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府中市(ふちゅうし)は、広島県の南東部に位置するである。備後都市圏を構成する市の一つであり、広島県福山市のベッドタウンの色彩が強い。

ふちゅうし
府中市
府中公園
府中公園
Flag of Fuchu city, Hiroshima.svg Symbol of Fuchu Hiroshima.svg
府中市章 府中市章
1954年6月28日制定
日本の旗 日本
地方 中国地方山陽地方
中国・四国地方
都道府県 広島県
市町村コード 34208-4
法人番号 7000020342084
面積 195.75km2
総人口 37,874[編集]
推計人口、2019年6月1日)
人口密度 193人/km2
隣接自治体 福山市三次市尾道市庄原市世羅郡世羅町神石郡神石高原町
市の木 さくら
市の花 あじさい
府中市役所
市長 小野申人
所在地 726-8601
広島県府中市府川町315番地
北緯34度34分5.9秒東経133度14分10.9秒座標: 北緯34度34分5.9秒 東経133度14分10.9秒
市庁舎位置

府中市役所庁舎
外部リンク 公式ウェブサイト

府中市 (広島県)位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町

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府中」は国府所在地を表す一般名詞で日本各地にあり、東京都には同一市名の府中市(武蔵府中)が、広島県内にも安芸郡府中町(安芸府中)が存在する。広島県府中市は備後国の府中であり、他の府中と区別するために「備後府中」とも呼ばれることもある。また県内では一般的には「府中市」と「府中町」で呼び分けられている。

目次

地理編集

盆地を形成する市域を、一級河川芦田川が貫流する。中心市街地は隣接の福山市新市町と完全に連続して集積しているが、旧上下町地区は他の地区とは孤立している。

 
府中市街地

町名一覧[1]編集

  • 阿字町(あじちょう)
  • 荒谷町(あらたにちょう)
  • 鵜飼町(うかいちょう)
  • 上山町(うやまちょう)
  • 小国町(おぐにちょう)
  • 河南町(かなんちょう)
  • 河佐町(かわさちょう)
  • 木ノ山町(きのやまちょう)
  • 久佐町(くさちょう)
  • 栗柄町(くりがらちょう)
  • 河面町(こうもちょう)
  • 桜ヶ丘(さくらがおか)
  • 三郎丸町(さぶろうまるちょう)
  • 篠根町(しのねちょう)
  • 上下町有福(じょうげちょうありふく)
  • 上下町井永(じょうげちょういなが)
  • 上下町岡屋(じょうげちょうおがや)
  • 上下町小塚(じょうげちょうおづか)
  • 上下町国留(じょうげちょうくにどめ)
  • 上下町小堀(じょうげちょうこほり)
  • 上下町佐倉(じょうげちょうさくら)
  • 上下町階見(じょうげちょうしなみ)
  • 上下町上下(じょうげちょうじょうげ)
  • 上下町深江(じょうげちょうふかえ)
  • 上下町二森(じょうげちょうふたもり)
  • 上下町松崎(じょうげちょうまつさき)
  • 上下町水永(じょうげちょうみずなが)
  • 上下町矢多田(じょうげちょうやただ)
  • 上下町矢野(じょうげちょうやの)
  • 僧殿町(そうどのちょう)
  • 高木町(たかぎちょう)
  • 父石町(ちいしちょう)
  • 出口町(でぐちちょう)
  • 斗升町(とますちょう)
  • 中須町(なかずちょう)
  • 土生町(はぶちょう)
  • 広谷町(ひろたにちょう)
  • 府川町(ふかわちょう)
  • 府中町(ふちゅうちょう)
  • 行縢町(むかばきちょう)
  • 目崎町(めざきちょう)
  • 元町(もとまち)
  • 本山町(もとやまちょう)
  • 諸毛町(もろけちょう)
  • 用土町(ようどちょう)

主要な山岳・河川編集

  • 主な山岳 - 岳山(標高738.6m)
  • 主な河川 - 一級河川芦田川、阿字川、出口川、音無川、砂川、矢多田川、御調川、上下川

隣接する自治体編集

人口編集

  • 慢性的な人口減、高齢化に悩んでおり、1990年代より毎月50人前後の人口減が継続している[2]。2004年には人口約6000人の上下町と合併したが、2018年4月1日には人口が40,007人(前月比106人減)となり[3]、2018年7月には4万人を割り込んだ39,849人となった[4]。特に中山間地域では過疎高齢化が急速に進んでおり生活インフラが崩壊した地域も見られる。2014年には、財政力指数が0.48、および人口減少率が22.5%(昭和60年から平成22年)であり、2014年に市全域が過疎地域の指定を受け過疎地域自立促進特別措置法の対象地区とされている[5]
  • 府中市において、通勤者の数では、「福山市→府中市」の方が、「府中市→福山市」よりも多い(福山市からの流出超過)。しかし、府中市の通勤者の 10% 以上が福山市に通勤しているのに対し、福山市の通勤者の 10% 以上が府中市に通勤しているわけではないので、府中市は福山都市圏に入ると見なされる(工業都市である都市圏によく見られる例→北九州都市圏)。備後都市圏内で府中市は福山市への通勤通学率が25.1%と最も多く(域内で20%を越えているのは府中市と岡山県笠岡市の21.1%のみである)、福山市への大きな人口の流出が見られる。[6]
 
府中市と全国の年齢別人口分布(2005年) 府中市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 府中市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
 

府中市(に相当する地域)の人口の推移
総務省統計局 国勢調査より


市名編集

語源編集

府中市の地に、大化の改新以後、律令時代に備後国国府が置かれたとする説があり[注 1][7]それに由来する。

同名自治体編集

同じ名称の市が複数存在する例は、1955年昭和30年)1月1日から2005年平成17年)12月31日までのあいだは府中市が全国で唯一であった。

歴史編集

府中町成立前編集

 
府中市府中町での旧山陽道の発掘作業

市町村制施行以後編集

府中市成立後編集

  • 1954年(昭和29年)3月31日 : 芦品郡府中町及び岩谷・栗生・国府・下川辺・広谷各村が対等合併し、市制施行。(同市名である東京都府中市の市制施行は翌4月1日)
  • 1956年(昭和31年)9月30日 : 芦品郡河佐村と御調郡諸田村の一部(小国・諸毛)、御調町三郎丸を編入。
  • 1975年(昭和50年)2月1日 : 芦品郡協和村を編入。
  • 1986年 御調採石の採石場から、カドミウムなどの重金属を含む汚水が出口川に流れ込んでいることが明らかとなる。
  • 1993年平成5年)4月1日 : 市内を通る主要地方道2路線(広島県道24号福山上下線の一部・広島県道49号府中御調線の全線)が国道486号に昇格する(これにより中国地方全49市〔当時〕に国道が通ることになった)。
  • 2004年(平成16年)4月1日 : 甲奴郡上下町を編入。

政治編集

歴代市長編集

氏名 就任日 退任日 備考
初代 宗藤信夫 1954年5月12日 1958年5月11日 1期
2代 北川實夫 1958年5月12日 1966年5月1日 2期
3代 青山春雄 1966年5月2日 1970年5月1日 1期
4代 北川實夫 1970年5月2日 1982年5月1日 2期
5代 浦上秀男 1982年5月2日 1986年5月1日 1期
6代 橘高泰司 1986年5月2日 2002年5月1日 4期
7代 伊藤吉和 2002年5月2日 2014年5月1日 3期
8代 戸成義則 2014年5月2日 2018年5月1日 1期
9代 小野申人 2018年5月2日 現職  

市長・副市長・市議会議長、副議長・議員定数編集

  • 市長 - 小野申人2018年5月2日就任[8]、1期目)
  • 副市長 - 村上明雄(2018年6月1日着任、任期4年)[9]
  • 市議会議長 - 加藤吉秀
  • 市議会副議長 - 大本千香子
  • 議員定数 - 20名

広島県議会(府中市・神石郡選挙区)編集

詳細は「広島県議会」を参照

衆議院編集

詳細は「広島県第6区」を参照

行政編集

国の機関編集

広島県の機関・一部事務組合編集

府中市の機関編集

主な組織 - 2019年(平成31年)4月1日時点

  • 危機管理監
  • 総務部
  • 健康福祉部
  • 経済観光部
  • 建設部
  • 会計課
  • 議会事務局
  • 選挙管理委員会
  • 監査事務局
  • 農業委員会
  • 教育委員会

教育編集

小中一貫教育を全市で推進しており、学習指導要領に基づく9年間を見通したカリキュラムを編成している。初等・中等教育機関は、小中一体型2学園(府中学園・府中明郷学園)、小中併用型1学園(府南学園)および小中連携型1学園(上下学園)の4学園体制となっている[10]

1970年代より、同和団体による教育への過剰な干渉が広島県で問題となった。府中市は福山市や芦品郡世羅郡などとともに、それらの問題が激かった地区である。国会で問題視され文部省による是正措置が行われた後は解消しつつある。

以下は市内の教育機関のリストである。

高等学校編集

中学校編集

小中一貫校(義務教育学校)編集

小学校編集

  • 府中市立国府小学校 - 「府南学園」構成校。
  • 府中市立栗生小学校 - 「府南学園」構成校。
  • 府中市立旭小学校 - 「府南学園」構成校。
  • 府中市立南小学校 - 「府南学園」構成校。
  • 府中市立上下南小学校 - 「上下学園」構成校。
  • 私立府中市立上下北小学校 - 「上下学園」構成校。

閉鎖された教育施設編集

  • 府中市立東小学校 - 「府中学園」に統合され廃止。古府の森スポーツグラウンドとなる。
  • 府中市立西小学校 - 府中市出口町。「府中学園」に統合され廃止。
  • 府中市立広谷小学校 - 「府中学園」に統合され廃止。跡地には広谷保育所
  • 府中市立岩谷小学校 - 「府中学園」に統合され廃止。
  • 府中市立第二中学校 - 「府中学園」に統合され廃止。跡地は府中学園のグランドとして利用
  • 府中市立第三中学校 - 「府中明郷学園」に統合され廃止。跡地は府中明郷学園として利用
  • 府中市立第四中学校
  • 北川工業高等学校 - 府中市元町。府中市立府中東高等学校に移管。

産業編集

内陸工業都市であり、備後都市圏の一翼を担っている。地場産業としての家具づくりには江戸時代からの伝統があり「府中家具」として知られる。特に府中タンスはの高級家具とされている。また、「府中味噌」の産地となっている。他は、リョービ北川鉄工所ヒロボーなどが当地を発祥とし当地に本社を置く企業も複数ある。また、青山商事ハローズジーベックの発祥地である。

内陸工業都市への発展編集

府中は福山城下郊外の手工業地域であった。特に綿作・加工が盛んで、市村に福山藩の木綿運上所が置かれていた。明治~大正期にかけ、煙草製造業・織物製造業・染料工業および家具製造業が興隆し、内陸工業都市への発展につながった[11]

  • 煙草製造業 - 煙草栽培が明治前期には府中町・出口町で盛んになり、烟開(えんかい)合名会社・芦田莨(たばこ)株式会社など多くの製造所が設立された。1904年(明治37年)に煙草専売法が公布、翌年の1905年(明治38年)に府中に専売制のもとで専売局府中煙草製造所が設置された。終戦後の1949年(昭和24年)に日本専売公社府中支局となり、1962年(昭和37年)に府中工場と改称された。
  • 織物製造業 - 明治中期頃から府中町・新市町の織物業者が、周辺農村の手労働に依存した賃織を行い、農家の副業として受容され盛んになった。明治10年頃から木綿織物を主とした織物製造業が現れ、1885年(明治18年)には府中町に女子工員を雇用した清水織物が設置された。この頃、小規模な織物製造業者が次第に増え、上述の民営煙草とともに当時の府中工業の中核となった。また明治中期からの養蚕指導により産繭量が増加したことに伴い、1915年(大正4年)には機械製糸が始められ、同年に内田製糸工場、翌1916年(大正5年)には出口町に合資会社備後製糸所などが設立された。
  • 染料工業 - 1889年(明治22年)に備後藍協同組合が府中で結成された。1914年(大正3年)に勃発した第一次世界大戦の影響でドイツからの輸入頼りであった染料が窮乏をきたした。染料の内国生産化と経済好転とが相俟って染料工業は著しく発展。府中では帝国染料製造会社(現、日本火薬株式会社)町村分工場をはじめ、硫化染料の製造会社が多く設立された。その後、廃液処理の問題で臨海地帯の福山市に移転した。
  • 家具工業 - 府中家具の名で知られる。江戸時代後期、内田円三(えんぞう)が大坂で箪笥製造技術を習得し帰郷、その弟子たちによって盛んになったといわれている。

基幹産業編集

製造業が盛んで、特に非鉄金属ダイカスト製品、ミーハナイト鋳鉄製品、府中タンス、ラジコンヘリコプター、プリント配線板用大型真空プレス、テルペン樹脂(接着剤)、桐材取扱等ではシェア全国トップクラスの企業が存在する[12]。また福山市新市町と同様、備後絣から始まる繊維工業も盛んで、ユニフォーム、ワーキング、カジュアルウェアのデザイン開発などを扱う企業も集積している[13]

機械製造業編集

化学・ゴム製品製造業編集

  • スピングルカンパニー - ニチマンのグループ企業。2002年(平成14年)に誕生した国産スニーカー「スピングルムーヴ」は府中市のふるさと納税返礼品に選ばれている[14]
  • ニチマン - 1933年(昭和8年)に日満護謨工業株式会社として設立[15]。製靴底用ゴム板の製造に始まり、カジュアルスニーカーや介護向けスニーカーの企画・販売を行っている。
  • ヤスハラケミカル - 1947年(昭和22年)創業。テルペン樹脂、化成品、接着剤製造大手(東証2部上場)。

家具・木材製造業編集

明治中期以降、製造が盛んになったタンスなどの指物、琴、下駄などの制作には桐材が利用され、部材を順にとっていく一種のコンビナートが結成された。

  • アイピーシー - 桐箱製造。
  • 日本コフィン - 棺桶製造。

医療編集

JA府中総合病院があったが、JAの経営撤退により2012年より地方独立行政法人府中市病院機構府中市民病院と改称となる。また上下町との合併により、国保上下病院が府中北市民病院に組織変更されているが、医師不足のために単独での診療ができなくなり、府中市民病院と一体で医師の派遣を受けて診療体制を維持している。その府中北市民病院も、精神科の病棟廃止、出産の受け入れ中止、眼科・耳鼻科・小児科・外科・精神科の常勤医の退職など診療体制の縮小が続いている。他にも市内に入院可能な病院が存在するが、2011年に北川病院が組織移譲を経て診療所になるなどして入院可能な施設数も減少している。

その他の産業編集

鉱業編集

  • 瀬戸鉱山(岩谷鉱山) - 亜鉛が採掘された。1938年(昭和13年)より開発。1944年(昭和19年)まで操業した。荒谷町。

金融業編集

内陸部における産業集積地であった府中では、1899年(明治32年)に備後銀行が開業し、芦品郡府中町に本店が置かれた。設立当時の資本金20万円払込準備金5万円のうち半額は上下町側が負担したとされる。その後昭和恐慌の影響を受け、1934年(昭和9年)に藝備銀行(現、広島銀行の前身)に吸収合併され解散した[16]

交通編集

空港(最寄)編集

鉄道編集

路線バス編集

市内・近郊路線編集

  • 中国バス 
    • 福山駅前 - 中国中央病院/森脇 - 新市 - 府中 - 目崎車庫 - 市 - 尾道線
    • 福山駅前 - 中国中央病院/森脇 - 新市 - 府中 - 目崎車庫 - 木ノ山線
    • 目崎車庫 - 木ノ山 - 上下
    • 金丸車庫 - 新市 - 府中 - 目崎車庫 - 市 - 如水館線
    • 府中郵便局前 - 目崎車庫 - 枝上 - 尾道線
    • 目崎車庫 - 菅 - 市
    • (市内線)諸毛線・栗生線・本山団地(金丸)線・南宮台団地線・府中市循環線
    • 上下駅)高蓋線・呉ヶ峠線・太郎丸線
    • 府中ぐるっとバス(府中市循環バス) - 府中市役所発着(右まわり便、左まわり便)

都市間高速路線編集

 
広島県府中市に存在する大型コンクリートパネルを使用した沈下橋。芦田川中流域には橋の建設が遅れており、このような沈下橋が数多く見られたが、近年は徐々に減少している。

道路編集

高速道路編集

一般国道編集

県道編集

橋梁編集

高度経済成長期からバブル期、特に1970年中頃から1980年中頃に多くの橋梁が建設された[18]。市内を流れる芦田川には幅の狭い橋や老朽化した橋が多く、特に交通事故の多発する扇橋の架け替え工事は府中南北道路の整備とともに、至急の課題とされている[17]。市内には沈下橋もわずかに残存しているが、2018年(平成30年)西日本豪雨により損壊し通行できなくなった落合大橋と鴫谷橋の2橋について、府中市が2020年度以降撤去する方針を固めた[19]

主な橋梁編集

  • 新大渡橋 - 国道486号が通る。
  • 上前原橋 - 1994年(平成6年)架設。橋長103.0メートルの鋼橋。下流の府中新橋までの区間(芦田川右岸線)は国道486号のバイパス機能を果たしている。
  • 前原橋
  • 府中新橋 - 1960年(昭和35年)架設。橋長150.5メートルのPC橋
  • 府中大橋 - 1956年(昭和31年)架設。橋長138.2メートルのRC橋。
  • 府川新橋 - 1973年(昭和48年)架設。橋長137.2メートルの鋼橋
  • 用土橋 - 1970年(昭和45年)架設。橋長131.6メートルの鋼橋
  • 扇橋 – 広島県道48号府中松永線が通り、「府中南北道路」を構成。広島県の道路事業「主要地方道 府中松永線 高木工区」の工区であり、100メートルほど下流に新扇橋が2023年(令和4年度)開通予定で建設中。
  • 中須大橋 - 1979年(昭和54年)架設。北側(砂川)の第1橋は橋長28.7メートルの鋼橋、南側(芦田川)の第2橋は橋長132.0メートルの鋼橋


主な公共施設編集

市役所・支所編集

  • 府中市役所(府川町)
  • 上下支所(上下町上下)

保健・医療施設編集

教育施設(学校除く)編集

  • 府中市教育センター(元町)
  • 府中市生涯学習センター(TAM)(府中町)

スポーツ・研修施設編集

  • 府中市立総合体育館(TTCアリーナ)(土生町)
  • 府中市B&G海洋センター(土生町)
  • 府中市月見が丘公園体育施設(本山町)
  • 府中市中須グラウンド(中須町)
  • 府中市中須公園旭グラウンド(中須町)
  • 府中市府中公園グラウンド(出口町)
  • 府中市協和北グラウンド(行縢町)
  • 府中市鵜飼ランド公園グラウンド(鵜飼町)
  • 府中市阿字スポーツグラウンド(阿字町)
  • 府中市木野山スポーツグラウンド(木野山町)
  • 府中市桜が丘グラウンド(桜が丘)
  • 府中市勤労青少年体育センター(南の丘体育館)(土生町)
  • 府中市武道場(中須町)
  • 上下運動公園(上下町上下)
  • 清岳多目的広場(上下町水永)
  • 階見多目的広場(上下町階見)
  • 吉野多目的広場(上下町小堀)
  • 上下ゲートボール場(上下町上下)
  • 上下格闘場(上下町上下)
  • 府中市勤労青少年ホーム(キャンプ in ふちゅう)(用土町)

文化施設・図書館編集

子育て支援施設等編集

  • 府中市子育て支援センター(鵜飼町)
  • 上下地域子育て支援センター(上下町上下)
  • 広島県府中市児童館 府中市こどもの国 ポムポム(土生町)

斎場編集

  • 府中・新市斎場「やすらぎ苑」(広谷町)
  • 上下斎場「翁苑」(上下町)

ゴミ処理施設等編集

  • 府中市クリーンセンター(鵜飼町)
  • 府中市環境センター(中須町)
  • 府中市埋立センター(諸毛町)
  • 府中市北部クリーンステーション(上下町水永)

その他編集

  • 府中市学校給食センター(桜が丘)

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事編集

 
恋しき
 
上下町の木造芝居小屋の翁座
 
道の駅びんご府中

名所編集

府中エリア編集

  • 安楽寺(目崎町) - 参道・境内におよそ3000本のサツキが植えられ、別名「さつき寺」とも呼ばる。
  • オオムラサキの里(僧殿町) - 国蝶オオムラサキを飼育。毎年7月第1日曜日には放蝶会を開催。
  • 河佐峡(諸毛町) - 芦田川上流、八田原ダム(芦田湖)のふもとにある峡谷。
  • 甘南備神社(出口町) - 三室山山麓に鎮座する神社。延喜式内社で、祭神は事代主命大国主命。社伝によると、和同年間(708年715年)に当地で悪疫が流行した際、出雲より勧進したと伝わっている[20]
  • 首無地蔵(出口町)
  • 恋しき(府中町) - 国の登録有形文化財。1872年(明治5年)創業の旅館で、その後の増改築により独特の外観を持つようになり、府中のシンボル的建物となった。揮毫を残した犬養毅のほか、岸信介吉川英治井伏鱒二等が宿泊した。現在はさらに改修が施され、お土産・喫茶・庭園公開等の複合的施設となっている[21]
  • 三郎の滝(三郎丸町) - 滝滑り。
  • 十輪院(鵜飼町) - 厄除大師。境内には「珀明洞」と呼ばれる全長約100mの洞窟があり、33体の観音像を安置。
  • 神宮寺(栗柄町) - 南宮神社の別当寺。別名「あじさい寺」とも呼ばれる[22]
  • 青目寺(本山町)
  • 石州街道出口通りの町並み・銀山通り - 石見銀山に向かう街道の出口にあたる甘南備神社の門前町。
  • 日本一の石灯籠 (府中町)- 1841年天保12年)に完成した地上総高9メートル、笠石面積約4畳半の巨大な石灯籠。
  • 七ツ池(本山町) - 亀ヶ岳山頂一帯にある七つの池。付近には青目寺の遺構が点在し、また「大蛇伝説」[注 2]でも有名。
  • 延藤家住宅(出口町) - 国の登録有形文化財。建造物1931年(昭和6年)に別荘として建築。木造建築で、和館部(洞仙荘)とその玄関脇に建つ応接用の洋館部から成る[23]
  • 羽高湖(諸毛町) - 野外ステージやキャンプ場を備えた羽高湖森林公園がある。
  • 備後国府 - 遺跡はすべて埋め戻されており、出土品は資料館に収蔵されている。
  • 府中公園(出口町)
  • 道の駅びんご府中(府川町)

上下エリア編集

博物館編集

催し編集

  • 天領上下ひなまつり- 毎年2月~3月。
  • 安楽寺さつき祭り - 毎年5月。
  • 府中☆産業博 - 5月に府中市立総合体育館(TTCアリーナ)で開催される、地場産品の展示・実演・即売会などのイベント。かつては「府中産業メッセ」と呼ばれていた。
  • 上下あやめまつり- 毎年6月。
  • 備後国府まつり - 毎年7月に開催される夏祭り。花火大会やパレードが行なわれる。2012年までは「府中ドレミファフェスティバル」と呼ばれていた。
  • 三郎の滝フェスティバル- 例年7月。
  • 河佐峡フェスティバル - 例年7月。

名物編集

  • 府中味噌 - およそ400年の歴史を持つ味噌。福山藩主が参勤交代で将軍・諸侯に献上したことで全国的に知られるようになったとされる[24]。市内に浅野味噌、金光味噌の老舗がある。
  • 府中焼き - 豚バラ肉の代わりにミンチ肉を使用したお好み焼き町おこしの一環として、府中焼きフェスタなどのイベントを開催[25]東京都千代田区には、府中市の物産アンテナショップを兼ねた府中焼き店「NEKI/ネキ」が出店している[26]
 
広島県府中市のB級グルメ 府中焼き


コード編集

市外局番編集

市外局番は0847(府中MA:市内局番40 - 69)となっている。同一市外局番の世羅町など(甲山MA:市内局番20 - 39)及び神石高原町(東城MA:市内局番80 - 99)は、MAが異なる(隣接区域)ため、市外局番 (0847) が必要である。

  • 府中MAの該当区域

郵便番号編集

郵便物の集配は、以下の局が行っている。2006年10月16日の再編に伴い、変更された。

出身有名人編集

以下は府中市内および旧上下町の出身有名人のみを記載しており、五十音順で掲載している。

名誉市民・特命大使編集

府中市ふるさと大使編集

関連項目編集

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 公益財団法人 ひろしま文化振興財団発表(発掘するも確定出来ず、福山市神辺町に国分寺がある事から異説がある)
  2. ^ 昔、七ツ池付近に大蛇が棲んでおり、夜な夜な現れては人を飲み込んだので、青目寺の僧侶が爆薬を仕掛けた藁人形を大蛇に飲み込ませ退治したという伝説。4番池(蓮池)の畔は草が一方向になびいた「蛇すり」という箇所があり、かつて大蛇が這った跡とされている。
  3. ^ 「729-32xx」地域は元・協和郵便局管轄。2006年に協和郵便局の無集配局化に伴って府中郵便局へ移管。

出典編集

  1. ^ 郵便番号検索>広島県>府中市”. 日本郵便株式会社. 2019年7月16日閲覧。
  2. ^ 府中市広報 2012年-2013年
  3. ^ 住民基本台帳 広島県府中市 2018年4月1日
  4. ^ 住民基本台帳 広島県府中市 2018年7月1日
  5. ^ 平成30年 府中市議会 第1回定例会(3月1日)
  6. ^ 福山市 (10 2015). 福山市総合戦略. p. 8. 
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外部リンク編集