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常陽新聞』(じょうようしんぶん)は、茨城県つくば市吾妻3丁目の常陽新聞株式会社が発行していた地域新聞である。株式会社常陽新聞社および株式会社常陽新聞新社が発行していた旧常陽新聞時代には日本新聞協会全国郷土紙連合に加盟していた。本項目では旧常陽新聞についても述べる。

常陽新聞
種類 日刊紙(日曜休刊)
サイズ タブロイド判

事業者 常陽新聞株式会社
代表者 楜澤悟(代表取締役社長)
創刊 2014年平成26年)2月1日
廃刊 2017年(平成29年)3月31日
言語 日本語
価格 1部 100円
月極 2,184円
常陽新聞株式会社
THE JOYO SHIMBUN CO.,LTD.
本社所在地 日本の旗 日本
305-0031
茨城県つくば市吾妻3丁目10番地13 つくば文化ビル1F
設立 2013年(平成25年)11月29日
業種 情報・通信業
資本金 1,980万円
従業員数 約20名(2017年3月31日時点)
主要株主 ユナイテッドベンチャーズ株式会社
外部リンク 公式サイト - ウェイバックマシン(2017年9月10日アーカイブ分)
特記事項:
旧常陽新聞は1948年昭和23年)11月1日『豆新聞土浦』として創刊。株式会社常陽新聞社は2003年(平成15年)2月28日に事業を株式会社常陽新聞新社に承継し清算。株式会社常陽新聞新社は2013年(平成25年)8月30日に準自己破産を申請。
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目次

概要編集

旧常陽新聞廃刊後の2013年平成25年)11月、ソフトバンク出身でユナイテッドベンチャーズ株式会社を経営する楜澤悟が、地域密着メディアへの経営参画をめざしてつくば市に「常陽新聞株式会社」を設立した[1]。常陽新聞株式会社は旧常陽新聞新社が保有していた題号『常陽新聞』を買い取り[1]、判型をタブロイド判として第1号を2014年(平成26年)2月1日に発刊した。旧常陽新聞時代の号数(紙齢)は承継していない。日曜休刊で当初の発行部数は3000部だった[2]

楜澤はこれまで、CS放送会社JスカイB(現スカパーJSAT)などの事業立ち上げやファンドを通じたIT企業への出資に取り組んだ経験があり[1]、常陽新聞の発行エリアの人口が約103万人と多いことから、地域密着メディアであれば部数増の可能性が大きいと判断したという[1]。目標発行部数は日本新聞協会再加盟の条件となる1万部以上[3]で、将来的には長野県松本市の地域紙『市民タイムス』を参考に2つの地域版体制に移行することを目指すとしていた[1]

発刊にあたって常陽新聞株式会社は、印刷を毎日新聞社系列の東日印刷に委託するとともに、販売を東日印刷から直送できる毎日新聞の販売店網に一本化することで、印刷・輸送の全外注化を実現して発行コストを大幅に削減[1]したほか、購読契約者を対象にタブレット端末スマートフォンでも紙面を購読できる「電子版」サービスも開始した[1]

復刊後は、当初は通常12頁のタブロイド判とし、宅配は原則として電子版とのセットのみ(電子版のみの購読も可であるが、宅配のみは不可)、また前述のように毎週日曜日と年末年始新聞休刊日の翌日を休刊[4]としていた。2015年(平成27年)12月から一部紙面の変更を行い、前述のようにこれまで通常12頁としていたのを8頁に削減。1面と最終面に地域密着型の記事を掲載し、番組表全国テレビNHK総合Eテレ在京キー局など)の掲載を終了(以降はNHK水戸総合(独自編成番組のみ掲載)、茨城放送、地元ケーブルテレビ局ACCSJ:COM茨城のコミュニティチャンネル、コミュニティFMラヂオつくば、県庁運営のインターネットテレビいばキラTV』といった地元メディア・放送のみの掲載となった)し、またこれまでは基本的に宅配購読者は宅配+電子版のセットのみとしていたのを、宅配版のみのサービスも開始(電子版のみの購読も引き続き可)するようになった[5]

しかし、購読者数が伸び悩み、月数百万円の損失を計上しており、2017年(平成29年)3月31日付をもって新聞・電子版ともに休刊(廃刊)となった。従業員は全員退職するが[6]、会社自体は当分は存続させ、営業譲渡による事業継続の可能性を探るとしている[7][注釈 1]

本社・事務所(休刊時)編集

休刊時の販売地域編集

以上15市町村とその周辺地域の一部では毎日新聞宅配所を通して配達が行われていた。この他JR東日本石岡駅土浦駅など管内8駅と、関東鉄道守谷駅戸頭駅、管内主要コンビニエンスストアセブン-イレブンローソンサークルKサンクス加盟各店など)でも即売を扱っていた。

旧常陽新聞編集

 
旧常陽新聞時代の本社(土浦市)

1948年昭和23年)11月1日に『豆日刊土浦』として創刊。1953年(昭和28年)6月1日に『常陽新聞』に改題した。本社は土浦市真鍋2丁目7番6号にあり、最終期には東京支社、水戸支社、友部支局があった。土浦市などの茨城県南部を中心に全県をエリアとするブランケット判の朝刊県域紙で、2000年代の公称部数は約8万部だった。また1988年(昭和63年)1月1日には茨城県南部を配布エリアとする無料情報紙『つくばムック』を創刊し、のち1992年(平成4年)に『常陽ウイークリー』に改題。毎週金曜日発行で25万部を発行していた。

本紙の実発行部数は1960年代半ばには1万部以上あったが、全国紙水戸市に本社を置く県紙の『茨城新聞』などと競合する中、1985年(昭和60年)、関連会社の常陽興産が国際科学技術博覧会(科学万博)会場周辺の駐車場経営に失敗して破産したあおりで同年6月24日水戸地方裁判所土浦支部に旧商法の会社整理[注釈 2]を申請し事実上倒産した[9]。新聞発行を継続しながら経営再建をめざしたものの[9]2003年(平成15年)には営業不振から約7億円の累積赤字を抱えて経営難に陥り、中川ヒューム管工業カスミなどの出資で設立された新会社の株式会社常陽新聞新社に同年3月1日付で営業権を承継し解散した。パートを含む従業員72人のうち希望者は全員、新会社に再雇用された[10]

その後も景気低迷や地元経済の衰退にともなう大口広告主の廃業などで経営環境の悪化が続き、実発行部数は約5000部にまで低迷。2008年(平成20年)3月期に6億2000万円だった年売上高は2013年(平成25年)3月期には約1億6300万円にまで減少し、赤字決算が続いた[11]

このため株式会社常陽新聞新社は2013年(平成25年)8月30日、従業員に対する給与遅配などの解決のめどが立たないことを理由に、同日組の8月31日付朝刊で廃刊し、水戸地方裁判所土浦支部に準自己破産を申請した。負債は約1億2000万円で、その大半は輪転機などの未払いリース料と従業員への未払い給与だった[11][12]

沿革編集

(旧)常陽新聞編集

(新)常陽新聞編集

  • 2013年(平成25年)11月29日 - 常陽新聞株式会社設立
  • 2014年(平成26年)
    • 2月1日 - 旧株式会社常陽新聞新社から『常陽新聞』の題号を承継し第1号を発刊
    • 5月1日 - 全ページ(紙面)をカラー化
  • 2017年(平成29年)3月31日 - 同日付をもって休刊(廃刊)

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ なお、2017年8月には、常陽新聞元記者らが参加して、地域情報をインターネット配信するNPO法人「NEWSつくば」が発足した[8]
  2. ^ 旧商法の「会社整理」は経営再建の手続きの一種で会社清算とは異なる。

出典編集

  1. ^ a b c d e f g 「地域紙は再生可能か。常陽新聞『復刊』の成算」週刊東洋経済』、2014年3月1日号
  2. ^ 常陽新聞:新会社で復刊へ毎日新聞』、2013年12月13日
  3. ^ 「地域紙は再生可能か。常陽新聞『復刊』の成算 (P.2)スマホ・タブレットを活用し、まずは1万部に挑む『週刊東洋経済』、2014年3月1日号
  4. ^ 常陽新聞について - ウェイバックマシン(2017年6月22日アーカイブ分)
  5. ^ 来月より紙面刷新と料金体系の変更を行います(公式サイト、2015年11月25日、同年12月8日閲覧)
  6. ^ 茨城・地方紙:「常陽新聞」が休刊 3月末日付で電子版も『毎日新聞』、2017年3月1日
  7. ^ 本紙・電子版、3月31日付で休刊します(公式サイト、2017年3月1日)
  8. ^ 『NEWSつくば』公式サイト
  9. ^ a b 「常陽新聞、事実上の倒産」『朝日新聞』東京本社版朝刊、1985年6月25日
  10. ^ 「常陽新聞、きょうから新社が発行 従業員、希望者全員再雇用/茨城」『朝日新聞』東京本社茨城版朝刊、2003年3月1日
  11. ^ a b 「日刊紙『常陽新聞』発行 株式会社常陽新聞新社 準自己破産を申請 負債1億2000万円」『大型倒産速報』帝国データバンク、2013年8月30日
  12. ^ 「『常陽新聞』 社長『早期決断、必要と判断』」『読売新聞』東京本社茨城版朝刊、2013年8月31日

関連項目編集

外部リンク編集