平井諒

日本のプロ野球選手

平井 諒(ひらい りょう、1991年4月23日 - )は、和歌山県那賀郡粉河町(現・紀の川市)出身の元プロ野球選手投手)、野球指導者。右投右打。

平井 諒
愛媛マンダリンパイレーツ 投手コーチ #67
2012年5月3日、横浜スタジアムにて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 和歌山県那賀郡粉河町(現・紀の川市
生年月日 (1991-04-23) 1991年4月23日(32歳)
身長
体重
184 cm
78 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2009年 ドラフト4位
初出場 2012年4月5日
最終出場 2019年9月25日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
コーチ歴
  • 愛媛マンダリンパイレーツ (2022 - )

経歴 編集

アマチュア時代 編集

小学校2年生のときに野球を始める[1]。中学校では粉河シニアに所属した[1]。帝京五高に入学後、投手へ転向[1]。2年夏に愛媛大会決勝に進出。2回戦の対新居浜東高戦ではノーヒットノーランを記録[1]。準々決勝の今治西高戦では延長10回1失点完投勝利。決勝は左太もも肉離れもあり[要出典]済美高に大敗を喫した。

3年夏は2回戦の対北条高戦で13奪三振を記録するなど力投した。準々決勝で秋山拓巳を擁する西条高と対戦し、被安打12、7四球、8失点で敗退した。

2009年10月29日に行われたプロ野球ドラフト会議で東京ヤクルトスワローズから4位指名を受ける。11月18日、契約金3500万円、年俸480万円(金額は推定)で仮契約。背番号は67。指名したヤクルトは菊池雄星今村猛に次ぐ投手と評価している[2]。12月9日の入団会見では、目標として由規をあげた[3]。打撃も得意で、3年の愛媛大会では打率.600をマークした。

ヤクルト時代 編集

2010年は、春季キャンプは二軍スタート。4月11日のイースタン・リーグ対東北楽天ゴールデンイーグルス戦で3番手として二軍公式戦に初登板し、1回2奪三振自責0の好スタートを切った。フレッシュオールスターゲームの候補に選ばれていたが、出場を辞退[4]。しかし深刻な怪我ではなく、8月以降も順調に登板を続け、9登板、20回1/3を投げて防御率4.43、7与四死球、24奪三振を記録。ストレートの球速も9月には最速150km/hを超える成長を見せた[5]。フェニックス・リーグでも好投を見せ、秋季キャンプの一軍メンバーに選ばれている[5]

 
平井の投球フォーム
(2013年4月7日、明治神宮野球場)

2012年は、4月5日の阪神タイガース戦で一軍デビューし、4月8日の中日ドラゴンズ戦でプロ初セーブ[6]、4月28日の広島東洋カープ戦でプロ初勝利を挙げた[7]

2013年7月2日に、横浜市内の病院で右肩のクリーニング手術を行った[8]影響もあり、この年以降は一軍での登板はなく、2015年11月12日に育成選手として契約更改を行った[9]

2016年6月6日、育成選手から支配下選手へ再登録された。背番号は育成登録以前と同じ67となった。このシーズンは平井にとって飛躍の一年となった。一軍昇格後は8試合連続無失点などで一度も二軍落ちせず[10]、33試合に投げて1勝1敗0セーブ7ホールド、防御率2.81だった[10]。8月25日の中日戦では、1236日ぶりの白星を挙げた[10]

2017年は4試合に登板、防御率10.13だった。

2019年8月31日の中日戦に3番手で登板し9回の1イニングを無失点に抑え、その後延長でチームが勝利し、3年ぶりの勝ち星を手にした[11]

2020年は右肘の怪我のため、一軍二軍ともに登板0に終わり、11月2日に戦力外通告を受けた[12]

四国IL・愛媛時代 編集

2021年3月2日、NPB復帰を目指すため、四国アイランドリーグplusに所属する愛媛マンダリンパイレーツの練習に参加することが発表された[13]。同26日、正式に選手契約を結んだことが発表された[14]

2021年は、23試合に登板して2勝0敗4セーブ、防御率2.05の成績だった[15]。同年シーズン限りで現役を引退し、シーズン終了後の11月11日に愛媛の投手コーチに就任することが発表された[16][17]

プレースタイル 編集

最速154km/h[18]直球スライダーを軸に投球を組み立て[19]フォークボールも混ぜる[20]

詳細情報 編集

年度別投手成績 編集





















































W
H
I
P
2012 ヤクルト 22 0 0 0 0 2 2 1 2 .500 82 19.0 21 3 5 0 1 10 0 0 12 12 5.68 1.37
2013 7 0 0 0 0 1 1 0 0 .500 29 6.1 7 0 2 0 0 8 0 0 1 1 1.42 1.43
2016 33 0 0 0 0 1 1 0 7 .500 132 32.0 27 2 10 0 0 24 0 0 12 10 2.81 1.16
2017 4 0 0 0 0 0 0 0 0 ---- 19 2.2 5 0 4 0 1 3 1 0 4 3 10.13 3.38
2019 20 1 0 0 0 1 1 0 4 .500 87 19.0 24 1 9 0 0 13 2 0 18 18 8.53 1.74
NPB:5年 86 1 0 0 0 5 5 1 13 .500 349 79.0 84 6 30 0 2 58 3 0 47 44 5.01 1.44
  • 2020年度シーズン終了時

年度別守備成績 編集



投手












2012 ヤクルト 22 0 7 0 0 1.000
2013 7 1 0 0 0 1.000
2016 33 4 1 1 0 .833
2017 4 0 1 1 0 .500
2019 20 0 2 0 0 1.000
通算 86 5 11 2 0 .889
  • 2020年度シーズン終了時

記録 編集

背番号 編集

  • 67 (2010年 - 2015年、2016年6月6日 - 2020年、2022年 - )
  • 167 (2016年 - 2016年6月5日)
  • 11 (2021年)

登場曲 編集

脚注 編集

  1. ^ a b c d スポニチ2010年度東京ヤクルトスワローズ選手名鑑”. 2010年10月18日閲覧。
  2. ^ 東京ヤクルトスワローズ公式サイトドラフト会議で中澤投手ら5選手を指名”. 2010年10月18日閲覧。
  3. ^ 東京ヤクルトスワローズ公式サイトスワローズファンの前で新人7選手の公開入団発表!”. 2010年10月18日閲覧。
  4. ^ 日本野球機構オフィシャルサイトプロ野球フレッシュオールスターゲーム2010 出場者”. 2010年10月18日閲覧。
  5. ^ a b 。スポニチ小川監督 ルーキー平井を秋季キャンプに抜てき”. 2010年10月18日閲覧。
  6. ^ 平井“ドタバタ”プロ初S「“気合で行け”と言われ…」  スポニチAnnex 2012年4月9日付記事より。
  7. ^ 3年目平井がプロ初勝利 感無量「僕だけの力じゃない」スポニチAnnex 2012年4月28日付記事より。
  8. ^ 東京ヤクルトスワローズ公式サイト平井投手について”. 2013年7月4日閲覧。
  9. ^ ヤクルト、由規&平井と育成で再契約
  10. ^ a b c 平井 諒 東京ヤクルトスワローズ”. 東京ヤクルトスワローズ選手情報. 2016年12月15日閲覧。
  11. ^ ヤクルト平井3年ぶり勝利「任されたところを0で」”. 日刊スポーツ (2019年8月31日). 2021年3月3日閲覧。
  12. ^ ヤクルト平井が戦力外 リハビリ後に現役続行希望”. 日刊スポーツ (2020年11月2日). 2021年3月3日閲覧。
  13. ^ 前ヤクルト平井 MP練習参加へ NPB復帰目指す”. 愛媛新聞 (2021年3月2日). 2021年3月3日閲覧。
  14. ^ 平井 諒投手(帝京第五高出身、元東京ヤクルト) 契約合意及び入団のお知らせ【チームからのお知らせ】”. 愛媛マンダリンパイレーツ (2021年3月26日). 2021年3月26日閲覧。
  15. ^ 四国アイランドリーグplus2021後期公式戦(2021年)愛媛マンダリンパイレーツ (愛媛) - 一球速報.com(「後期」とあるが成績は2021年通算の数字)2021年11月11日閲覧。
  16. ^ 愛媛MP コーチ陣続投および新コーチ就任のお知らせ - 四国アイランドリーグplusニュースリリース(2021年11月11日)2021年11月11日閲覧。
  17. ^ “元阪神の伊藤隼太は来季も四国IL愛媛でコーチ兼任 元燕・正田樹は兼任コーチ就任”. Full-Count. (2021年11月11日). https://full-count.jp/2021/11/11/post1155572/ 2021年11月11日閲覧。 
  18. ^ 燕・平井、守護神に名乗り!定着のため球速アップ「160キロを」 - 野球 - SANSPO.COM(サンスポ)
  19. ^ 一足先に復活した平井諒 由規とともにヤクルトの救世主となれるか | BASEBALL KING
  20. ^ ソフトB上林 完璧OP戦チーム1号 工藤監督「自信持っていい」スポニチ

関連項目 編集

外部リンク 編集