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平原派(へいげんは、フランス語: La Plaine)または沼沢派(しょうたくは、フランス語: Le Marais)は、フランス革命期の国民公会における中道派の名称。

議場内において、右翼のジロンド派と左翼のジャコバン派山岳派)との中間の低い位置に議席を占めたのが名称の由来だが[1]、これら三派はいずれも今日の政党のような組織体ではない。山岳派やジロンド派は考え方の近い個々人が集まり、相互交流、時に政策調整を図るグループだったが、平原派は両派に属さない議員の寄せ集めで、一層浮動的なグループだった。

平原派は国民公会議員の多数派を形成し、国民公会の議題、現状、雰囲気次第でジロンド派にも山岳派にもくみした。初めはジロンド派の側についていたが、ルイ16世の処刑や恐怖政治の開始にあたっては山岳派を後押しし、後に山岳派を見限ってテルミドールの反動を開始した。

脚注編集

  1. ^ 左翼・右翼」という語の現代的用法もこうした議席の配置に由来する。