9代目広岡 久右衛門(ひろおか きゅうえもん、1844年弘化元年) 11月8日 - 1909年明治42年) 6月20日)は、日本の実業家。大阪の豪商・加島屋久右衛門家の9代目当主。正秋(まさあき)。大同生命初代社長。堂島米穀取引所理事長。

来歴・人物編集

1844年(弘化元年)、加島屋久右衛門家の8代目当主・広岡久右衛門正饒の三男として生まれる。幼名は文之助。1869年(明治2年)、父・正饒の死後、26歳で加島屋当主となり、兄・広岡信五郎、義姉・広岡浅子とともに、加島屋の経営を担う。

1888年(明治21年)、加島銀行を設立、初代頭取に就任。1899年(明治32年)、経営支援要請を受けた真宗生命(名古屋)を買収、社長に就任。社名を朝日生命(現在の朝日生命とは異なる)に改称。1902年(明治35年)、朝日生命を護国生命(東京)・北海生命(小樽)と合併させ大同生命を設立、初代社長に就任。

その他、第1回大阪市議会議員、堂島米穀取引所堂島米会所の後継)理事長など、大阪政財界の要人として活躍する。

日本女子大学校 (現在の日本女子大学)設立時には発起人として尽力するなど、義姉・浅子の事業全般に協力した。

栄典編集

登場する作品編集

脚注編集

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出典編集

  1. ^ 『官報』第1390号「彙報」1888年2月21日。

関連項目編集

関連する人物編集

外部リンク編集