川崎橋(かわさきはし)は、日本の宮城県仙台市青葉区にあるで、広瀬川に架かり、仙台市道戸崎線を通す。ニッカ橋ができた1968年まで、国道48号(作並街道)から対岸の新川地区に通じるためには最も重要な橋であった。

概要 編集

橋の名は、左岸にある川崎という地名による。かつて名取郡宮城郡の郡界には、広瀬川と名取川の分水嶺を通るところと、広瀬川まで名取郡が張り出してくるところがあった。川崎橋があるところは、両岸とも宮城郡作並村(後に広瀬村の一部)に属するが、すぐそばを流れる支流新川川を越えたところは名取郡新川村(後に秋保村の一部)に属した。橋の便益をもっとも良く受けるのは秋保村新川地区の住民なのに、橋を管理するのは広瀬村であって、新川地区住民の要望が通りにくい状況があった。

新川地区は、広瀬村と大沢村が合併したとき、秋保村から分離して新しい宮城村に属した。宮城町は1964年(昭和39年)に川崎橋を210万円で架け替えた。長さ22.5メートル、幅4メートルのコンクリート橋である[1]。それ以前の橋は木造で、長さ22.3メートル、幅4.95メートルであったらしい[2]

しかしその後、ニッカウヰスキーが川崎橋の右岸に新工場を建設することになったため、宮城町は場所をずらしてもっと立派な橋を作ることにした。それが幅8メートルで1968年(昭和43年)に竣工したニッカ橋である。これによって川崎橋の役割は事実上終わった。工場に通じてはいるが、使用されていない。

脚注 編集

  1. ^ 『宮城町誌』本編(改訂版)239頁。
  2. ^ 『宮城町誌』本編(改定版)667頁の「宮城町内の主要橋梁調べ(昭和43年8月現在)」による。昭和43年というが、表にニッカ橋がないこと、川崎橋を木造としていることからも、それより数年前の状態を示したと考える。

参考文献 編集

  • 仙台市「宮城町誌」改訂編纂委員会『宮城町誌』本編(改定版)、仙台市役所、1988年。初版は宮城町誌編纂委員会『宮城町誌』本編、1969年。