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布 啓一郎(ぬの けいいちろう、1960年12月21日-)は、千葉県出身の元サッカー選手、サッカー指導者。

布 啓一郎 Football pictogram.svg
名前
本名 布 啓一郎
カタカナ ヌノ ケイイチロウ[1]
ラテン文字 NUNO Keiichiro
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1960-12-21) 1960年12月21日(58歳)[1]
出身地 千葉県[1]
ユース
チーム
1976-1979 千葉県立千葉東高校
1979-1983 日本体育大学
監督歴
チーム
1984-2002 船橋市立船橋高校
2003-2004  日本 U-16
2009-2010  日本 U-19
2018- ザスパクサツ群馬
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

目次

来歴編集

体育教師志望で日本体育大学に一般入試で受験し合格した。サッカー部に所属では三軍からレギュラーを勝ち取り全日本大学サッカー選手権大会(インカレ)でも優勝している。

日体大卒業後、1984年に船橋市立船橋高等学校に赴任し、サッカー部監督に就任。これ以降、1987年、88年の高校総体連覇、1988年の高校選手権準優勝などの成績を残した(詳細は#船橋市立船橋高校サッカー部時代の主な成績を参照)。2000年に日本サッカー協会公認のS級ライセンスを取得した。

2003年、船橋市立船橋高校を退職し、U-16日本代表監督に就任したが、日本で開催されたAFC U-17選手権2004は1次リーグで敗退し、2005 FIFA U-17世界選手権出場は成らなかった[2]

その後は日本サッカー協会技術委員として若年層の強化に努めた。2005年から技術副委員長・ユースダイレクターに就任、『JFA2005年宣言[3]』の実現に向けての『プレジデンツ・ミッション(PHQ)』の一環[4] として、JFAプリンスリーグU-18発足以降JFA内で進められている育成年代の試合を現在のノックアウトトーナメント方式中心からリーグ戦中心に移行する構想を推し進めた[5]

2009年、U-19日本代表の監督に就任した。なお、日本経済新聞夕刊フジは、布の就任についてコーチの牧内辰也と共に過去に若年層の世界大会に出場できなかった彼らにリベンジのチャンスを与えたかったとする、JFA内幹部の配慮であったと報じている[2][6]。2010年10月に中華人民共和国で開催されたAFC U-19選手権2010に挑み、一次リーグを3戦全勝し決勝トーナメントに進んだものの、準々決勝でU-19サッカー大韓民国代表に敗れ2011 FIFA U-20ワールドカップへの出場権を逸した[2]。2010年いっぱいで監督を辞任。日本サッカー協会技術委員会JFAアカデミープロジェクトリーダーおよびJFAアカデミー福島スクールマスターも務めた。

2015年、ファジアーノ岡山のコーチに就任[1]

2018年よりザスパクサツ群馬の監督に就任した[7]

選手歴編集

指導歴編集

船橋市立船橋高校サッカー部時代の主な成績編集

脚注編集

関連項目編集