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悟道軒 圓玉(ごどうけん えんぎょく)は、講釈師の名跡。新字体は悟道軒玉。

目次

初代編集

本名:浪上義三郎(戸籍上は浪上儀三郎)、慶応2年(1866年11月16日 - 昭和15年(1940年1月23日。享年75[1]

江戸出身、16歳で二代目松林伯圓の門弟となり伯義、1889年に五代目松林圓玉。師・二代目伯圓の没後、しばらく自身が病気がちになり、心機一転、悟道軒圓玉と改名した[1]

新作など講談の創作に力を入れた。

川口松太郎は、1919年から、悟道軒円玉の家に住み込んでその口述筆記を手伝い、漢詩や江戸文学の素養も積んだ[2]

墓所は江戸川区深川心行寺[3]

二代目編集

本名:貝野光男[4]

外部リンク編集

脚注編集

  1. ^ a b 悟道軒円玉(初代)”. デジタル版 日本人名大辞典+Plus. コトバンク. 2014年12月13日閲覧。
  2. ^ 日外アソシエーツ現代人物情報
  3. ^ 心行寺について | 浄土宗 双修山 心行寺2014年12月13日閲覧。
  4. ^ ハートネットTV:障害福祉賞(2)高次脳機能障害と共に生きる ―東京・貝野光男さん― - 2014年12月11日の放送 - NHK福祉ポータル ハートネット2014年12月13日閲覧。
  5. ^ 日外アソシエーツ現代人物情報
  6. ^ 日外アソシエーツ現代人物情報
  7. ^ a b c d e f 師への感謝を込めて 悟道軒圓玉が主催する 服部伸 40年記念 講談の会 (PDF) アートマネジメント研究所
  8. ^ 日外アソシエーツ現代人物情報