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常福寺 (四国中央市)

日本の愛媛県四国中央市にある寺院

常福寺(じょうふくじ)は愛媛県四国中央市にある高野山真言宗の寺院で、通称の椿堂で呼ばれている。詳しくは邦治山不動院椿堂常福寺と号する。本尊は椿堂の本尊地蔵菩薩(延命地蔵菩薩)と常福寺の本尊不動明王(非核(火伏)不動尊)の二尊ある。

常福寺
Tubakidou 01.jpg
鐘楼門
所在地 愛媛県四国中央市川滝町下山1894
位置 北緯33度59分23.38秒東経133度38分6.27秒座標: 北緯33度59分23.38秒 東経133度38分6.27秒
山号 邦治山
宗派 高野山真言宗
本尊 地蔵菩薩(延命地蔵菩薩)
不動明王(非核(火伏)不動尊)
創建年 (伝)弘仁6年(815年
開基 (伝)空海(弘法大師)
(伝)邦治居士(開祖)
正式名 邦治山 不動院 椿堂 常福寺
別称 椿堂
札所等 四国別格二十霊場14番
四国三十六不動尊霊場27番
伊予六地蔵霊場6番
法人番号 1500005005827
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四国別格二十霊場十四番札所、四国三十六不動尊霊場二十六番札所(童子は虚空護童子)、伊予六地蔵霊場六番札所。

御詠歌
  • 立ち寄りて 椿の寺に やすみつゝ 祈りをかけて 弥陀をたのめよ
  • 災いを 三千歳百々歳(みちとせももとせ) 永劫(とこしえ)に 我は守らん 火(非)核の国

目次

概要編集

 
修行大師
 
大師お杖椿

当寺院は四国中央市東部に位置し国道192号南側で、三角寺からの遍路道沿いにある。

伝承によれば平安時代初期の大同2年(807年)邦治居士(ほうちこじ)が地蔵菩薩を祀り当地に庵を構えたことに始まるという。更に伝承では、弘仁6年(815年四国巡錫中の空海(弘法大師)が当時この地で熱病が流行しているのを聞き、杖をもってその邪気を地中に封じ込めたという。空海が立てた杖から椿が芽を出しやがて大木となったという。その伝承より「椿堂」と呼ばれるようになった。

常福寺は、当初少し下った新田神社の横にあったが、火災により石川部落に再建されるも江戸時代中期の宝暦11年(1761年)再び全焼した。このため、椿堂の場所に合併復興し「椿堂常福寺」とした。

幕末安政6年(1859年)に寺院は火災に遭い椿も焼亡した。現在の椿は焼け跡から再び芽が出たもので、「大師お杖椿」と呼ばれ境内の向かって右側に生育している。

境内の建物は老朽化が進んだため、本堂は昭和59年(1984年)、大師堂は平成17年(2005年)に再建された。2体の本尊のうち非核(火伏)不動尊は大聖不動尊と呼ばれていたが、核兵器廃絶を願い呼び名を改めた。

旧大師像は小像ゆえ新しい大師堂に見合う大きさの大師像が欲しいとの発願で、京都の平安仏所の仏師・江里康慧に依頼し、衣の截金部分は江里の妻である江里佐代子人間国宝)に依頼し造られた。本尊の地蔵菩薩立像の修復をした縁で製作を快諾したとのことである。旧大師像は新しい大師像に胎内仏として納められている。

境内編集

 
本堂と庫裡
  • 本堂:本尊を拝顔できる。
  • 大師堂:大師像を拝顔できる。毎月20日午後7時より護摩焚があり自由に参加できる。
  • 大師お杖椿:樹齢300年余、寺伝では3代目のツバキと云われる。文化財には指定されてない。
  • おさわり大師:上記椿の袂に鎮座する石造の大師像。各々の病に右手で大師石像を左手で自分の痛いところを触り願う。
  • 庫裡

寺宝編集

  • 絵画「椿堂のお杖椿」川端龍子・作。昭和25年、川端龍子が65歳のとき俳人・深川正一郎と三女紀美子と遍路途中、当寺に立ち寄ったときに描かれた。

画像編集

奥の院編集

 
成滝不動
  • 成滝不動:当寺が火災の時、本尊がこの山に避難したと云われている。

山の中腹に不動明王石像が祀られていて、麓の国道脇に拝み堂がある。その堂脇に登山口がある。

住所:愛媛県川之江市川滝 地図

前後の札所編集

四国別格二十霊場
13 仙龍寺 -- (13.8km) -- 14 常福寺椿堂 -- (26.9Km) -- 15 箸蔵寺

アクセス編集

JR予讃線川之江駅からせとうちバス七田行きで22分、椿堂で下車。

参考文献編集

  • 宮崎建樹/著 『四国遍路ひとり歩き同行二人』解説編 へんろみち保存協力会/刊 2007年(第7版)
  • 『高野山真言宗 邦治山不動院 椿堂 常福寺』 現地配布パンフレット

外部リンク編集

  • 椿堂 - 四国別格二十霊場公式