工業科/4年商業科)。
    • 5月22日 - 戦時教育令が公布され、授業を無期限で停止することが法制化される。
    • 8月15日 - 終
    • 9月 - 授業を再開。航空機科を廃止し、工業化学科を設置。
  • 1946年(昭和21年)4月1日 - 修業年限が5年に戻る(1・2・3・4年工業科/5年商業科)。
  • 1947年(昭和22年)
    • 3月31日 - 商業科5年生の卒業により、商業学校が廃止される。
    • 4月1日 - 学制改革(六・三制の実施、新制中学校の発足)
      • 工業学校の生徒募集を停止。
      • 新制中学校を併設し(名称:島根県立出雲工業学校併設中学校、以下・併設中学校)、工業学校の1・2年修了者を新制中学校2・3年生として収容。
      • 併設中学校は経過措置としてあくまで暫定的に設置されたため、在校生が2・3年生のみの中学校であった。
      • 工業学校3・4年修了者はそのまま工業学校に在籍し、4・5年生となる。
新制工業高等学校
  • 1948年(昭和23年)4月1日 - 学制改革(六・三・三制の実施、新制高等学校の発足)
    • 工業学校が廃止され、新制高等学校「島根県立出雲商工高等学校」が発足。全日制の工業科と商業科を設置。
      • 工業学校卒業生(5年修了者)を新制高校3年生、工業学校4年修了者を新制高校2年、併設中学校卒業生(3年修了者)を新制高校1年生として収容。
      • 併設中学校は新制高校に継承され(名称:島根県立出雲商工高等学校併設中学校)、在校生が1946年(昭和21年)に入学した3年生のみとなる。
  • 1949年(昭和24年)
  • 1951年(昭和26年)10月18日 - 校歌(現・出雲商業高校の校歌)を制定。
  • 1953年(昭和28年)4月1日 - 農業科が島根県立出雲農林高等学校として分離・独立。
  • 1962年(昭和37年)
    • 3月 - 野球部、第34回選抜高等学校野球大会(春のセンバツ甲子園大会)に初出場。
    • 4月1日 - 出雲産業高校より工業科が分離し「島根県立出雲工業高等学校」として独立。電気科を新設し、4学科体制となる。
      • 工業科1・2年修了者は産業高校在籍のまま2・3年生となる。また当面の間校舎は共用。
  • 1963年(昭和38年)
    • 4月1日 - 出雲産業高校工業科の2年修了者が工業高校3年として転学。これにより出雲産業高校は島根県立出雲商業高等学校に改称。
    • この年 - 塩冶ヶ丘(現在地)に移転。
  • 1969年(昭和44年)- プールが完成。
  • 1971年(昭和46年)- 寄宿舎「青雲寮」を開設。
  • 1975年(昭和50年)- テニスコートを整備。
  • 1981年(昭和56年)- 特別教室棟を整備。
  • 1984年(昭和59年)- 校訓を制定。
  • 1989年(平成元年)4月1日 - 電子機械科を新設し、5学科体制となる。
  • 1990年(平成2年)- 電子機械科実習棟が完成。
  • 1994年(平成6年)- 記念館「工雲会館」が完成。
  • 1996年(平成8年)4月1日 - 環境システム科を新設し、6学科体制となる。
  • 1997年(平成9年)- 新実習棟(環境システム科・建築科)が完成。
  • 2001年(平成13年)4月 - 工業化学科の生徒募集を停止。
  • 2003年(平成15年)3月31日 - 工業化学科を廃止。これにより5学科体制となる。
  • 2005年(平成17年)- 屋内運動場が完成。
  • 2008年(平成20年)4月 - 環境システム科の生徒募集を停止。
  • 2010年(平成22年)3月31日 - 環境システム科を廃止。これにより4学科体制となる。
  • 2014年(平成26年)- 新校舎(管理特別棟・教室棟)が完成予定。
  • 2015年(平成27年)- 新校舎(実習棟)が完成予定。

部活動編集

著名な出身者編集

脚注編集

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  1. ^ 国民学校初等科を除く学校の昭和20年度1年間の授業停止が決定された。

関連項目編集

外部リンク編集