出口 延佳(でぐち のぶよし、元和元年4月28日1615年5月25日) - 元禄3年1月16日1690年2月24日))は、江戸時代前期の神職国学者である。幼名は延良。通称は与三郎または信濃。号は直菴、講古堂。

経歴・人物編集

度会延伊の子として、伊勢宇治山田に生まれる。

元和7年(1621年)に6歳で伊勢神宮権禰宜となり、度会姓を名乗る。権禰宜となった後は伊勢神道の興隆のために神職の以外にも国学者として、『陽復記』、『神宮秘伝問答』等を著した。

慶安4年(1647年)には、70人余りの同志の祠官と共に伊勢神宮の外宮豊宮崎文庫を創建し、神官の子弟たちに教育した。門下には山崎闇斎山本広足真野時縄河辺精長等がおり、著名な学者を輩出した。しかし、寛文10年(1670年11月大火で豊宮崎文庫は全焼し、蔵書や校訂した図書を失った。翌年には両宮の師職訴訟により外宮方が破れ、祠官一同と共に閉門に処せられる等不遇の晩年を過ごした。

出典編集