愛国歌 (ロシア連邦)

1990年から2000年までのロシア連邦の国歌

愛国歌』(あいこくか、: Патриотическая песня)は、1990年から2000年までの、ロシア連邦国歌である。

Патриоти́ческая пе́сня
Patriotícheskaya pésnya
和訳例:"愛国歌"

過去の国歌の対象
Flag of the Russian Soviet Federative Socialist Republic (1954–1991).svgロシアの旗 ロシア共和国
Flag of Russia (1991–1993).svg ロシア連邦

別名
Патриотическая Песнь Глинки
("ミハイル・グリンカの愛国歌")
作曲 ミハイル・グリンカ(1833年)
採用時期 1990年11月23日(29年前) (1990-11-23
採用終了 2000年12月27日(19年前) (2000-12-27
試聴
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ウラジーミル・プーチン大統領就任式(2000年5月7日)で演奏された愛国歌
Synthesizer performance

ミハイル・グリンカの作曲。日本語の訳題は定まっておらず、『愛国の歌』、『愛国者の歌』とも訳される。また、共産党時代に付された詞の内容から『モスクワ』と呼ばれることもある。

原曲編集

1895年、ロシア音楽新聞はグリンカの『国歌のモチーフ』として初めてこの曲を公けに紹介したが、歌詞は添えられておらず、メロディと低音のみが記されていた。この曲の正確な作曲年代は不明である。『神よツァーリを護り給え』がコンテストでロシア帝国国歌に選ばれたのは1833年であるが、ウラディーミル・スターソフはそれより後の1834年に作曲されたとしている。これとは別に、グリンカが1837年に作曲した合唱管弦楽のためのポロネーズわれらが神は大いなり』(: Велик наш бог、作詞V.ソログーブ)を原曲とする説もある[1]


第二次世界大戦も終わりに近づいた1944年に、モスクワ音楽院の軍楽科教授を務めていたミハイル・バグリノーフスキー(1885年 - 1966年)が題名を『愛国歌』と名付け、吹奏楽用に編曲した。この版はラジオ放送で演奏され、広く知られるようになり、アレクサンドル・ガウクによる管弦楽版など多くの編曲が試みられた。

モスクワ編集

1947年モスクワ建都800年の記念行事の一環として、この曲をモスクワ讃歌に仕立てることが企画され、アレクサンドル・マシストフによる歌詞が付された。歌詞の内容からこの版の題名を『モスクワ』と呼ぶこともある。ソ連時代に人気があり、盛んに演奏、録音された。

マシストフによる歌詞
ロシア語(原語)
和訳
Здравствуй, славная столица,
Сердце Родины — Москва!
Вся страна тобой гордится,
Городов родных глава.
Русь великую сплотила
Ты вокруг твердынь Кремля,
И окрепла наша сила,
И прославилась земля!
万歳、栄えある首都よ、
祖国の中心-モスクワよ!
全国がモスクワを誇りに思い
町々はモスクワを称賛する
モスクワはクレムリンを堅固にし、
偉大なロシアを団結させた
我等の力を強大にし、
国に栄光をもたらした!

ロシア国歌編集

ソビエト連邦崩壊後、ボリス・エリツィン大統領により、従来の『ソビエト連邦国歌』(アレクサンドル・アレクサンドロフ作曲)に変わり、新生ロシアの国歌に定められた。しかし、メロディだけで公式の歌詞が無かったことや、共産党などソ連時代の国歌を是とする勢力も強かったことなどが原因で、国民一般に定着せず、正式に国歌とするための法制化も実現しなかった。

エリツィンの後継者となったウラジーミル・プーチンにより、ソビエト連邦国歌のメロディに新しい歌詞を付けた曲が新たなロシアの国歌に定められ、2000年12月27日を以って国歌の役割を終えた。

脚注編集

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  1. ^ 井上和男の説。参考文献参照。

参考文献編集

  • 井上和男 編著「クラシック音楽作品名辞典」(1996年版 三省堂ISBN 4385135479
  • 作曲家別名曲解説ライブラリー22「ロシア国民楽派」(1995年 音楽之友社ISBN 4276010624
  • 当曲を収録したCD、LPの解説(ロシア製CDが多い 例:メロディア SUCD10-00167)

関連項目編集

外部リンク編集