株式会社徳間書店(とくましょてん、Tokuma Shoten Publishing Co., Ltd.)は、日本の出版社エンタテインメント分野が中心。

株式会社徳間書店
Tokuma Shoten Publishing Co., Ltd.
Jowa Shibadaimon building 14-01.JPG
本社の入居する常和芝大門ビル
種類 株式会社
略称 徳間
本社所在地 日本の旗 日本
105-8055
東京都港区芝大門二丁目2番1号
常和芝大門ビル 5F-9F
業種 情報・通信業
法人番号 3010401036589
事業内容 出版編集
代表者 平野健一代表取締役社長
資本金 1億円
売上高 80億円(2016年3月期)
純利益 △27億4662万2千円(2017年3月期)[1]
総資産 47億398万5千円(2017年3月期)
従業員数 120人(2016年4月1日時点)
決算期 3月末日
主要株主 カルチュア・エンタテインメント株式会社
主要子会社 株式会社徳間ブックサービス
外部リンク www.tokuma.jp
特記事項:現法人は(旧)徳間書店を新旧分離して新規設立したもの
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カルチュア・コンビニエンス・クラブの連結子会社[2]

目次

沿革編集

第二次世界大戦終結直後、言論統制の反動からか雨後の筍の如く勃興した新興新聞社の一つで、読売新聞社出身の竹井博友1954年(昭和29年)の3月19日に興した「アサヒ芸能新聞社」が源流。芸能ゴシップ記事を中心とした『アサヒ芸能新聞』を発行していた。竹井自身は新聞界への情熱は持っていたようで、1953年、東京で一般紙『日東新聞』を創刊している。しかし、この『日東新聞』創刊が裏目に出て、1954年にはアサヒ芸能新聞社の業績は急激に悪化。竹井は遂に撤退を余儀なくされてしまう。後を引き受けたのが、同じ読売新聞社の出身で竹井の同僚の徳間康快である。

徳間は竹井に請われて同社の役員になった関係で残務処理に当たっていた。この時の徳間の姿勢に債権者・従業員・取引先のほとんどが親近感を覚え、「会社をたたむより徳間の手で是非再建を」との声が各方面からおこり、同1954年に徳間は「東西芸能出版社」をおこして、休刊していた『アサヒ芸能新聞』を再刊した。

1956年『アサヒ芸能新聞』を雑誌『週刊アサヒ芸能』に切り替えたが、これは非新聞系の週刊誌として『週刊新潮』と歩調を合わせての創刊であり、徳間は新潮社佐藤義助から声をかけられていた。東西芸能出版社は1958年「アサヒ芸能出版社」と改称して再起を期した。1961年4月にアサヒ芸能出版の書籍部門を徳間書店として分離設立したが、やがてアサヒ芸能出版は一般書籍にも進出することとなったため、1967年4月に両社が合併し、アサヒ芸能出版を存続会社として、社名を「徳間書店」に改称した。

その後、太平住宅からミノルフォン株式会社(旧・太平音響)を買収し、徳間音楽工業(のち徳間ジャパン)に改組し音楽業界に参入。倒産した大映の経営も引き受け、同社を再建。さらに、業績が悪化していた『東京タイムズ』を買収して古巣の新聞業界にも参入した。出版社の音楽業界参入は既に講談社が戦前から行ってはいたが、映画事業への参入は角川書店よりも早かった。また新聞事業の参入は、やはり徳間も新聞社出身だったこともあるが、講談社の『日刊ゲンダイ』の成功が刺激となったようである。この『東京タイムズ』は朝日新聞販売店に販売を委託していたが、朝刊紙だったこともあり部数が伸びず廃刊となっている。

そして、アニメブームに乗って発刊した雑誌『アニメージュ』が契機となり、宮崎駿高畑勲を擁するスタジオジブリを設立。日本のアニメ界の発展に多大な功績を残した。また1991年にはダイヤルQ2のパイオニア事業者だったダイヤルキューネットワークの事業譲渡を受け徳間インテリジェンスネットワークを設立している。

しかし、長年の拡大志向経営がたたりバブル崩壊が引き金となって、経営が大きく傾いて住友銀行(後の三井住友銀行)の管理下に置かれる。それでもなお徳間は社長の座を手放さず、磯田一郎続く巽外夫率いる住友銀行と激しく渡り合って会社を巧みに存続させた。負債総額は、グループ全体で最大1,300億円に達したともいわれる。

カリスマ経営者・徳間康快の逝去後、大映は2002年11月にライバル・角川書店に売却(現角川映画)。徳間ジャパンは2001年10月第一興商に売却されたが、現在も徳間の名は残されている。ゆりかもめからも見えることで知られた新橋の旧社屋は、2003年に資生堂へ売却されて「汐留FSビル」と改められ、併設の徳間ホールも「スペースFS汐留」となった。スタジオジブリは収益確保のため、徳間書店に吸収合併されていたが、実態は日本テレビの関係事業と化していたため、2005年に新たにスタジオジブリを設立し、独立させた。

これらの関連部門の売却ののち、2005年4月債務整理に当たる旧社「株式会社芝ホールディングス」(従来の「株式会社徳間書店」が社名変更、2006年9月会社解散)と営業譲渡されて出版活動を続行する新社「株式会社徳間書店」設立の新旧分離が行なわれ、経営再建を果たしつつある。

2013年10月にカルチュア・コンビニエンス・クラブ及びその出版事業子会社のカルチュア・エンタテインメントと業務・資本提携[3]。2014年12月に代表取締役社長の平野健一がカルチュア・エンタテインメントの社外取締役に就任[4]。2015年4月ネコ・パブリッシングと共同出資で株式会社C-パブリッシングサービスを設立。2017年3月21日付でカルチュア・エンタテインメントが株式を追加取得し出資比率を9割超に引き上げ子会社化した。

発行雑誌・書籍編集

雑誌編集

ファッション雑誌編集

アニメ情報誌編集

漫画雑誌編集

ゲーム誌編集

書籍編集

コミックス編集

過去に発行していた雑誌編集

以下は徳間書店インターメディア発行、徳間書店発売の雑誌

過去に発行していた書籍編集

役員編集

歴代社長編集

期間 社長
1954年3月19日 2000年9月20日 徳間康快
2000年9月21日 2001年1月17日 牧田謙吾
2001年1月18日 2008年2月22日 松下武義
2008年2月23日 2013年10月1日 岩渕徹
2013年10月2日 現在 平野健一

現役員編集

  • 大宮敏靖(取締役副社長)
  • 中西一雄(取締役)

歴代役員編集

その他編集

過去のグループ会社編集

脚注編集

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  1. ^ 官報平成29年6月28日(号外第138号)163頁 株式会社徳間書店(第19期)
  2. ^ 連結グループ会社・持分法適用会社一覧”. カルチュア・コンビニエンス・クラブ. 2017年5月20日閲覧。
  3. ^ カルチュア・エンタテインメント株式会社による子会社化及び組織改編について”. 徳間書店 (2017年3月21日). 2017年5月23日閲覧。
  4. ^ 組織再編に関するお知らせ”. カルチュア・コンビニエンス・クラブ (2014年10月21日). 2017年5月20日閲覧。
  5. ^ 週刊文春2017年3月30日号 「がんばれ!アサヒ芸能」TSUTAYA傘下で絶体絶命

参考文献編集

  • 『徳間書店の30年 1954-1983』 徳間書店社史編纂委員会、徳間書店、1984年2月
  • 『徳間書店の35年 1954-1989』 徳間書店社史編纂委員会、徳間書店、1989年
  • 大塚英志:「二階の住人とその時代-転形期のサブカルチャー私史」、星海社、ISBN 978-4-06-138584-9(2016年4月25日)。
  • 佐高信:「メディアの怪人 徳間康快」、講談社 (講談社+α文庫)、ISBN 978-4-06-281675-5(2016年6月21日)。

関連項目編集

外部リンク編集