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平田 ヒデ(ひらた ヒデ、1902年明治35年)6月23日[1] - 1978年昭和53年)1月4日[2])は、日本の教育者、政治家衆議院議員。旧姓・二瓶[1]

経歴編集

福島県出身[2][3]。1922年、福島県師範学校本科第一部を卒業[1]。さらに1926年、奈良女子高等師範学校家事科を卒業した[1][2][3][4]

1926年3月、福島県立相馬高等女学校教諭に就任[1]。以後、岩手県立盛岡高等女学校教諭、台湾高雄州立高雄高等女学校嘱託を歴任した[1][2][3][4]

戦後の1947年、福島県若松市教育調査委員、福島県教育審議会若松地区審議会委員を委嘱された[1]。1948年7月、若松地区担当児童福祉司に就任[1]。1953年4月、第26回衆議院議員総選挙福島県第2区から社会党右派所属で出馬したが落選[1]。次の1955年2月実施の第27回総選挙では当選し、日本社会党社会保障政策委員長、同文教政策委員会主査などを務めて、衆議院議員に1期在任した[1][2][3][4]

その他、福島家庭裁判所参与員、同調停委員、会津児童園理事、婦人問題研究会理事、渋谷簡易裁判所民事調停委員などを務めた[2][3]

脚注編集

  1. ^ a b c d e f g h i j 『福祉は人なり』131-132頁。
  2. ^ a b c d e f 『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』537頁。
  3. ^ a b c d e 『日本女性人名辞典〔普及版〕』879-880頁。
  4. ^ a b c 『日本人名大辞典』1577頁。

参考文献編集

  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 衆議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 『日本女性人名辞典〔普及版〕』日本図書センター、1998年。
  • 上田正昭他『日本人名大辞典』講談社、2001年。
  • 本田久市『福祉は人なり : 福島県社会福祉人物史抄』歴史春秋出版〈歴春ふくしま文庫72〉、2007年。