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愛音 羽麗(あいね はれい、5月24日 - )は、日本女優。元宝塚歌劇団花組男役

大阪府豊中市生まれ[1]大阪府立少路高等学校出身[1]。公称身長168cm、血液型O型。宝塚歌劇団時代の愛称は「みわっち」、「みわ」、「あやこ」。

妹は祇園甲部芸妓・槇子(まきこ)。

来歴・人物編集

初めて宝塚公演を見たのは「キス・ミー・ケイト」。その後母と一緒に大劇場へ通っていたが、当初は宝塚の舞台には、あまり興味が無かった。

しかし気が付くと熱心なファンになっており、中でも中学の時に見た『ベルサイユのばら』(76期生初舞台公演)の印象は強烈で(それまで男役という概念が無く、舞台にいた全員が女性だったことに愕然とした)、これがきっかけで音楽学校の受験を決意した。

その後、試験に向けて、バレエ声楽のレッスンを始めた。 当初は娘役志望で輪っかが入った(裾が大きく広がる)ドレスを着るのが夢だったという。

1995年宝塚音楽学校入学。第83期生。同期には天勢いづる彩乃かなみ紫城るい琴まりえ悠未ひろ等がいる。

1997年宝塚歌劇団入団。入団時の成績は6番。「仮面のロマネスク」で初舞台後、花組に配属。

美形男役として注目を集め、少年役に選ばれることが多かった。2001年「〜夢と孤独の果てに〜 ルートヴィヒII世」ではルートヴィヒの少年時代に、さらに同新人公演では国王に寵愛されるホルニヒ役に抜擢を受ける。さらには女役としても、「琥珀色の雨にぬれて」新人公演ではベテラン女役・矢代鴻の演じたエヴァ役が与えられた。

2003年、最後の新人公演「野風の笛」で初主演を果たす。以来芸域の広さを武器に、若手スターとしてキャリアを積む。

2007年、「舞姫」でバウホール単独初主演を果たす。当初はバウホール公演のみの予定だったが、好評を得て翌年に日本青年館で再演した。

2012年、『サン=テグジュペリ -「星の王子さま」になった操縦士(パイロット)-』/『CONGA!!』の東京公演千秋楽(2012年10月14日)付けをもって、宝塚歌劇団を退団。なお、この公演で初めてのエトワールを務めた。

2013年、『私のダーリン』で退団後初舞台出演を果たす。

2014年、太鼓芸能集団・鼓童のメンバーである小田洋介との結婚を発表。[2]

同年、『10 Carats Fabulous Revue Boys II』では演出助手を担当。

2016年、第1子妊娠を発表[3]

エピソード編集

華やかでインパクトのある名前であるが、特に深い理由は無く、「単純に好きな字を並べた物で、意味も後でとってつけました」とのこと。宝塚おとめには「愛を奏でる天使をイメージした」と書いてある。

芸名については「よく『四字熟語のようで覚えにくい』と言われる」というが、「逆に覚えて貰うと忘れないみたい」と述べている。

宝塚歌劇団時代の主な舞台編集

宝塚歌劇団退団後の活動編集

舞台編集

  • 2013年3月~4月、ミュージカル『私のダーリン』(シアタークリエ) 
  • 2013年7~10月、坂東玉三郎×鼓童『アマテラス』(赤坂ACTシアター、博多座、南座)アメノウズメ役
  • 2015年3月、『Live Airline』(俳優座劇場コラニー文化ホール)  
  • 2015年5月、坂東玉三郎×鼓童『アマテラス』(大阪松竹座)アメノウズメ役
  • 2015年7月、『ニューヨーク青春物語』(カメリアホール)

テレビ編集

  • WOWOW - 宝塚への招待 - 『CONGA!!』 - 副音声解説 (2014年7月、WOWOW

受賞歴編集

  • 2004年 宝塚歌劇団年度賞「新人賞」
  • 2007年 宝塚歌劇団年度賞「努力賞」

脚注編集

  1. ^ a b 『テレビ・タレント人名事典(第6版)』日外アソシエーツ、2004年6月、7頁。ISBN 978-4-8169-1852-0
  2. ^ “元宝塚・愛音羽麗が結婚へ!太鼓芸能集団の小田洋介と”. スポニチアネックス (スポーツニッポン). (2014年4月2日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2014/04/02/kiji/K20140402007896790.html 
  3. ^ “元宝塚・愛音羽麗、待望の第1子妊娠を報告「神秘と奇跡を感じずにはいられません」”. スポーツ報知. (2016年4月7日). http://www.hochi.co.jp/entertainment/20160406-OHT1T50147.html 2016年4月7日閲覧。 

関連項目編集

外部リンク編集