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祭神編集

主祭神は次の通り。

歴史編集

創建編集

 
建部神社(東近江市

社伝では、日本武尊の死後の景行天皇46年、日本武尊の妃・布多遅比売命が神勅によって、御子・建部稲依別命とともに住んでいた神崎郡建部郷千草嶽(現在の東近江市五個荘伊野部町付近の箕作山)の地に日本武尊を「建部大神」として祀ったのが創建とされる[2]。建部郷の「建部」の名は日本武尊をしのんで名代として名付けられたことに因むといい、他にも各地に設けられている。のち、天武天皇4年(675年)に近江の守護神として、現在地の栗太郡勢多へ遷座したという。遷座後、元の千草嶽の麓には神護景雲2年(768年)に聖真大明神と建部大明神が設けられたとされ、現在は建部神社が建てられている。

天平勝宝7年(755年)には、大己貴命大神神社から勧請され、権殿に祀られたという。

概史編集

平安時代中期の『延喜式神名帳には近江国栗太郡に「建部神社 名神大」と記載されて名神大社に列している。その後、近江国の一宮として崇敬された。

源頼朝平治の乱に敗れて伊豆国に流される道中、本社に立ち寄って源氏の再興を祈願、後に大願成就したことから、出世開運の神としても著名となった。

明治4年(1871年近代社格制度において「建部神社」として県社に列格され、同18年に官幣中社、同33年に官幣大社となった。戦後昭和23年(1948年)には神社本庁の別表神社となり、社名を「建部大社」とした。

なお、昭和20年8月、日本で初めて作られた千円紙幣甲号券)の図柄に日本武尊と当社本殿が使用された。

神階編集

境内編集

 
本殿(左奥)と権殿(右手前)

主神を祀る本殿と権殿は、同形式の一間社流造で並列して鎮座する。

拝殿は、本殿・権殿共用である。拝殿前に立つ三本杉は、大己貴命が権殿に祀られた際に一夜にして成長したと伝わる神木で、当社の神紋にもなっている。

そのほか、境内には鎌倉時代の文永7年(1270年)の造営とされる石燈籠が立っており、重要文化財に指定されている。

摂末社編集

摂社編集

  • 聖宮神社 (ひぢりのみやじんじゃ)
  • 大政所神社 (おおまんどころじんじゃ)
  • 藤宮神社
    • 祭神:布多遅比売命 - 日本武尊の妃。
  • 若宮神社
    • 祭神:建部稲依別命 - 日本武尊の子。

 

末社編集

  • 行事神社
    • 祭神:吉備臣武彦、大伴連武日 - 日本武尊の家臣。
  • 弓取神社
    • 祭神:弟彦公 - 日本武尊の家臣。
  • 箭取神社 (せんとりじんじゃ)
    • 祭神:石占横立、尾張田子之稲置、乳近之稲置 - 日本武尊の家臣。
  • 蔵人頭神社(膳夫神社)
    • 祭神:七掬脛命 - 料理の神。
  • 大野神社
    • 祭神:草野姫命 - 当社遷座以前から祀られていたという地主神。
  • 武富稲荷神社
  • 八柱神社
  • 桧山神社
    本社境内北方にある御旅山に鎮座する、境外末社である。熊野神社、山神社、鞭指神社を合祀し改称した。本社境内には遙拝所がある。

祭事編集

年間祭事編集

船幸祭編集

重さ1.5tの大神輿を御座船に乗せ瀬田川を下る「船幸祭」が、毎年8月17日に行われる。これは日本武尊の東征故事に拠るもので、日吉大社の「山王祭」(春)、天孫神社の「大津祭」(秋)と共に、「大津三大祭」の1つともされている。

文化財編集

重要文化財(国指定)編集

  • 木造女神坐像(附 木造小女神坐像2躯)(彫刻) - 平安時代の作。1905年(明治38年)4月4日指定[3]
  • 石燈籠(工芸品) - 文永7年(1270年)庚午五月七日造立之の刻銘がある。1962年(昭和37年)6月21日指定[4]

関係地編集

  • 建部神社(東近江市五個荘伊野部町、位置) - 建部大社旧社地伝承地。

現地情報編集

所在地

付属施設

  • 宝物殿 - 正月元旦のみ終日公開(拝観無料)、その他は事前要予約(拝観料200円)。

交通アクセス

周辺

脚注編集

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  1. ^ 天照皇大神:公式パンフレット、天明玉命:滋賀県神社庁。境内説明板ではどちらか一方を記載。
  2. ^ 神社由緒書。
  3. ^ 木造女神坐像 - 国指定文化財等データベース(文化庁
  4. ^ 石燈籠 - 国指定文化財等データベース(文化庁

参考文献編集

関連図書編集

外部リンク編集