川上不白

日本の江戸時代の茶人

川上 不白(かわかみ ふはく、享保4年3月3日1719年4月22日〉 - 文化4年10月4日1807年11月3日[1])は、江戸千家を創始した茶人である。名は尭達、新柳。別号に宗雪、孤峰、黙雷庵。

経歴編集

享保4年(1719年)、紀伊新宮藩水野家の家臣であった川上六太夫の次男として生まれた。15歳で京都表千家7代如心斎の門下となり、32歳で如心斎より千家茶道奥義を伝授された不白は江戸に移った。その後、田沼意次のほか大名の島津氏毛利氏らが入門するなど、不白による千家の茶道が江戸に広がると、不白は表千家から江戸千家を開いた。文化4年(1807年)、89歳で江戸の隠宅であった水野家下屋敷に置いた蓮華庵で死去した。墓所は台東区安立寺

刊行文献編集

  • 『川上不白茶会記集』、校訂・翻刻
  • 『不白筆記 付・孤峯川上不白道具帳写』、翻刻解説
    川上宗雪監修、谷晃編、中央公論新社、2019年。生誕三百年記念出版

脚注編集

参考文献編集

関連項目編集

外部リンク編集