後藤茂之

日本の政治家

後藤 茂之(ごとう しげゆき、1955年12月9日 - )は、日本政治家自由民主党所属の衆議院議員(6期)。第2次安倍内閣法務副大臣を務めた。

後藤 茂之
ごとう しげゆき
生年月日 (1955-12-09) 1955年12月9日(62歳)
出生地 日本の旗東京都
出身校 東京大学法学部
ブラウン大学大学院修士課程
前職 国家公務員大蔵省
所属政党 新進党→)
民主党→)
無所属→)
自由民主党(無派閥)
称号 法学士
経済学修士
公式サイト 後藤茂之オフィシャルホームページ

選挙区 長野4区
当選回数 6回
在任期間 2000年6月25日 - 2009年7月21日
2012年12月16日 - 現職
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来歴・人物編集

東京都出身[1]千代田区立番町小学校千代田区立麹町中学校東京教育大学附属駒場高等学校東京大学法学部卒業。1980年大蔵省に入省する。主税局に配属され、主税局企画調査室長を最後に退官。大蔵省奉職中、アメリカ合衆国ブラウン大学大学院修士課程に留学し、経済学修士号を取得した[2]

1996年第41回衆議院議員総選挙新進党公認で長野4区から出馬したが、落選。2000年第42回衆議院議員総選挙に民主党公認で再び長野4区から出馬。自民党前職の小川元を破り、初当選した。居所は諏訪市湖岸通り[3]

2003年1月に民主党へ離党届を提出。同年8月に自民党に入党。2000年に落選し政界を引退した小川の後継者が不在であった自民党長野県第4選挙区支部長に就任する。11月の第43回衆議院議員総選挙で民主党の堀込征雄を下して再選。

2005年第44回衆議院議員総選挙で3選。同年11月、第3次小泉改造内閣国土交通大臣政務官に任命された。

2009年第45回衆議院議員総選挙で民主党新人の矢崎公二に敗れ、比例復活もなく落選した。

2012年自由民主党総裁選挙自由民主党幹事長(当時)・石原伸晃の選挙対策本部で事務局長を務める。同年の第46回衆議院議員総選挙で矢崎を破り4選で国政に復帰した。選挙後に発足した第2次安倍内閣法務副大臣に任命された。

2013年10月、衆議院厚生労働委員長に就任[2]

2014年第47回衆議院議員総選挙で5選。

2017年第48回衆議院議員総選挙で6選。

政策編集

不祥事編集

  • 2009年の衆議院選挙において、後藤の運動員が公職選挙法違反(現金買収の約束、未成年者使用)の疑いで逮捕送検された[6]
  • 2014年12月の衆議院選挙の期間中、岡谷市の投票所で投票管理者を務めていながら後藤の選挙運動をしたとして、後藤の後援会に属する男を公職選挙法違反(選挙事務関係者の選挙運動の禁止)容疑で長野地検に同日書類送検した[7]

政治資金編集

  • 2012年3月13日、AIJ投資顧問の事実上の子会社であるアイティーエム証券が後藤の政治資金パーティーの券を2度にわたって計80万円分購入していたこと、また後藤が同証券の代表取締役個人から50万円の寄付を受け取っていたこと、さらに同証券の株式200株(額面で計1千万円)を所有していたことが大分合同新聞に報じられた。共同通信の取材に対し、後藤本人からの回答はなく、事務所は「事実のようだが、額や日時など詳細は分からない」としている[8]

所属団体・議員連盟編集

脚注編集

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  1. ^ 後藤茂之(小選挙区・長野県) 【衆議院選挙2017】:読売新聞
  2. ^ a b プロフィール”. 後藤茂之オフィシャルホームページ. 2015年6月6日閲覧。
  3. ^ 平成29年10月22日執行衆議院小選挙区選出議員選挙の立候補届出状況 (PDF)”. 長野県選挙管理委員会 (2017年10月10日). 2017年11月30日閲覧。
  4. ^ 2014衆院選 毎日新聞候補者アンケート
  5. ^ 朝日新聞、2014年衆院選、朝日・東大谷口研究室共同調査、2014年。
  6. ^ 「後藤茂之氏派運動員が公選法違反容疑認める」、信濃毎日新聞、2009年9月3日
  7. ^ 「投票管理者が選挙運動 公選法違反疑い書類送検」読売新聞、2015年01月14日。
  8. ^ AIJ関連会社がパーティー券 大分合同新聞 2012年12月28日閲覧
  9. ^ a b 俵義文 『日本会議の全貌』 花伝社、2016年
  10. ^ 「自民党新役員にも多数、カジノ議連メンバー」、しんぶん赤旗、2014年9月15日

外部リンク編集