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株式会社広島マツダ(ひろしまマツダ)は、広島県を営業エリアとするマツダカーディーラー

株式会社広島マツダ
Hiroshima Mazda Co.,Ltd.
種類 株式会社
市場情報 非上場
本社所在地 日本の旗 日本
730-0016
広島県広島市中区幟町13-4
設立 1941年昭和16年)5月
業種 小売業
法人番号 3240001009633
事業内容 新車・中古車販売、自動車整備、損害保険代理店
代表者 代表取締役会長兼CEO - 松田哲也
代表取締役社長兼COO - 濵中正行
資本金 8,000万円
従業員数 470名
外部リンク 公式ウェブサイト
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地場独立資本のディーラーであり、マツダ創業家である松田家が経営を行っている。ちなみに、同じ広島県のディーラーである「マツダオート広島」(現:アンフィニ広島)はマツダが出資していたが2004年にマツダが保有株を売却し独立資本経営となった[1]。現在、マツダの地元の広島県にはメーカー資本のディーラーが存在しないことになる。

目次

営業所編集

沿革編集

  • 1933年1月:広島市猿楽町(現・中区大手町一丁目)にて東洋工業の3輪トラック販売を行う松田宗弥の個人事業として創業。宗弥は東洋工業創業者である松田重次郎の次男、つまり松田恒次の弟にあたる。[2]
  • 1941年5月:「マツダモータース株式会社」として正式に法人化
  • 1945年8月 : 広島市への原子爆弾投下により被爆。当時建物疎開により社屋は本川橋西詰に移転しており全壊、松田宗弥社長や従業員が全員被爆死した[2]
  • 1946年1月 : 2代目社長として松田教治が就任
  • 1956年5月
    • 3代目社長として松田耕平が就任
    • 社名を「株式会社広島マツダ」に変更
  • 1962年5月 : 4代目社長として松田欣也(創業者宗弥の息子)が就任[2]
  • 1982年7月:マツダオート広島との共同出資で「株式会社オートラマ広島」を設立。フォード車の販売を始める。
  • 1994年9月:オートラマ広島の社名を「株式会社フォード広島」に変更する。
  • 2002年12月 : 5代目社長として河野博明が就任。
  • 2005年12月 : 6代目社長として松田哲也(欣也の息子[2])が就任。
  • 2002年4月:ボルボ・カーズのディーラー権を取得。出汐に「ボルボ・カーズ広島東」を開店。
  • 2009年9月:フォード広島の経営において、アンフィニ広島から保有株を買い取り完全子会社とする[3]
  • 2013年12月:福屋が経営していたボルボ販売店「ボルボ・カーズ広島西」の事業を譲受。
  • 2016年9月
  • 2017年3月:ボルボ販売店のリニューアルの前準備として、ボルボ・カーズ広島西を閉店。出汐の広島東店と統合する。
  • 2017年8月:旧フォード広島大州店をボルボの最新CI店舗としてリニューアル。ボルボ・カーズ広島東の移転店舗「ボルボ・カー広島大州」として新装開店する。
  • 2018年2月:ロータス・カーズの正規ディーラー権を取得[4]。旧ボルボ・カーズ広島東の店舗を「ロータス広島」として新装開店する。

脚注編集

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  1. ^ マツダ株式会社第139期半期報告書 2015年1月1日確認
  2. ^ a b c d 経済人たちの戦後70年 <1> 広島マツダ(広島市中区)・松田欣也会長”. 中国新聞 (2015年8月11日). 2015年9月23日閲覧。
  3. ^ 日刊自動車新聞2011年1月25日分記事より
  4. ^ 2016年7月までは広島の輸入車ディーラー「エム・オート」が運営していた。

関連項目編集