広島平和記念式典

広島平和記念式典(ひろしまへいわきねんしきてん)とは毎年、広島県広島市原爆が投下された8月6日原爆忌広島平和記念公園で行われる、原爆死没者の霊を慰め、世界の恒久平和を祈念するための式典である[1]。なお正式には「広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式」という。

目次

概要編集

 
黙禱する参議院議長江田五月(左)、衆議院議長河野洋平(中央)、内閣総理大臣福田康夫(右)ら三権の長(写真には写っていないが江田の手前に最高裁判所長官島田仁郎が並んでいる、2008年8月6日

式典は会場である平和記念公園の原爆死没者慰霊碑(広島平和都市記念碑)前において、原爆死没者の遺族をはじめとして、市民多数の参加のもとで挙行されるものである。毎年広島市長によって行われる平和宣言は核兵器の廃絶と世界恒久平和の実現を訴え続けているものであり、世界各国に送られている[2]。また秋葉忠利市長(アメリカへ留学経験がある)になってから英語による平和宣言も発表されるようになった。

毎年、NHK・民放のテレビやラジオなどで生中継されるなか午前8時から始まる。原爆が投下された午前8時15分に平和の鐘やサイレンを鳴らし、式典会場のみならず、家庭、職場で原爆死没者の冥福と恒久平和の実現を祈り(市内を走行中のバスや広島電鉄の車両もこの時間には停車し、乗客も黙祷を行う)、1分間の黙祷を行ったあと、広島市長が平和宣言、子供による平和への誓いを行うのが通例である。また当日の広島市の各所では、原爆死没者に対する慰霊と核兵器廃絶を訴える式典や、原爆の被害を直接受けた被爆電車の運行が行われている。

この式典の性格は原爆を投下したアメリカに対する反米感情よりも、むしろ恩讐を超えた世界の恒久平和への希求であるとしている。冷戦時代には人類を滅亡へと導く手段として、現在では核拡散によって過激な集団によって大量殺戮しかねない方法として、破壊のための核兵器使用の危険性がある以上、核兵器の存在を認めず廃絶を求めることは世界最初の被爆地として責務であると、歴代の広島市長は平和宣言の中で訴えている[2]

式次第編集

式典の流れは次のとおり[3]

  1. 開式
  2. 原爆死没者名簿奉納
  3. 式辞
  4. 献花
  5. 黙とう平和の鐘
  6. 平和宣言
  7. 平和への誓い
  8. あいさつ
  9. ひろしま平和の歌(合唱)
  10. 閉式

中継編集

NHKでの全国ネットのほか広島県域では民放で生中継されている(民放での全国ネットの扱いは局により異なる)。

NHK
NHK総合テレビでは毎年生中継を8:00 - 8:35(通常時、年によって変動あり)に行う。視聴率は他局に比べて最も高い。ビデオリサーチ・関東地区調べでの歴代最高視聴率は、1971年(第26回。この回は7:57 - 8:30)の44.0%である(2014年現在)。また、海外向けのNHKワールドTV(国内放送と同じ映像だが、テロップはすべて英語)、NHKワールド・プレミアム(ノンスクランブル放送。総合テレビと同じ映像・テロップ)でも同時放送される。いずれの放送波もモノラル二重音声の2か国語放送を実施(総合テレビではリアルタイム字幕放送も実施)。2010年まではBS2でも同時放送されていた。NHKではラジオの放送でもラジオ第1放送NHKワールド・ラジオ日本の同時放送でテレビの放送より少し長い8:00 - 8:55に毎年生中継を行なっており、NHKワールド・ラジオ日本では13時台と17時台にも通常番組を差し替える形で同日録音による再放送を行う(ただし、ラジオ第1放送の音源ではなく総合テレビの放送音源の二次使用)。2010年は東京発のテレビ放送を例年通り8:35までの放送(実際は8:38まで延長)としたところ、史上初列席の潘基文国際連合事務総長のスピーチ部分は中継されなかったため批判を呼んだ(非難の電話が100件に及んだという。鳥取局を除く中国地方とラジオ放送では中継された)。
広島テレビ
広島テレビでは『つなぐヒロシマ』を放送。
日本テレビ系列では『ズームイン!!朝!』を放送していた時代、8月6日が月曜日 - 金曜日になる年は、広島テレビの協力を得て放送していた。自身も被爆者である脇田義信が長く司会を務めていたほか、年によっては当時の司会者だった徳光和夫福留功男も現場へ赴いて中継に参加した。番組は8:00以降はNNN報道特別番組としての放送となっていたため、『ズームイン』としての放送時間は厳密には60分である。なお北日本放送は普段から最後の30分間をローカル差し替えとしており、当日も例外ではなかったため、富山県では式典中継は放送されなかった。
2016年は読売テレビ制作『ウェークアップ!ぷらす』の中で、広島テレビの協力のもと全国ネットによる式典の生中継を実施。同番組に続けて『つなぐヒロシマ』も別途放送された。
広島ホームテレビ
広島ホームテレビでは『平和記念式典中継』を放送。8月6日が日曜日の場合は、「平成仮面ライダーシリーズ」(放送時間によっては「プリキュアシリーズ」〈朝日放送制作〉も)が時差放送となる。
中国放送(テレビ・ラジオとも)
中国放送では『千の証言 広島・平和記念式典中継〜記憶の継承』を放送。
TBSテレビでは、2015年に8時より全国放送による単独番組として生中継放送が行われ、8:15の「黙祷・平和の鐘」を中心にRCCテレビとともにつないだ。[4]
テレビ新広島
テレビ新広島では『広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式』を放送。
広島エフエム放送FMちゅーピー
それぞれ、独自の『平和記念式典中継特別番組』を放送[5]

なお、8月6日前後には各局で原爆の日関連の特別番組が多く放送される。

歴史編集

 
広島県知事楠瀬常猪(1948年)。ノーモア・ヒロシマズ運動の看板が掲げられている。
 
イギリス連邦占領軍幹部(1948年)。当初は原爆ドーム対岸にステージを設けて行われていた[6]
 
1952年。この年は原爆死没者慰霊碑の除幕式が行われた。

1947年に「広島平和祭」として第一回が催され、当時の広島市長である浜井信三が平和宣言を行った。このときはGHQによる占領統治時代であったため、検閲で平和への思いが消されないためにどうするか苦労したという[要出典]。この平和祭では式典のほか市内各所で盆踊りや仮装行列なども催され、アメリカの雑誌『ライフ』が「アメリカ南部の未開地におけるカーニバル」と形容したほど市民に希望を与えるものであった[7]

1950年6月から始まった朝鮮戦争において、米国は核兵器の使用を検討していた。原爆使用禁止のストックホルムアピールへの世界的署名運動が高揚するなか、GHQによってこの年の平和式典は禁止・中止された。原爆詩人・峠三吉らはこれを弾劾して原爆詩集などを発表した。これらの運動は朝鮮戦争でのアメリカ軍の核使用を押し留める一因となったといわれている。

平和記念公園が開設された1954年以降は現在の形式で行われている。

なお被爆から70年以上が経過し、被爆体験を持つ人たちの平均年齢が80歳を超えたことで、被爆経験が戦争経験と同様に風化してきていると指摘されている。

年表編集

  • 1971年 - 佐藤栄作が日本の首相として初めて式典に出席[8]
  • 2003年 - 平和宣言において秋葉忠利前市長は北朝鮮の金正日総書記を式典に招待したことについて触れ、北朝鮮の核保有についての批判はしなかった一方で、アメリカの核政策を手厳しく批判した[9]。これについて読売新聞は翌日の社説で「金正日の招待などというパフォーマンスではなく、テロ国家北朝鮮に核放棄させることが重要だ」との趣旨で批判的に論じた。
  • 2005年 - 7月に原爆死没者慰霊碑が碑文の内容に不満をもつ右翼構成員によって破損される事件(原爆慰霊碑破損事件)が発生した。この事件に対する抗議の意味で、秋葉前市長は碑文の文言を平和宣言の締めに使用した[10]。翌日の産経新聞社説では、その碑文の主語の不明な文言を占領史観に基づく日本人の謝罪として使用することを批判し、「(すべて日本が悪かったと)謝罪の呪縛にとらわれているとすれば残念である」とした。なお、広島市はこの文言の主語を「世界人類」と位置づけ、核兵器を再び使わせないという決意であると説明している。
  • 2006年 - 8月の平和宣言に対する産経新聞社説では“アメリカの核を非難する前に北朝鮮の核にこそ備えるべきではないか”と論評した。
  • 2007年 - この年の平和宣言では、秋葉前市長は北朝鮮の核問題には一切触れず、米国の核政策については「時代遅れで誤りである」と批判した[11]。これについて産経新聞社説は、前年8月9日伊藤一長長崎市長が平和宣言で北朝鮮の脅威を持ち出していた事を引き合いに出し、北朝鮮に対する核放棄のメッセージが含まれていないとして広島市の平和宣言を批判した[12]
  • 2008年 - 秋葉前市長が北朝鮮の核には触れず「人類の生存を最優先する(反核である)多数派の声に耳を傾ける米国新大統領が誕生することを期待」と当時のブッシュ政権批判や米国の核問題批判のみ名指しでおこなう姿勢であったため、2009年8月5日の産経新聞主張や、また読売新聞社説にて秋葉前市長の偏向した姿勢が批判された。
  • 2010年 - ジョン・ルース駐日アメリカ大使として初めて式典に参列[13]
  • 2012年 - 原子爆弾投下を命令したハリー・S・トルーマンの孫のクリフトン・トルーマン・ダニエルが初参列[14]
  • 2013年 - イスラエル政府の元高官ダニエル・シーマンが自身のフェイスブック原爆は「日本による侵略行為の報い」、平和式典は「独善的でうんざりだ」と書き込んでいたことが分かり、日本政府がイスラエル側に事実確認をした上で抗議を申し入れる事態となった[15]。シーマンは近く首相府のインターネットを使った広報戦略の責任者に就任する予定だった[16]
  • 2014年 - 世田谷区議会議員の上川あや安倍晋三首相のスピーチが前年(2013年)のスピーチのコピペと指摘、批判した[17]
  • 2015年 - 米国の国務次官であるローズ・ガテマラー(ローズ・ゴットメラー)が、アメリカ政府高官として初参列[18][19]。また、日本プロ野球の阪神タイガース所属(当時)のマット・マートン外野手も同日夜にマツダスタジアムで開催されるプロ野球の公式戦「ピースナイター2015」の試合前に参列していた事が明らかになった。なお、この試合でマートンは決勝打を放ち阪神が勝利している。

交通アクセス編集

  1. JR広島駅下車、広島駅南口広場にある広島駅電停から広島電鉄の路面電車2号線宮島口ゆき・6号線江波(えば)ゆきに乗り、原爆ドーム前電停下車。この区間は、原爆の被害を受けた被爆電車平和学習の貸切電車によく用いられる区間である[20]
  2. 平和大通りを経由する路線バスは式典の開催時間中は迂回運行となるので注意。

参考資料編集

[ヘルプ]
  1. ^ 広島市による広島平和式典の概要
  2. ^ a b 広島平和宣言
  3. ^ 平成27年(2015年)平和記念式典(広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式)
  4. ^ 戦後70年 TBSでは合計15時間にわたり特別編成 TBSホット情報 2015年7月1日閲覧。
  5. ^ FMちゅーピーではサイマルラジオを通じて全世界にて聴取可能。
  6. ^ 悲しみと決意
  7. ^ 被爆50周年記念誌編修研究会編著『被爆50周年 図説戦後広島市史 街と暮らしの50年』 広島市、1996年、43頁。
  8. ^ 中国新聞、「首相と8・6」
  9. ^ 2003年 平和宣言
  10. ^ 2004年 平和宣言
  11. ^ 2007年 平和宣言
  12. ^ 産経新聞 【主張】広島平和宣言 なぜ北の核には触れない(2007年8月7日論説)
  13. ^ “【ルース駐日米大使離任】 長崎、広島への思い「オバマ大統領に伝えて」”. 47NEWS(共同通信). (2013年8月12日). http://www.47news.jp/47topics/e/244645.php 2015年8月29日閲覧。 
  14. ^ “ストーリー:トルーマンの孫と被爆者(その1) 「サダコ」に導かれ”. 毎日新聞. (2015年8月23日). http://mainichi.jp/shimen/news/20150823ddm001040155000c.html 2015年8月29日閲覧。 
  15. ^ “原爆式典「うんざり」とイスラエル元高官 日本は抗議”. MSN産経ニュース. (2013年8月16日). http://sankei.jp.msn.com/world/news/130816/mds13081612390008-n1.htm 2013年8月16日閲覧。 
  16. ^ “イスラエル:原爆式典「うんざり」 元高官ネット書き込み”. 毎日jp. (2013年8月16日). http://mainichi.jp/select/news/20130816k0000e030179000c.html 2013年8月16日閲覧。 
  17. ^ 「使い回し」「コピペ」…首相の広島記念式典スピーチ、ネットで話題に産経新聞2014年8月7日
  18. ^ “広島の平和式典、米国務次官が初参列へ ケネディ大使も”. 朝日新聞デジタル. (2015年8月4日). http://www.asahi.com/articles/ASH843DC5H84PITB004.html 2015年8月6日閲覧。 
  19. ^ “広島原爆の日:ケネディ大使らも…過去最多の参列国”. 毎日新聞. (2015年8月6日). http://mainichi.jp/select/news/20150806k0000e040186000c.html 2015年8月6日閲覧。 
  20. ^ 広電電車 電車のご利用方法 - 団体・貸切 - 広島電鉄

関連項目編集

外部リンク編集