函数のグラフ(黒線)と函数が描く曲線接線(赤線)。接線の傾きは接点上の函数の微分係数に等しい。

数学における実変数函数英語版微分(びぶん)、微分係数微分商または導函数(どうかんすう、: derivative)は、別の量(独立変数)に依存して決まるある量(函数の値あるいは従属変数)の変化感度を測るものである。微分は微分積分学の基本的な道具である。例えば、動く物体の位置の時間に関する導函数はその物体の速度であり、これは時間が進んだときその物体の位置がどれほど早く変わるかを測る。

一変数函数の適当に選んだ入力値における微分係数は、その点における函数のグラフ接線傾きである。これは導函数がその入力値の近くでその函数の最適線型近似を記述するものであることを意味する。そのような理由で、微分係数はしばしば「瞬間変化率」として記述される。瞬間の変化率は独立変数に依存する従属変数である。

微分は実多変数函数英語版にも拡張できる。この一般化において、導函数はそのグラフが(適当な変換の後)もとの函数のグラフを最適線型近似する線型変換と解釈しなおされる。ヤコビ行列はこの線型変換を独立および従属変数を選ぶことで与えられる基底に関して表現する行列であり、独立変数に関する偏微分を用いて計算することができる。多変数実数値函数に対して、ヤコビ行列は勾配に簡約される。

導函数を求める過程を微分あるいは微分法、微分演算 (differentiation) と言い、その逆の過程(原始函数を求めること)を反微分英語版という。微分積分学の基本定理は反微分が積分と同じであることを主張する。一変数の微分積分学において微分と積分は基本的な操作の二本柱である[1]

目次

実函数の微分法編集

微分係数英語版あるいは導函数(あるいは単に微分 (derivative))を求める操作・演算を微分あるいは微分法 (differentiation) と呼ぶ。x を変数とする函数 f(x) の微分は、変数の変化に対する函数の値の変化率(これを x に関する f の微分係数という)を測るものである。x, y実数であるとき、fx に対する値をプロットした函数のグラフを考えれば、微分係数の値はこのグラフの各点における傾きである。

定数函数となる自明な場合を除けば)もっとも単純な場合は yx一次函数であるとき、つまり y のグラフが直線となるときである。この場合、実数 m, b を用いて y = f(x) = m x + b と書けて、傾き m差分商 m = Δy/Δx で与えられる。ここで記号 Δ (デルタ) は「変化の増分」を表す符牒である。(この等式が成り立つことは、実際 y + Δy = f(x + Δx) = m(x + Δx) + b = mx + m⋅Δx + b = y + m⋅Δx から、変化量に関して y + Δy = y + mΔx および変化の割合に関して Δy = mΔx が成り立つことを見ればよい。)すなわち、この m は直線の傾きの真値を与えている。

極限としての変化率
Figure 1. (x, f(x)) における接線
Figure 2. 二点 (x, f(x)) および (x+h, f(x+h)) の定める、曲線 y= f(x)割線英語版
Figure 3. 割線の極限としての接線
Figure 4. 割線の極限としての接線(アニメーション)

しかし、函数 f が一次函数でない場合(つまりグラフが直線でない場合)には y の増分 Δyx の増分 Δx で割った値(平均の変化率)は変化する。微分は任意の値 x に対してその(瞬間の)変化率の真値を定める方法である。つまり微分は、この差分商 Δy/ΔxΔx を無限に小さく (0 に近く) する極限における極限値微分商)として変化率を計算する(右図も参照)。

厳密な定式化編集

実函数 f(x) について極限

 

が存在するとき f(x)x = a において微分可能(びぶんかのう、differentiable)であるといい、この極限を f ′(a) と書き x = a における f(x)微分係数と呼ぶ。

微分可能な条件として x = a への近づき方に依らずに 1 つの値に極限が収束することを課したが、この条件を弱めて a より値が小さい方からの近づき方だけ考えた片側極限左側極限left-sided limit

 

が存在するとき、この極限を f′(a) などと書き x = a における函数 f(x)左側微分係数 (left-hand derivative) という。

同様に、a より値が大きい方からの近づき方だけ考えた片側極限(右側極限right-sided limit

 

が存在するとき、これを この極限を f+′(a) などと書き x = a における函数 f(x)右側微分係数 (right-hand derivative) という。

x = a において f(x) の左側微分係数と右側微分係数の両方が存在しかつ値が一致すること、すなわち以下の条件を満たすことは、

 

x = a において f(x) が微分可能であることの必要十分条件である。このとき、函数 fx = a における微分係数 f ′(a) を求めるには、左側か右側かどちらか一方の極限だけを計算すればよいことになる。

超準解析編集

実数を拡大して超実数 R* (⊃ R) の体系の中で考えるとき、実函数 y = f(x) の実点 x における微分係数は(f の超実数への自然延長をやはり f と書くとき)、無限小 x に対して y = f(x+ ∆x) - f(x) とすれば、ΔyΔx に関する商 y/x標準部英語版 を考えることで定義することができる。ここで、上記の差分商の標準部が無限小 x の取り方に依らずに定まるとき、すなわち

 

が成り立つとき、この実数 m を実函数 fa における微分係数と呼ぶ

連続性と可微分性編集

 
この函数は印の付けられた点において微分係数を持たない。その点でこの函数は連続でない(特に跳躍不連続点を持つ)。

函数 y = f(x)a において微分可能であるとすると、fa において連続でなければならない。例えば、適当な点 a を選び、a より小さい任意の x に対して 1 を値として返し、a 以上の x に対しては 10 を返す階段函数f とすると、fa において微分係数を持たない。h が負の値をとるとき点 a + h はこの階段の下の段にあり、a から a + h へ引いた割線は傾きが非常に大きく、h0 に近づける極限でこの傾きは無限大になる。他方 h が正ならば点 a + h は上の段にあり、a から a + h へ引いた割線の傾きは 0 である。これらの帰結として、割線の傾きは如何なる一つの値にも収束せず、従って差分商の極限は存在しない[注釈 1]

 
絶対値函数は x = 0 において連続だが、接線の傾きが左側と右側とで一致しないから微分可能でない。

しかし、函数がその点において連続であったとしても、そこで微分可能でないことが起こり得る。例えば、絶対値函数 y = |x|x = 0 において連続だが、微分可能でない。 h が正のときは 0 から h へ引いた割線の傾きは 1 だが、h が負のときは −1 である。グラフで見ればこのことは、x = 0 においてグラフが「尖点」を持つことと理解することができる。しかしさらに函数が滑らかなグラフを持つ場合でも、接線が垂直になるために、その点で微分可能でないことが起こり得る。例えば y = x1/3x = 0 においてこの理由により微分可能でない。まとめると

命題
函数 f が微分係数を持つために f が連続であることは必要である。しかし連続であるだけでは十分でない。

実用上現れる函数の大半は至る所あるいは殆ど至る所微分係数を持つ。微分積分学の歴史英語版の初期には、多くの数学者は連続函数は殆どの点において微分可能であることを仮定していた。この仮定は緩やかな条件、例えば単調性リプシッツ性などのもとでは確かに満たされる。しかし1872年にカール・ヴァイアシュトラスは至る所連続だが至る所微分不能な函数の最初の例を示した。この函数は今日ではワイエルシュトラス函数と呼ばれる。1931年にステファン・バナフは、適当な点において微分係数を持つ函数全体の成す集合が、連続函数全体の成す空間において痩せている英語版ことを示した[2]。有り体に言えば、これはほとんど全ての連続函数が一点においてさえ微分可能でないということ意味する。

導函数編集

函数 f定義域の各点 a において微分係数を持つものとすると、各点 a に対して a における f の微分係数を値に取る函数を考えることができる。この函数を f ′ と書いて f導函数と呼ぶ。すなわち、f の導函数は、f の定義域の各点における微分係数をすべて集めたものである。

また f が定義域のほとんどの点で微分係数を持つ(が、定義されない点もある)ということもある。f が微分係数を持つ点 a においてその微分係数 f ′(a) を値に取り、微分係数を持たない点については定義しないものとして得られる函数 f ′ もまた f の導函数と呼ばれるが、この場合導函数の定義域はもとの f の定義域よりも真に小さい。

作用素としての微分演算編集

導函数の概念を用いると、微分演算を「函数の函数」と看做すことができる。すなわち微分演算は、定義域の各点において微分係数を持つ函数全体の成す集合を定義域とし、函数からなる適当な集合を値域に持つ作用素である。この作用素を D と書けば、その値 D(f) = f ′ は函数であり、従って点 a において値を評価することができるが、それは定義によりその函数の微分係数 D(f)(a) = f ′(a) に等しい。

高階微分編集

微分可能な函数 f の導函数 f  がさらに微分可能なとき f ′ の導函数を f ″ と書いて二階導函数英語版と呼ぶ。二階導函数がさらに微分可能ならば三階導函数英語版 f ″′ が、三階導函数が微分可能ならば四階導函数 f ″″ が定義できる。以下同様に n−1 階の導函数が微分可能であるとき、その導函数を n 階導函数という。この導函数はしばしば f (n) と書き表される。このように何度も微分して得られる導函数を総称して高階導函数と呼ぶ。

連続的微分可能性と函数の滑らかさ
ある函数 fn 階導函数 f (n) が定まるとき、その函数 fn 回微分可能であるという。このときさらに導函数 f (n)連続であれば、函数 f(n−1)連続的微分可能であるといい、函数 f(x)n 回連続的微分可能であるという。可微分函数は、その連続的微分可能な回数に従ってクラスフランス語版 (differentiability class) に分類され、特に n 階連続的微分可能な函数は Cn 級 (Cn class) であるという。何回でも微分できる(すなわち任意有限階の高階導函数を持つ)函数は無限回微分可能または C-級であるという。また、十分大きな n について Cn 級であるような函数は滑らかであるという[注釈 2][注釈 3]

多項式近似編集

実数直線上で定義される任意の多項式函数は無限回微分可能である。標準的な微分法則英語版により、次数 n の多項式は n 回微分して定数函数にすることができる。それ以上高階の導函数は恒等的に零に等しい。特にそれらは存在するのだから、多項式函数は C-級の滑らかな函数である。

x において微分可能な函数 f の(高階も含めた)微分係数は x の近くでの f の多項式近似を与える。例えば f が二回微分可能ならば、近似

 

 

を満たす意味で成り立つ。f が無限回微分可能ならばこれは x の周りでのテイラー級数x + h において評価したものの初めの方の項である。

変曲点編集

函数の二階導函数がその前後で符号を変える点を変曲点という[3]。変曲点において二階導函数は零になること(例えば 函数 y = x3 の変曲点 x = 0 の場合)もあれば、存在しないこと(たとえば y = x1/3 の変曲点 x = 0 の場合)もある。変曲点の前後で函数は凸函数から凹函数へ、あるいはその逆へ変わる。

記法について編集

函数 f(x) の点 a における微分係数を f ′(a) で表す(ラグランジュの記法)。あるいは、

 

ライプニッツの記法)や

 

のようにも書く(ニュートンの記法)。またコーシーは次のような記法を用いた。

 

一般に n 階微分可能な函数 f(x)n 階導函数を

 

あるいは

 

などと記す。

微分公式編集

基本法則編集

u, v が微分可能な x の函数で、a, bx に無関係な定数のとき

  • 線型性:
     
  • ライプニッツの法則:
     
     
     
  • 連鎖律 (Chain-rule):
     

初等函数に関する公式編集

いくつかの初等函数に関して、特徴的な微分公式が挙げられる。ex, ax, ln x, logax はそれぞれ指数函数対数函数であり、sin, cos, tan三角函数arcsin, arccos, arctan は三角函数の逆函数逆三角函数)、sinh, cosh, tanh双曲線函数arsinh, arcosh, artanh は双曲線函数の逆函数(逆双曲線函数)である。また、三角函数および双曲線函数のべき乗cos2x := (cos x)2 のように函数名の肩に指数を書いて表していることに注意。

初等函数の微分
  指数函数の微分   一般の底の指数函数に対する微分
  自然対数の微分   一般の底の対数に対する微分
  べきの微分   正弦函数の微分
  余弦函数の微分   正接函数の微分
  逆正弦函数の微分   逆余弦函数の微分
  逆正接函数の微分   双曲線正弦函数の微分
  双曲線余弦函数の微分   双曲線正接函数の微分
  逆双曲線正弦函数の微分   逆双曲線余弦函数の微分
  逆双曲線正接函数の微分

多変数函数の微分法編集

ベクトル値函数の微分編集

実数 t を適当なベクトル空間 Rn のベクトルへ写す実変数ベクトル値函数英語版 y(t) は成分ごとの函数に分けて y(t) = (y1(t), …, yn(t)) と書くことができる。例えば R2 または R3 内の曲線の媒介変数表示英語版 はベクトル値函数である。成分函数(座標函数)は実函数だから上で述べた意味において微分を考えることができる。任意の成分函数が t において微分係数を持つときかつそのときに限り、y(t) の微分係数

 

は存在して t における接ベクトルと呼ばれるベクトルを定める。任意の t に対して y の微分係数が存在するとき、導函数 y はそれ自身ベクトル値函数を定める。

Rn の標準基底 e1, …, en に対して yy(t) = y1(t)e1 + … + yn(t)en と書くことができるが、ベクトル値函数の微分が線型性英語版を持つようにするためには、各基底ベクトルは定ベクトルであるから

 

となる以外は無い。これは上記の結果と整合する。

偏微分編集

f は多変数の函数とすれば、これを一つの変数に関する(そのほかの変数で添字付けられる)函数として解釈しなおすことができる。これは例えば f(x,y) = fx(y) = x2 + xy + y2 とすれば、x の任意の値を決めたとき一変数函数 fx が定まるということであり、実際に x の値を x = a と選べば、a は変数ではなく定数であり、二変数函数 f(x, y) は一変数函数 fa(y) = a2 + ay + y2 を決定する。これに対して一変数函数の微分を適用すれば導函数として fa′(y) = a + 2y を得るが、このやり方は x の値として a の選び方に依らない。任意の a に対するこの導函数を総称的に扱って、二変数函数 fy-方向への変分を記述する函数 f/y(x,y) = x + 2y が得られる。これを fy に関する偏微分と呼び、丸い d の記号 は偏微分記号と呼ばれる。

一般に、点 (a1, …, an) における函数 f(x1, …, xn)xi-方向への偏微分

 

で定義される。上記の極限を取る差分商は一つの変数 xi を除いて固定したもので、変数を固定することで得られる一変数函数

 

に対して、定義により

 

が成り立つ。

多変数函数の場合の重要な例として、ユークリッド空間 Rn 内の領域上で定義された スカラー値函数 f(x1, …, xn) がある。この場合 f は各変数 xj に関する偏微分 f/∂xj を持ち、点 a においてこれらの偏微分は fa における勾配と呼ばれるベクトル f(a) = (f/x1(a), …, f/xn(a)) を定める。f が適当な領域上の各点で微分可能ならば、勾配は a をベクトル f(a) へ写すベクトル値函数、すなわちベクトル場を定める。

方向微分編集

fRn 上の実数値函数ならば、f の各偏微分は f の各座標軸方向への変分を測るものである。例えば、fx, y の函数であれば x-方向、y-方向の変動を偏微分は測ることができるが、しかし対角線 y = x など任意の方向への f の変動を直接的に測るものではない。それらを測るのは方向微分である。

ベクトル v = (v1, …, vn) に対して、fx における v-方向への方向微分は、差分商の極限

 

で与えられる。場合によってはベクトルの長さを調整してから方向微分をした方が評価や計算が楽になることがあり、しばしば単位ベクトル方向の方向微分として計算される。実際、v = λu として、上記の差分商に h = k を代入すれば、

 

となり、h → 0 の極限で同じく k → 0 であるから、v に関する方向微分の微分商は u に関する方向微分の微分商の λ-倍 (Dv(f) = λDu(f)) であることが分かる。この相似性により、単ベクトルに関する方向微分のみ考えるということもしばしば行われる。

fx において任意の偏微分を持ち、かつ連続ならば、fv-方向への方向微分は、等式

 

に従う。これは全微分の定義からの帰結である。方向微分は v に関して線型、すなわちベクトル v, w に対して Dv + w(f) = Dv(f) + Dw(f) を満たす。

同様の事は fRm に値を取るベクトル値函数に対しても(成分ごとに考えて)定義できる。この場合、方向ベクトルの値は Rm のベクトルとして与えられる。

全微分編集

fRn の開集合から Rm への函数ならば、f の方向微分は、その点における f の選択した方向への最適線型近似を与える。しかし、 n > 1 のときは、位置方向への方向微分だけでは f の挙動を完全に捉えることはできない。全微分は、全ての方向を一度にまとめて考えることで函数の挙動を完全にとらえるものである。

fa における全微分係数(あるいは単に全微分)は

 

を満たす唯一の線型写像 f ′(a): RnRm と定義される。ただし、hRn だから分母におけるノルムは Rn における標準ノルムであり、他方 f ′(a)hRm であり分子のノルムは Rm の標準ノルムである。va を始点とするベクトルならば、f ′(a)vf による v押し出しと呼ばれ、fv とも書かれる。f の点 a における全微分係数 f ′(a)a を始点とする任意のベクトル v に対して、線型近似公式

 

が満足される。一変数の微分係数のときと同じく f ′(a) はこの近似の誤差が可能な限り最小となるように選ばれる。高次元の場合に、この線型近似公式が意味を持つためには f ′(a)Rn のベクトルを Rm のベクトルへ写す線型写像でければならず、また f ′(a)v はその写像の v における値でなければならない。

偏微分・方向微分との関係編集

a において全微分係数が存在するならば、a における f の任意の偏微分および方向微分が存在する。即ち、任意の v に対して f ′(a)vfa における v-方向への方向微分になる。f を座標成分函数を用いて f = (f1, f2, …, fm) と書けば、全微分係数は、偏微分を用いて行列として表すことができる。この行列

 

fa におけるヤコビ行列と呼ばれる。全微分係数 f ′(a) が存在することは、すべての偏微分が存在することよりも真に強い条件であるが、偏微分が全て存在して連続ならば全微分は存在し、それはヤコビ行列によって与えられ、a に関して連続的に変化する。

全微分係数の定義は一変数の場合も含むものになっている。f が実一変数の実数値函数であるとき、全微分係数の存在する必要十分条件は通常の微分係数が存在することである。ヤコビ行列は微分係数 f ′(x) を唯一の成分とする 1 × 1 行列であり、この行列は f(a + h) ≈ f(a) + f ′(a)h なる近似性質を持つ。変数を取り替える英語版違いを除いて、これは函数 xf(a) + f ′(a)(xa)fa における最適線型近似であることを述べるものである。

高階の全微分編集

函数の全微分をとる操作では、一変数の場合と同じやり方で考えたのでは、別の函数(導函数)を与えることは無い。これは多変数函数の全微分係数が一変数函数の微分係数よりも多くの情報をもつものであることからくるもので、実際に全微分は函数の始域となる空間の接束から終域となる空間の接束への写像を与えるものになっている。

自然な意味で高階導函数に対応する概念は、線型写像でも接束上の写像でもなく、また全微分を繰り返すことで構成されるものでもない。

ジェット
高階の全導函数となるべきものはジェット英語版と呼ばれるもので、これは線型写像ではない(高階導函数は凹性(凸性)などの微妙な幾何学的性質を反映するので、これはベクトルのような線型の情報では記述できない)し、接束上の写像でもない(接束は底空間と方向微分に対してしか意味を成さない)。ジェットは高階の情報を反映することから、各方向への高階の変化を表す追加の座標を引数としてとる。このような余分の座標によって決定される空間はジェット束英語版と呼ばれる。函数の全微分と偏微分との関係に並列に対応するものは、函数の k-階のジェットと k 階以下の偏微分との関係として理解することができる。
高階フレシェ微分
全微分を繰り返しとることは、高階のフレシェ微分(を Rp に特殊化したもの)として定式化することができる。つまり、k-階の全微分は
 
なる写像として解釈することができる。この写像は点 xRn に対して、Rn から Rm への k-重線型写像の空間の元で、その点において f を(ある特定の明確な意味において)「最適」に k-重線型近似するものを割り当てる。対角線埋め込み Δ: x → (x, x, …, x) との合成を考えれば、多変数のテイラー級数も最初の方の項が
 
となるようなものとして与えられる。ただし、f(a) は定値函数と同一視され、各 (xa)i はベクトル xa の第 i-成分で、(Df)i, (D2f)jk, … は線型変換としての Df, D2f, … の各成分を表す。

一般化編集

微分の概念を多くの他の状況設定の下でも拡張して定義することができる。共通することは、一つの点における函数の導函数がその点における函数の線型近似として働くことである。

  • 実函数の微分の重要な一般化は、ガウス平面上の領域からガウス平面 C への函数のような複素変数の複素函数の微分である。複素函数の微分の概念は、実函数の微分の定義において実変数であるところを複素変数に置き換えることで得られる。二つの実数 x, y を用いて複素数 z = x + i y と書くことによりガウス平面 C を座標平面 R2 と同一視するとき、C から C への複素可微分函数は R2 から R2 へのある種の(その偏導函数が全て存在するという意味での)実可微分函数とみなすことができるが、逆は一般には成り立たない(複素微分が存在するのは実導函数が「複素線型」であるときに限り、これは二つの偏導函数がコーシー–リーマン方程式と呼ばれる関係式を満足することを課すものである)。正則函数の項を参照。
  • 別の一般化として可微分多様体(滑らかな多様体)の間の写像の微分を考えることができる。直観的に言えば、可微分多様体 M とはその各点 x の近くで接空間と呼ばれるベクトル空間によって近似することのできる空間である(原型的な例は R3 内の滑らかな曲面英語版である)。そのような多様体間の可微分写像 f: MN の点 xM における微分係数あるいは微分は、x における M の接空間から f(x) における N の接空間への線型写像であり、導函数は M接束から N の接束への写像となる。この定義は微分幾何学において基本的であり、多くの応用がある。微分写像(押し出し)および引き戻し (微分幾何学)英語版の項を参照。
  • バナッハ空間フレシェ空間のような無限次元線型空間の間の写像に対する微分法も定義できる。方向微分の一般化であるガトー微分函数の微分の一般化であるフレシェ微分などがある。
  • 古典的な微分の欠点は微分可能な函数がそれほどまでには多くないことである。それにも関わらず、微分の概念を拡張して任意の連続函数やほかの多くの函数を微分可能とするものに、弱微分がある。これは連続函数をより大きな分布の空間に埋め込んで、「平均の上で」のみ微分可能性を課すというものである。
  • 微分の性質に着想を得て代数学や位相空間論における同様の対象がたくさん導入され研究されている。例えば導分英語版微分環などを参照。
  • 微分の離散的対応物は差分である。微分法の研究は時間尺度微分積分学英語版において差分法と統一される。
  • 算術微分英語版(数論的微分)

関連項目編集

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注釈編集

  1. ^ にも拘らず、分布の意味で導函数が存在することが起こり得る。今の場合、その意味での導函数は a に中心を持つディラック測度(の 9-倍)である。
  2. ^ ここで「十分に大きい」とは、その場の議論において必要となる高階導函数をすべて含むという意味であり、特に厳密な n の値を知る必要が無ければふつうは C-級とする
  3. ^ 函数の滑らかさには連続函数のクラス C0解析函数のクラス Cω なども普通は加えて考える。CωC よりも「滑らか」と考えられる (cf. 非解析的無限回微分可能函数英語版) が、連続的微分可能性によって定義されるクラスでないことに注意。またこれら滑らかさのクラスの、偏微分や複素微分に対する適当な修正としてソボレフ空間ハーディ空間が定義される。

出典編集

  1. ^ 本項に述べる微分法は多くの情報源を持つ非常によく確立された数学の分野である。本項に書かれているような内容の大半は Apostol 1967, Apostol 1969, Spivak 1994 に含まれる。
  2. ^ Banach, S. (1931), “Uber die Baire'sche Kategorie gewisser Funktionenmengen”, Studia. Math. (3): 174–179. . Cited by Hewitt, E and Stromberg, K (1963), Real and abstract analysis, Springer-Verlag, Theorem 17.8 
  3. ^ Apostol 1967, §4.18.

参考文献編集

印刷物編集

  • Anton, Howard; Bivens, Irl; Davis, Stephen (February 2, 2005), Calculus: Early Transcendentals Single and Multivariable (8th ed.), New York: Wiley, ISBN 978-0-471-47244-5 
  • Apostol, Tom M. (June 1967), Calculus, Vol. 1: One-Variable Calculus with an Introduction to Linear Algebra, 1 (2nd ed.), Wiley, ISBN 978-0-471-00005-1 
  • Apostol, Tom M. (June 1969), Calculus, Vol. 2: Multi-Variable Calculus and Linear Algebra with Applications, 1 (2nd ed.), Wiley, ISBN 978-0-471-00007-5 
  • Courant, Richard; John, Fritz (December 22, 1998), Introduction to Calculus and Analysis, Vol. 1, Springer-Verlag, ISBN 978-3-540-65058-4 
  • Eves, Howard (January 2, 1990), An Introduction to the History of Mathematics (6th ed.), Brooks Cole, ISBN 978-0-03-029558-4 
  • Larson, Ron; Hostetler, Robert P.; Edwards, Bruce H. (February 28, 2006), Calculus: Early Transcendental Functions (4th ed.), Houghton Mifflin Company, ISBN 978-0-618-60624-5 
  • Spivak, Michael (September 1994), Calculus (3rd ed.), Publish or Perish, ISBN 978-0-914098-89-8 
  • Stewart, James (December 24, 2002), Calculus (5th ed.), Brooks Cole, ISBN 978-0-534-39339-7 
  • Thompson, Silvanus P. (September 8, 1998), Calculus Made Easy (Revised, Updated, Expanded ed.), New York: St. Martin's Press, ISBN 978-0-312-18548-0 

オンライン本編集

ウェブサイト編集