廣智寺(こうちじ)は大阪府高槻市にある黄檗宗仏教寺院である。本尊は十一面観音。山号は曇華山[2](どんげさん)[3]。「かんのんさん」とも呼ばれている[1]

廣智寺
山門
所在地 大阪府高槻市天神町2-1-3
位置 北緯34度51分20.4秒
東経135度36分59.1秒
座標: 北緯34度51分20.4秒 東経135度36分59.1秒
山号 曇華山
宗旨 黄檗宗
本尊 十一面観音
創建年 不明
開基 聖徳太子
中興年 1673年(延宝元年)
中興 龍渓性潜
正式名 優雲波羅華山観音廣智勝憧禅寺[1]
別称 廣智禅寺
札所等 摂津国三十三箇所霊場第26番
文化財 木造多臂観世音菩薩立像
法人番号 7120905002080 ウィキデータを編集
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歴史編集

 
本堂

寺伝によると、聖徳太子自らが観世音菩薩像を造り、堂宇を建て創建したと伝えられている。当時は観世音寺と称し、中世以降は興隆を極めたと伝えられるが、1578年(天正6年)にキリシタン大名として知られる高槻城城主・高山右近のキリスト教への改宗に応じなかったため堂宇は焼き払われた。唯一本尊である観音像のみが里人により難を逃れ草庵に安置され守られた[3]

1661年(寛文元年)に当時の高槻城城主・永井直清が夢の中で、聖徳太子から現在の地に観音像をまつるように告げられ伽藍の建設を志し、普門寺造営で知られる龍渓性潜(りゅうけいしょうせん)が開山となり再興。弟子の独量(どくりょう)および1673年(延宝元年)にはその法弟の櫟隠(れきいん)が諸堂宇を建設して、寺名も廣智禅寺(正式名: 優雲波羅華山観音廣智勝憧禅寺〈うどんばらげざんかんのんこうちしょうとうぜんじ〉)と改称した[3]

文化財編集

  • 木造多臂観世音菩薩立像 - 高さ167.8センチメートル、カヤ一木造(いちぼくづくり)。腕が6本の十一面観世音像であるが、元来は腕が8本で顔が1つの不空羂索観世音菩薩(ふくうけんさくかんぜおんぼさつ)であったことが解体修理により判明。1993年(平成5年)11月、大阪府の有形文化財に指定[3]。瞳には黒曜石を嵌め込んでいたと思われる。

交通アクセス編集

脚注編集

  1. ^ a b 広智寺<こうちじ>”. 高槻観光情報. 高槻市 (2012年). 2014年11月30日閲覧。
  2. ^ 「広智寺」高槻市教育委員会、1989年(現地案内板)
  3. ^ a b c d 「曇華山廣智寺 社歴・由緒」「廣智寺本尊観世音菩薩像について」 曇華山 廣智寺

外部リンク編集

曇華山 廣智寺(大阪再発見)