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帝室博物館(ていしつはくぶつかん)とは、明治後期から連合国軍占領期にかけて存在した、宮内省所管の博物館の総称である。

概要編集

沿革編集

ウィーン万国博覧会の準備機関として、日比谷門の旧本多邸跡に1872年(明治5年)2月に正院が設置した「博覧会事務局」に由来する。移転後の1873年(明治6年)3月、文部省所轄の博物館・書籍館・博物局並びに小石川薬園が博覧会事務局に統合され、植物科(植物・動物・鉱物)・考証科(考古・書籍)・工業科(機械・殖産)・庶務科(翻訳・書記)が組織され、同年5月の万国博覧会参加となる。

万国博覧会後の1875年(明治8年)2月に統合機関が部分解体されて再び文部省に戻され、博覧会事務局も同年3月30日に内務省所轄となり「博物館」と改称される。第六局と称された短期間があったが、1876年(明治9年)1月に再び博物館へ改称され、同年4月に博物館内の運営事務部門も博物局と改称、内務省所轄下で博物局内の各科が改組、専門化した。

1881年(明治14年)4月に博物局が内務省から農商務省へ移管され、札幌博物場の一時管理や園芸課の新設置を経て、1883年(明治16年)10月に奈良博覧会等で明治8年から一部公開されていた正倉院宝物の保管事務が宮内庁へ移管される。1886年(明治19年)3月に農商務省の博物局が廃止される。同年同月に博物館は宮内庁移管となり、1888年(明治21年)1月に宮内庁図書寮付属の博物館となり、各地に人員を派遣して古社寺における美術品鑑定や保存維持等の調査を行う。

1889年(明治22年)5月16日に図書寮付属の博物館を廃して、帝国博物館(東京)・帝国京都博物館・帝国奈良博物館の帝国博物館3館が設置された。

1900年(明治33年)7月1日、帝国博物館3館が改称され、東京帝室博物館京都帝室博物館奈良帝室博物館が成立した。 その後、京都帝室博物館は1924年(大正13年)に京都市に移管され、恩賜京都博物館となった。東京・奈良の2館は、1947年(昭和22年)に文部省所管の東京国立博物館奈良国立博物館にそれぞれ改組された。

組織編集

主事の特別補佐のもと、各帝室博物館の統督として東京帝室博物館'に勅任の総長が置かれ、総長が上野公園や動物園の総管理者を兼務した。京都帝室博物館・奈良帝室博物館については、館務責任者として館長各1名が任じられた。

歴代総長編集

  1. 股野琢(1900年(明治33年)6月 - 1917年(大正6年)12月)
  2. 森林太郎(1917年(大正6年)12月 - 1922年(大正11年)7月)
  3. 三宅米吉(1923年(大正12年)1月 - 1923年(大正12年)8月)
  4. 大島義脩(1923年(大正12年)8月 - 1932年(昭和7年)9月)
  5. 杉栄三郎(1932年(昭和7年)9月 - 1939年(昭和14年)5月)
  6. 渡部信(1939年(昭和14年)5月 - 1944年(昭和19年)9月)
  7. 土岐政夫(1944年(昭和19年)9月 - 1946年(昭和21年)8月)
  8. 安倍能成(1946年(昭和21年)8月 - 1947年(昭和22年)5月)