メインメニューを開く

島田 奈央子(しまだ なおこ、1971年2月1日 - )は、日本音楽ライターディスクジョッキー。10代の頃は島田奈美(しまだ なみ)の芸名アイドルとして活動していた。 東京都出身。私立富士見中学校・高等学校卒業。血液型O型

島田 奈央子
出生名 島田 奈央子
別名 島田 奈美
生誕 (1971-02-01) 1971年2月1日(48歳)、東京都目黒区三田厚生中央病院[1]
出身地 日本の旗 東京都練馬区
学歴 山崎学園富士見中学校・高等学校卒業
ジャンル J-POPジャズ
職業 音楽ライター、ディスクジョッキー、ラジオパーソナリティ、音楽プロデューサー
活動期間 1974年 - 1976年子役モデルとして活動)
1984年 - 1990年島田奈美の芸名でアイドルとして活動)
1991年 - 現在(音楽ライター、ディスクジョッキーなどで活動)
レーベル コロムビアミュージックエンタテインメント
EPICソニー
EMIミュージック・ジャパン
Pヴァイン・レコード
事務所 ヒップランドミュージックコーポレーション(1996年 -)
共同作業者 杉山洋介寺田創一平井景
公式サイト http://naoko-shimada.net/

来歴編集

芸能界デビュー前編集

1971年
2月1日、東京都目黒区三田厚生中央病院で生まれる。体重:3480g、体長:51cm、血液型:O型[1]
1974年
練馬区中村の南蔵院幼稚園入園[1](現在は無い)。この頃、祖父母や母と代々木公園に遊びに行った時に、子どもモデルとしてスカウトされる。小林脳行の「モス・ボックス」などのCMにも出演したが、父親に「子どもらしさがなくなる」と言われ、2年半後にモデル活動を辞める。
1977年
練馬区立の小学校に入学。「劇団あすなろ」に入りたいと父親に相談するが反対をされて断念。小学生時代は書道剣道ギター手話などを習う。
1979年
スキーで左ひざに大怪我を負う。
1983年
練馬区中村の私立富士見中学校入学。中学に入学してから、テニス部やバレーボール部に入部するが体力的に難しいと医者に諭されて断念、退部する。
1984年
中学2年の時、本人を含めた家族5人でTBS系のクイズ番組クイズ100人に聞きました』に出場し勝利を収めてハワイ旅行を獲得した。その収録で司会関口宏が「(プロフィールに)芸能人になりたいなって書いてあるね」と言ったことがそのまま放送されたため、番組を見た幾つかの芸能事務所から誘いがあったが、検討するに留めてしまった[注釈 1]

アイドル歌手時代編集

島田 奈美
出生名 島田 奈央子
生誕 (1971-02-01) 1971年2月1日(48歳)、東京都目黒区三田厚生中央病院[1]
出身地   東京都練馬区
学歴 山崎学園富士見中学校・高等学校卒業
ジャンル J-POPアイドル
職業 アイドル
活動期間 1984年 - 1990年
レーベル 日本コロムビア
事務所 メリーゴーランド(1985年 - 1990年)
共同作業者 杉山洋介寺田創一ラリー・レヴァン


アイドル歌手時代には、シングル14枚、オリジナルアルバム10枚をリリース。一部の曲では本名の「島田 奈央子」名義で作詞も手がけていた。後期は、ダンスミュージックを意識した楽曲が多く、ノンストップリミックスのアルバムもリリースしている。

1984年
映画『パンツの穴 花柄畑でインプット』のオーディションに応募し、準優勝。 同映画に本名名義で出演。
1985年
雑誌「Momoco」3月号に登場、桃組出席番号1078。西村知美杉浦幸と共に「桃組3人娘」と呼ばれるようになる。
サンヨー食品「サッポロ一番みそラーメン」CM出演。
東京池袋のサンシャイン60で開催したモモコ・パーティーで西村知美、杉浦幸と共にと共にウエディングドレス姿を披露。
1986年
島田 奈美(しまだ なみ)の芸名で、アイドルとしてデビュー。デビュー当時のプロフィールは、「身長161cm、体重44kg、B80W60H83、足23cm」。キャッチフレーズは「スイートでキュートな15歳」。所属事務所は「メリーゴーランド」。
4月から7月にかけて、TBS系ドラマ「お坊っチャマにはわかるまい!」にて、とんねるず木梨憲武演じる平田正美の妹「平田奈美」役でテレビドラマデビュー。この1作を機に他局系列のドラマへの出演も有力かと思われたが、実現せず。
5月3日から5月11日にかけて“ファンの集い“を開く。
5月21日、コロムビアレコードより『ガラスの幻想曲(ファンタジー)』で歌手デビュー。しかし新人賞にはノミネートされず。
1987年
2月、4thシングル『Free Balloon』が、同月26日「ザ・ベストテン」、翌月3月2日「歌のトップテン」に初ランクイン。代表曲で6th『パステルブルーのためいき』など含めて4~5曲が翌年1988年上半期までランクインした(なお、「ザ・ベストテン」では9th『NO!』が最後だった)。
ファーストコンサート大阪サンケイホール日本青年館などで開く。
8月29日日比谷野外音楽堂にて「Momoco Party 桃娘大好き! あたりまエッ!!」MCを担当。
1988年
ラジオ番組「奈美のFLYING TEAPOT」放送開始。契約上の理由からか、引退後の1990年9月まで続いた(BSN 新潟放送など多数のネット局では、島田の引退する1990年7月いっぱい、あるいはその前の月まで放送された局もあった)。
1990年
7月30日MZA有明のファイナルコンサートを最後に、自らの意思でアイドルを引退。自身の出演したラジオ番組(先述の「~FLYING TEAPOT」、「小堺一機のヤングプラザ」など)でも、1ヶ月ほど前にその引退を伝達している。
2016年
2月、オーダーメード型CD「MEG-CD」の80年代アイドル告知ポスターに「ガラスの幻想曲」のジャケットが採用され、全国のサークルKサンクス店頭に掲示された。

音楽ライター、プロデューサーとして編集

アイドル歌手としての引退後、『CDジャーナル』『スイングジャーナル』などの音楽雑誌でCDアルバムを紹介する記事などを担当した[2]。当初はF1雑誌の記者になろうと考えており、『Racing On』などのモータースポーツ誌に問い合わせたが、「アルバイトで雑用なら可」と言われ、しかも時給が600円で上がらないという説明を受けたために断念したという[3]。その後、元事務所関係者より『CDジャーナル』のCD評の仕事を紹介してもらったことをきっかけに[4]、音楽ライターとして歩み始めた。現在は、音楽ライターの他に、DJ、音楽イベント、CDのプロデュースも行っている。

1992年
この頃より音楽に関する文筆、ラジオパーソナリティ、クラブのDJなどで活躍。当初は完全にフリーランスであった[2]が、1996年からはプロダクション「ヒップランドミュージックコーポレーション」に所属[2]
2007年
10月、ソウル・ミュージッククラブジャズなどといったジャンルを中心に、音楽雑誌などで執筆活動をするほか、インターネットラジオなどにも出演している。 NIKKEI NET内にあるITニュースサイト「IT+PLUS」において『島田奈央子のジャズライフ』を連載した。
2012年
平井景がプロデュースする信州の風景にこだわった音楽を発信するプロジェクト「信州ジャズ」に副プロデューサーとして参加。2012年12月8日にアルバム「Field」、2014年11月30日にアルバム「Gift」を発売。

人物・エピソード編集

  • デビューのきっかけとなった「パンツの穴」のオーディションは、当時オーディションがはやっていて何となく応募しただけで、映画に出たかったわけではなかった。
  • 7月30日を「奈美の日」とし、同日にはファンとの運動会を毎年開催するとともに、1990年の引退日も同日付となっているなど、「ナミ」にかなり拘っている。それは日付にとどまらず、デビュー曲「ガラスの幻想曲」のレコード商品番号はAH-730、その後「73」と並ばないまでも、セカンドシングル「負けないで…片想い」はAH-763、「パウダースノーの妖精」AH-783など、7と3が入る商品番号となっている。また、当時のファンクラブの電話番号も末尾が「0073」であった。
  • 子供のころの夢は歌手になることともに幼稚園の先生になることも夢だった。
  • 島田奈美ファンクラブ「73 CLUB」の会員番号1番は島田奈央子であった。[5]
  • 西村知美杉浦幸と大変仲が良く、アイドル時代は頻繁に電話や手紙でのやり取りをしていた。西村とはザ・ベストテン出演時に一緒に手を繋いで登場し、Momoco Partyでは杉浦と手をつないでエンディングを唄った。また、西村の結婚式にも参列している。
  • この時期のアイドルとしては珍しく、水着グラビアなどの出演は基本的に行っていない。本人も「モデルではない」として断っているという。そのためファンにも「水着には一度もなっていない」と思われているが、正しくは映画「パンツの穴」でのオーディションの時と、クレアラシルのCM「プール編」の2度だけ水着になった事がある。クレアラシルプール編の撮影では水着の上からジョギングパンツを履いていたが、セリフのシーンで水着が嫌で泣き出した。そのため本編ではガウンを着用したものがOAされた[6]。なお、当時プライベートでは紺色の水着を所有していた[注釈 2]
  • デビュー3年目の1988年7月3日、渋谷エッグマンで同性ファン開拓を試み女性限定ライブを行った。
  • 引退直前には「ラストアルバムでは、素直に自分のやりたいことが出来たので、思い残すことはない」ともコメントしている[7]一方、「ダンスミュージックは受け入れられなかった気がする」というコメントも残している[7]
  • 阪神タイガースのファンで、デイリースポーツも購読している[3]。本人によれば「弱さが好き」とのこと。ただし、家族は全員巨人ファンであるという。
  • ペットで犬を飼っていたことがある。島田本人は猫は嫌いではないが、父親が猫嫌い。
  • F1ドライバーナイジェル・マンセルのファン[3]
  • 同業の友人を通じて、同姓同名のフリーアナウンサーと交流を持つことになる[8][9][10]
  • 現在の職業について「ジャズ評論家」という呼ばれ方を本人は否定しており、あくまで「ライター」「DJ」であると言っている。

主な出演編集

幼少期から島田奈美デビュー前編集

CM・広告編集

  • 小林脳行 「モスボックス」(1975年、子役時代)
  • アサヒ玩具 「ママ・ジューサー」(1975年、子役時代)
  • サンヨー食品 「サッポロ一番みそラーメン」(1985年、14歳当時)
    • 藤岡琢也の隣で「うわーおいしそう」「ハイ!」のセリフ。
  • キヤノン販売 「MSXホームコンピューターV8」(1985年、14歳当時)
    • 同機の広告が掲載された「MSXマガジン」1985年8月号に「8月のときめき」(イメージガール)として掲載。
  • 大阪ガス (クリスマス篇、バレンタイン篇。CMソングも歌う)
    • 「島田奈美」の芸名が付く以前から出演開始し、「島田奈美」以降も継続して出演。

映画編集

島田奈美デビュー後編集

テレビ番組における歌唱編集

※ 在京キー局のテレビ番組の放送日は首都圏のもの。地方の系列局の放送日は異なる場合がある。

バラエティ番組編集

その他多数

情報番組編集

テレビドラマ編集

CM・広告編集

  • 日本ヴィックス(当時) 「クレアラシル
    • 憧れの先輩編「負けないで片思い」、思われニキビ編「パウダースノーの妖精」、プールサイド編「うそつきは恋のはじまり」、おみくじ編「Sing To The Music」、回転遊具編「サファイアの湖」、の5パターンあり。代理店/マッキャン・エリクソン博報堂、CMディレクター/大橋伸一
  • 京阪電気鉄道 「きょうは、京阪」(1987年、京阪本線京都地区地下化によるCM)
    • 2010年、京阪開業100周年記念事業として2600系電車を用い実施された巡業展示「京阪ミュージアムトレイン」の車内に当時のポスターが掲示された。
  • 関東郵政局 「郵便貯金」・「定額貯金」
  • ヤンマー 「シャトルホン」
  • 伎芸天 「振り袖」

コンサート編集

  • NAMI 1st CONCERT
    • 1987年 3月25日 大阪
    • 1987年 3月27日 東京
    • 1987年 3月29日 仙台
    • 1987年 4月 1日 名古屋
  • SUMMER CONCERT 1988 CURIOSSITY
    • 1988年 8月27日 大阪 大阪厚生年金会館
    • 1988年 9月 1日 東京 中野サンプラザホール
    • 1988年 9月 6日 名古屋
  • '89 SPRING CONCERT "BEST SELECTION"
  • ~SPECIAL SUMMER GIFT~
    • 1989年 7月29日 サウンドコロシアムMZA有明
  • SPRING CONCERT '90 もっと…ずっと…I LOVE YOU
  • 島田奈美 FINAL CONCERT ~FAREWELL PARTY=the 5th Nami's Day~
    • 1990年 7月30日 サウンドコロシアムMZA有明

※上記以外にも開催実績あり

ラジオ編集

一日警察署長編集

島田奈美引退後、島田奈央子として編集

情報番組編集

  • 新 おとな総研@G+ (2009年4月 - 6月、CS・日テレG+) - メインパーソナリティ
  • 桂雀々の大判小判がじゃくじゃく (2014年5月17日 TwellV
  • この他、スペースシャワーTVでもDJを担当。

ラジオ編集

クラブDJ編集

ジャンルはSOUL、JAZZ、AORなど。

  • 六本木・BRAVE BAR(毎月最終金曜日のイベント「Delightful Flavor」に出演)
  • 青山・MANIAC LOVE
  • 青山・Blue
  • 渋谷・DJ BAR INKSTICK

一日郵便局長編集

ディスコグラフィ編集

島田奈美名義編集

シングル編集

No. タイトル 発売日 最高位 c/w(収録曲) 備考
1 ガラスの幻想曲(ファンタジー) 86.5.21 19位 Side 1. ガラスの幻想曲(ファンタジー)
Side 2. ブルードットの恋
Side 2 作詞・作曲小坂明子、小坂のセルフカバーアルバム、「「懐想」 linked to 40yrs.」に「ブルードットの恋 for 島田奈美」として収録されている。
2 負けないで...片想い 86.8.21 15位 Side 1. 負けないで...片想い
Side 2. 昼下がりの星屑
Side 1 日本ヴィックス(当時)「クレアラシル」TV-CFソング

2001年、テレビアニメ『SAMURAI GIRL リアルバウトハイスクール』のエンディングテーマとして、声優の野川さくらがカバー

3 パウダー・スノーの妖精 86.11.19 12位 Side 1. パウダー・スノーの妖精
Side 2. 綺麗になりたい
日本ヴィックス(当時)「クレアラシル」TV-CFソング
4 Free Balloon 87.2.11 9位 Side 1. Free Balloon
Side 2. 頬よせて
初めて「ザ・ベストテン」(10位、1987年2月26日)、「歌のトップテン(10位、同年3月2日)」にランクイン
5 内気なキューピッド 87.5.15 7位 Side 1. 内気なキューピッド
Side 2. WEEKEND MUSEUM
2曲ともEPOによる作詞作曲

ザ・ベストテン」1987年5月28日10位

6 パステル・ブルーのためいき 87.8.12 7位 Side 1. パステル・ブルーのためいき
Side 2. ミントの香り
ザ・ベストテン」1987年08月27日7位、1987年09月03日9位
7 ハロー・レディ 87.11.11 10位 M-01 ハロー・レディ
M-02 シャイにならないで
M-03 Dream Child (Live Version)
M-01 TBSテレビアニメ「レディレディ!!」挿入歌・劇場版オープニングテーマ
M-03 初回限定盤3曲収録の12cm盤CDにのみ収録
本作のみMEG-CDでの復刻発売がない
8 タンポポの草原 88.2.10 9位 M-01 タンポポの草原
M-02 消しゴムで消したジェラシー
M-03 鏡の中の私
M-03 初回限定盤3曲収録の12cm盤CDにのみ収録

ザ・ベストテン」1988年2月25日8位、1988年3月3日10位

9 NO! 88.5.25 13位 M-01 NO!
M-02 くちびるミュート

ザ・ベストテン」1988年06月09日10位

10 MOONLIGHT WHISPER 88.8.17 15位 M-01 MOONLIGHT WHISPER
M-02 サイレント・アプローチ
11 12月のフェアリー 88.11.23 23位 M-01 12月のフェアリー
M-02 恋はスローダンス
12 春だから 89.2.22 32位 M-01 春だから
M-02 SPRING FOOL まさか?!
13 愛を走らせて 89.5.21 50位 M-01 愛を走らせて
M-02 夏の予感
アナログレコードでの発売はこのシングルが最後
14 もっと…ずっと…I LOVE YOU 90.3.21 100位 M-01 もっと…ずっと…I LOVE YOU
M-02 MY HEART, DON'T BE SHY
2曲とも島田奈央子名義による作詞

島田奈美最終シングル


アルバム編集

# 発売日 タイトル 収録曲 備考
タイトルの後の(※)は、コロムビアの受注生産型CD-Rソフト「オンデマンドCD」で2009年に発売したタイトル。
1st 1986年9月21日 放課後のスケッチ 〜NAMI 1st collection〜(※) 「ブルードットの恋(ロング・ヴァージョン)」は、
弦楽四重奏のみによるアレンジという珍しい作品
2nd 1986年12月17日 ほほえみをあなたに 〜NAMI 2nd collection〜(※) 「Twinkle Christmas」で、初めて作詞に挑戦。
ただし、この時にはスタッフの力を借りたため、
「島田奈央子&メリーゴーランド」となっている。
「そっとRemember」の作詞・作曲・コーラスアレンジは小坂明子
3rd 1987年4月1日 SIXTEEN 〜NAMI 3rd collection〜(※) 「Dream Child」で本格的に作詞を手がける。
「夢のバルコニー」は作詞・作曲:辛島美登里
「白い時間(とき)」は作詞・作曲:小坂明子
4th 1987年7月21日 Prologue 〜NAMI 4th collection〜(※) 「ハッピーエンドの後で」作曲:村下孝蔵
「内気なキューピッド」作詞・作曲:EPO
「眠れる森のVENUS」作詞・作曲:太田裕美
「あぶないアクシデント」作詞・作曲:小坂明子
「九月には微笑んで」作曲:大沢誉志幸
Mini 1987年12月1日 VIA AIR MAIL(※) 全曲島田奈央子作詞(「島田奈央子&メリーゴーランド」を含む)
ロンドン市内を散策するイメージで作成されたミニアルバムで、ナレーション入り
「Dream Child」は別ヴァージョン、「Twinkle Christmas」はライヴヴァージョン
世界初のピクチャーレーベルCD
5th 1988年3月10日 (※) 全作詞:松本隆
「Kissは元気の出る薬」作曲:財津和夫
「Mint Tea Without Sugar」作曲:小坂明子
「+αの勇気」作曲:大沢誉志幸
6th 1988年7月21日 CURIOSITY(※) 「Curiosity Girl」は島田奈央子作詞
「独立宣言」作曲:原田真二
「HE LOVES HER」は正式デビュー前だった黒沢健一の作曲
Remix Mini 1988年10月1日 TRYING BIRD 〜NAMI REMIX〜 8センチCDのミニ・アルバム
7th 1988年12月10日 EVERYTIME I LOOK AT YOU(※) 全曲島田奈央子作詞
「STILL SINGING TO MY HEART」はジョン・レノンに捧げた歌。
Best 1989年3月21日 NAMI BEST COLLECTION SCENE 12 初のベスト・アルバム
8th 1988年10月1日 Voice(※) 「Havin' it all」「幸せになるために」が島田奈央子作詞
Remix 1989年12月21日 MIX WAX 〜NAMI NONSTOP〜(※) これまでに発表した島田奈央子作詞、杉山洋一作曲の楽曲の中から
6曲を選んで寺田創一が新たにリアレンジ、ノンストップリミックスメドレーにしたもの。
9th 1990年4月1日 I LOVE YOU > YOU DO(※) 全曲島田奈央子作詞、オリジナル・アルバムとしてはラスト
Best 1990年7月21日 FAREWELL 〜NAMI MEMORIAL BEST 30〜 初の2枚組、アイドル引退前最後のベスト・アルバム
Remix Mini 1991年6月21日 SUN SHOWER REMIXES NAMI 「SUN SHOWER」のダンス・リミックスヴァージョンを4曲収録。
寺田創一がリミックスを手がけた「MIX WAX」収録の
「SUN SHOWER」をさらにリミックスしたもので、
ガラージュサウンドの大御所DJラリー・レヴァンが参加した。
2004年にはオランダのインディーレーベル「CREME ORGANIZATION」からもリリースされた。
Best 1991年6月21日 アンコール!!ヒットグラフィティ 引退の1年後に発売されたベスト・アルバム
Remix 1992年 SUN SHOWER REMIXES 寺田創一が設立した「Far East Recording」レーベルから発売
1991年発売のアルバムとは異なるアレンジで10曲収録
Best 1993年9月21日 島田奈美ベスト・セレクション 引退の3年後に発売されたベストアルバム
Best 2004年12月1日 島田奈美ベスト アイドルミラクルバイブル・シリーズ、初のコンプリートシングルコレクション。
シングルの初回限定版のみ収録2曲を収録。
「NO!(REMIX)」「パウダー・スノーの妖精(REMIX)」は「TRYING BIRD」収録のヴァージョン。
ブックレットにはジャケットの表裏が縮小印刷されているが、
「レディレディ!!」の原作者・英洋子のイラストが使われた「ハロー・レディ」の
裏ジャケットは掲載されていない。
Remix 2004年12月 Nami Shimada – Sunshower Remix, Producer [Re-producer] – Legowelt
2004年にオランダのインディーズレーベル「Creme Organization」から
Nami Shimada名義で発売。
Japanツアーには寺田創一と共にDJ参加
Best 2011年5月18日 島田奈美 ゴールデン☆ベスト レコード会社各社が発売しているゴールデン☆ベストの1枚として
2017年8月30日にはUHQCD盤も発売
Best 2019年7月3日(予定) NAMI SHIMADA songs selected by NAOKO SHIMADA 島田本人の選曲よるベスト盤
Remix Best MIX WAX 〜(NON)NAMI NONSTOP〜 1989年発売のMIX WAX 〜NAMI NONSTOP〜のアップグレート盤
アナログ盤も同時発売

島田奈央子名義編集

  1. シティーハンター '91『CITY HUNTER’91 - オリジナル・アニメーション・サウンドトラック』 1991年6月21日発売
    お願いキス・ミー・アゲイン
    • 3トラック目に収録。「NAOKO」名義(作詞は島田奈央子名義)
  2. HAPPY TREE(NAOKO SHIMADA with Alani) 2003年9月25日発売
    BEYOND THE REEF/IN A LITTLE HULA HEAVEN/パイナップル・プリンセス/HAWAIIAN WEDDING SONG/LOVELY HULA HANDS/PEARLY SHELLS/Happy Tree/BEYOND THE REEF(JARA JARA Remix:Soichi Terada)
    • 山内雄喜のハワイアンのアルバムにボーカリストとして参加。8曲目は寺田創一のリミックス。
  3. サムシング・ジャジー〜毎日、女子ジャズ。 2010年7月28日発売 EMIミュージック・ジャパン TOCJ-66538
    • 「Something Jazzy 女子のための新しいジャズ・ガイド」に連動したコンピレーションアルバム。選曲/監修を担当している。
  4. Something Jazzy アイランド・クリスマス〜冬の休日、女子ジャズ。 2010年11月3日発売 Pヴァイン・レコード
    • プロデュース・制作を担当。
  5. パリ旅で、女子ジャズ~Something Jazzy 2011年12月7日発売 EMIミュージック・ジャパン
    • 「女子ジャズ」コンピレーションアルバム第2弾。選曲/監修を担当。

映像作品編集

VHD編集

ビデオ編集

  • 時のサークルゲーム (1987年、日本コロムビア
  • +α (1988年、日本コロムビア)
  • APPLE DREAMING (1988年、勁文社
  • スーパーモモコ (発売:マツヤカラー、配給:パワースポーツ)
  • 島田奈美 FINAL CONCERT ~FAREWELL PARTY=the 5th Nami's Day~ (1990年)
    • ファンクラブ「73CLUB」会員限定のファイナルコンサートの様子を収録したビデオ。

書籍編集

著書編集

写真集編集

雑誌ライター編集

  • CDジャーナル
  • スイングジャーナル
  • FM STATION
  • ソングコング
  • 月刊デ・ビュー

その他編集

ファンクラブ会報やCDのライナーノーツなどの執筆を行なっている。変わったところでは、九州出身のバンド「ブロス」のデビューアルバムのライナーノーツ執筆だけではなく、販売促進のパンフレットで「ロドリゲス航空チーフパーサー」として出演している。

関連人物編集

  • 近田和生
  • 杉山洋介 - 元SALLYのリーダーで、事務所の先輩。島田奈美後期を中心に楽曲の提供やアルバムをプロデュース。
  • 寺田創一 - 「SUN SHOWER」作曲家。この楽曲をアメリカのカリスマDJラリー・レヴァンに手渡し、島田を国際的に有名にした人物。
  • 平井景 - 信州ジャズプロデューサー
  • 村上てつやゴスペラーズ) - 「島田奈美」時代のファンクラブに入っていた。
  • 西村知美 - 桃組三人娘の一人
  • 杉浦幸 - 桃組三人娘の一人
  • 野間真(元・アルテミスプロモーション社長。現・撮影会スタジオ「いちごはうす」代表) - 学生時代に芸能事務所「メリーゴーランド」にてアルバイトをし、その後正式に入社。島田奈美ファンクラブの担当を務めた。

脚注編集

[ヘルプ]

注釈編集

  1. ^ このエピソードは島田が担当していたRADIO-izmの番組中にも語られた。
  2. ^ スクール水着ではない。
  3. ^ a b 読売新聞』1986年6月5日朝刊第24面(『読売新聞縮刷版』1986年6月号p.182)のテレビ番組表に「とんねるずの妹・島田奈美初登場」として番組放送予定記載あり。
  4. ^ a b c 朝日新聞』西部版1986年9月21日朝刊第24面のテレビ番組表に、福岡サンパレスにおける開催と番組放送予定の記載あり。ただし「島田奈美」の記載無し。
  5. ^ a b 『読売新聞』1986年12月7日朝刊第24面(『読売新聞縮刷版』1986年12月号p.306)のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  6. ^ a b 『読売新聞』1986年12月13日朝刊第24面(『読売新聞縮刷版』1986年12月号p.544)および夕刊第12面(同前p.564)のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  7. ^ a b 『読売新聞』1986年12月21日朝刊第24面(『読売新聞縮刷版』1986年12月号p.860)のテレビ番組表に「知美・奈美×超新人類」として番組放送予定記載あり。
  8. ^ a b 『読売新聞』1987年1月31日朝刊第24面(『読売新聞縮刷版』1987年1月号p.1206)および夕刊第12面(同前p.1226)のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  9. ^ a b 『読売新聞』1987年2月26日朝刊第24面(『読売新聞縮刷版』1987年2月号p.1024)および夕刊第16面(同前p.1044)のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  10. ^ a b 『読売新聞』1987年3月2日朝刊第24面(『読売新聞縮刷版』1987年3月号p.56)および夕刊第16面(同前p.80)のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  11. ^ a b 『読売新聞』1987年3月14日朝刊第24面(『読売新聞縮刷版』1987年3月号p.580)および夕刊第16面(同前p.604)のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  12. ^ a b 『読売新聞』1987年5月3日朝刊第24面(『読売新聞縮刷版』1987年5月号p.108)のテレビ番組表に「発見5歳の島田奈美」として番組放送予定記載あり。
  13. ^ a b 『読売新聞』1987年5月23日朝刊第24面(『読売新聞縮刷版』1987年5月号p.922)および夕刊第16面(同前p.946)のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  14. ^ a b 『読売新聞』1987年5月24日朝刊第24面(『読売新聞縮刷版』1987年5月号p.970)のテレビ番組表に「無免許奈美ちゃん」として番組放送予定記載あり。
  15. ^ a b 『読売新聞』1987年6月8日朝刊第24面(『読売新聞縮刷版』1987年6月号p.326)および夕刊第12面(同前p.346)のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  16. ^ a b 『読売新聞』1987年8月27日朝刊第28面(『読売新聞縮刷版』1987年8月号p.1082)および夕刊第20面(同前p.1102)のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  17. ^ a b 『読売新聞』1987年8月31日朝刊第28面(『読売新聞縮刷版』1987年8月号p.1266)および夕刊第12面(同前p.1292)のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  18. ^ a b 『読売新聞』1987年9月9日朝刊第28面(『読売新聞縮刷版』1987年9月号p.386)および夕刊第16面(同前p.404)のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  19. ^ a b 『読売新聞』1987年9月19日朝刊第28面(『読売新聞縮刷版』1987年9月号p.838)および夕刊第16面(同前p.862)のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  20. ^ a b 『読売新聞』1987年11月7日朝刊第28面(『読売新聞縮刷版』1987年11月号p.300)および夕刊第12面(同前p.322)のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  21. ^ a b 『読売新聞』1987年12月6日朝刊第28面(『読売新聞縮刷版』1987年12月号p.276)のテレビ番組表に「知美も奈美もアイドル大集合」として番組放送予定記載あり。
  22. ^ a b 『読売新聞』1987年12月12日朝刊第28面(『読売新聞縮刷版』1987年12月号p.538)のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  23. ^ a b 『読売新聞』1988年1月1日朝刊第44面(『読売新聞縮刷版』1988年1月号p.44)のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  24. ^ a b 『読売新聞』1988年1月24日朝刊第28面(『読売新聞縮刷版』1988年1月号p.1012)のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  25. ^ a b 『読売新聞』1988年2月13日朝刊第28面(『読売新聞縮刷版』1988年2月号p.536)および夕刊第12面(同前p.556)のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  26. ^ a b 『読売新聞』1988年3月7日朝刊第28面(『読売新聞縮刷版』1988年3月号p.300)および夕刊第20面(同前p.330)のテレビ番組表に「光ゲンジ知美・奈美卒業をテーマに歌う」として番組放送予定記載あり。
  27. ^ a b ザテレビジョン 首都圏版』1988年第20号の番組表p.61に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  28. ^ 「WEEKLY SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1988年5月16日号)p.9に島田の収録予定記載あり。
  29. ^ a b 「WEEKLY SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1988年5月23日号)p.9に島田の収録予定記載あり。
  30. ^ a b c d 「WEEKLY SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1988年5月30日号)p.9に島田の収録予定記載あり。
  31. ^ a b 『読売新聞』1988年6月4日朝刊第32面(『読売新聞縮刷版』1988年6月号p.176)および夕刊第12面(同前p.192)のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  32. ^ 「WEEKLY SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1988年5月23日号)p.9に島田の収録予定記載あり。
  33. ^ a b 『ザテレビジョン 首都圏版』1988年第23号の番組表p.69に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  34. ^ a b 『読売新聞』1988年6月9日朝刊第32面(『読売新聞縮刷版』1988年6月号p.416)および夕刊第16面(同前p.432)のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  35. ^ a b 『読売新聞』1988年6月12日朝刊第14面(『読売新聞縮刷版』1988年6月号p.538)のテレビ番組表に「奈美のワンワン美容」として番組放送予定記載あり。
  36. ^ 「WEEKLY SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1988年6月13日号)p.9に島田の収録予定記載あり。
  37. ^ a b 『朝日新聞』大阪版1988年6月21日朝刊第24面および夕刊第16面のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  38. ^ 「WEEKLY SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1988年6月20日号)p.9に島田の収録予定記載あり。
  39. ^ 「WEEKLY SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1988年8月8日号)p.9に島田の収録予定記載あり。
  40. ^ 「WEEKLY SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1988年7月18日号)p.9に島田の収録予定記載あり。
  41. ^ 「WEEKLY SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1988年8月8日号)p.9に島田の収録予定記載あり。
  42. ^ a b 「WEEKLY SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1988年8月29日号)p.9に島田の出演予定記載あり。
  43. ^ a b 「WEEKLY SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1988年9月5日号)p.9に島田の収録予定記載あり。
  44. ^ 「WEEKLY SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1988年7月25日号)p.9に島田の収録予定記載あり。
  45. ^ 「WEEKLY SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1988年9月19日号)p.9に島田の収録予定記載あり。
  46. ^ a b 「STAR SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1988年11月7日号)p.9に島田の収録予定記載あり。
  47. ^ a b 『読売新聞』1988年12月3日朝刊第32面(『読売新聞縮刷版』1988年12月号p.140)および夕刊第16面(同前p.160)のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  48. ^ a b c 「STAR SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1989年1月2日・9日号)p.9に島田の収録予定記載あり。
  49. ^ a b 『ザテレビジョン 首都圏版』1989年第1号の番組表p.147に番組放送予定記載あり。ただし「島田奈美」の記載無し。
  50. ^ a b 「STAR SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1989年2月20日号)p.16に島田の収録予定記載あり。
  51. ^ 「STAR SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1989年1月30日号)p.16に島田の収録予定記載あり。
  52. ^ a b 「STAR SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1989年3月13日号)p.16に島田の収録予定記載あり。
  53. ^ a b 「STAR SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1989年5月29日号)p.16に島田の収録予定記載あり。
  54. ^ a b c 「音楽」(『ザテレビジョン』1989年第21号)p.45(各地方版共通)に番組放送・出演・曲目予定記載あり。
  55. ^ 「STAR SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1989年4月24日号)p.16に島田の収録予定記載あり。
  56. ^ a b 「WEEKLY CHASER」(『ORICON WEEKLY』1989年7月3日号)p.16に島田の収録予定記載あり。
  57. ^ a b c 「音楽」(『ザテレビジョン』1989年第33号)p.45(各地方版共通)に番組放送・出演・曲目予定記載あり。
  58. ^ 「STAR SCHEDULE」(『ORICON WEEKLY』1989年8月7日号)p.16に島田の「静岡放送の番組収録」予定記載あり。
  59. ^ a b 『読売新聞』1990年3月24日朝刊第32面(『読売新聞縮刷版』1990年3月号p.1246)および夕刊第20面(同前p.1270)のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。
  60. ^ 「WEEKLY CHASER」(『ORICON WEEKLY』1990年3月12日号)p.13に島田の収録予定記載あり。
  61. ^ a b 「WEEKLY CHASER」(『ORICON WEEKLY』1990年4月9日号)p.15に島田の収録予定記載あり。
  62. ^ a b 『読売新聞』1990年4月27日朝刊第32面(『読売新聞縮刷版』1990年4月号p.1386)のテレビ番組表に番組放送予定と「島田奈美」の記載あり。

出典編集

  1. ^ a b c d 『BOMB!』1987年9月号, p.37
  2. ^ a b c 『URECCO』1996年12月号, p.49
  3. ^ a b c 『URECCO』1996年12月号, p.50
  4. ^ 宝島』2000年3月15日号, p.90。
  5. ^ 『BOMB!』1987年9月号, p.32
  6. ^ 『BOMB!』1987年9月号, p.35
  7. ^ a b 『BOMB!』1990年8月号, p.59
  8. ^ 「気になるあの人 Vol.1」(『naoko@net』2006年10月27日)2008年7月24日時点のアーカイブ
  9. ^ 「同じ名前同士で…」(『リポーターしまんだBLOG』2006年2月9日)2019年11月3日時点のアーカイブ
  10. ^ 「島田奈央子さんと」(『リポーターしまんだBLOG』2007年11月26日)2007年12月5日時点のアーカイブ
  11. ^ a b 「NHKクロニクル - 番組詳細検索結果」(『NHK ONLINE』)2019年11月3日時点のアーカイブ
  12. ^ a b 「NHKクロニクル - 番組詳細検索結果」(『NHK ONLINE』)2019年11月3日時点のアーカイブ
  13. ^ a b 山田2012, p.343。
  14. ^ a b 山田2012, p.344。
  15. ^ a b 「NHKクロニクル - 番組詳細検索結果」(『NHK ONLINE』)2019年11月3日時点のアーカイブ
  16. ^ a b 「NHKクロニクル - 番組詳細検索結果」(『NHK ONLINE』)2019年11月3日時点のアーカイブ
  17. ^ a b c d 山田2012, p.346。
  18. ^ a b 「NHKクロニクル - 番組詳細検索結果」(『NHK ONLINE』)2019年11月3日時点のアーカイブ
  19. ^ a b 「NHKクロニクル - 番組詳細検索結果」(『NHK ONLINE』)2019年11月3日時点のアーカイブ
  20. ^ 「NHKクロニクル - 番組詳細検索結果」(『NHK ONLINE』)2019年11月3日時点のアーカイブ
  21. ^ a b c d 山田2012, p.350。
  22. ^ 山田2012, p.352。

参考文献編集

  • 沢木毅彦「She Said 島田奈央子」『URECCO』第126号、ミリオン出版、1996年12月、 48-51頁。
  • 山田修爾「『ザ・ベストテン』全603回 ベストテンランキング一覧」『ザ・ベストテン』新潮社、2012年1月1日。ISBN 4-10-136341-2新潮文庫。原版2008年12月。
  • BOMB!』、学習研究社、1987年9月、 13-44頁。
  • BOMB!』、学習研究社、1990年8月、 59-62頁。

外部リンク編集