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地理編集

町田市南部に位置する。東は神奈川県横浜市青葉区奈良あかね台、西は高ヶ坂西成瀬、南は南成瀬、北は東玉川学園成瀬台と接している。

成瀬村および鶴間村・小川村・金森村・高ケ坂村が合併してできた南村の中心であったが成瀬駅が設置されてからは中心はそちらに移っている。 主に1960年代以降の宅地開発により、成瀬台、南成瀬、西成瀬、成瀬が丘、東玉川学園が誕生し分立した。

河川編集

地価編集

住宅地の地価は、2014年平成26年)1月1日公示地価によれば、成瀬字三十一号4917番1の地点で15万6000円/m2となっている[5]

歴史編集

地名の由来編集

横山党の成瀬四郎太郎の居館があったことから。

沿革編集

  • 不明 成瀬城が築城される
  • 1535年(天文四年) この年に西條彦次良が法華妙典(法華経経典)を奉納したことが、成瀬経塚で発見された経筒の彫銘に以下のように記されている[6]
奉納法花妙典

一部満願成就
皆令満足所
信心旦那武運
長久息災延命

 天文四年十一月日
  西條彦次良

また、そこで発見されたもう一つの経筒 (東京国立博物館 C0019648)の彫銘には

 羅刹女 甲州祐順
奉納経王六十六部
 三十番神 当年今月

と記されている[6]

  • 1868年明治元年) - 武蔵県知事の管轄とされた。その後同年末までに東京府となるものの、多摩地域が横浜に居住する外国人の遊歩区域であるとの神奈川県知事陸奥宗光の上申により神奈川県に移管される。
  • 1873年(明治6年)5月1日 - 区番組制により第八区一番組となる。
  • 1874年(明治7年)6月15日 - 大区小区制により、第八大区二小区となる。
  • 1884年(明治17年)7月5日 - 連合戸長役場制により、成瀬村、金森村、鶴間村、高ヶ坂村、小川村が5ヶ村連合となる。連合戸長役場は鶴間村に置かれる。
  • 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行。成瀬村と鶴間村、小川村、金森村、高ヶ坂村が合併、南多摩郡南村大字成瀬となる。
  • 1893年(明治26年)4月1日 - 神奈川県のうち、西多摩郡、南多摩郡、北多摩郡東京府に移管。東京府南多摩郡南村大字成瀬となる。
  • 1938年昭和13年)7月1日 - 東京都制により、東京都南多摩郡南村大字成瀬となる。
  • 1954年昭和29年)4月1日 - 南多摩郡町田町と合併し、南多摩郡町田町大字成瀬となる。
  • 1958年(昭和33年)2月1日 - 南多摩郡鶴川村忠生村堺村と合併・市制施行し、町田市大字成瀬となる。
  • 1967年(昭和42年)7月1日 - 成瀬、南大谷本町田金井町のそれぞれ一部で住居表示を実施、玉川学園一〜八丁目を新設。
  • 1975年(昭和50年)10月21日 - 成瀬の一部より、成瀬台一〜四丁目を新設。
  • 1979年(昭和54年)3月4日 - 成瀬の一部より、成瀬一〜二丁目を新設。
  • 1979年(昭和54年)4月1日 - 国鉄(現:JR横浜線成瀬駅開業。現在は南成瀬・成瀬が丘地区となっている。
  • 1979年(昭和54年)6月10日 - 成瀬の一部より、南成瀬一〜七丁目を新設。
  • 1981年(昭和56年)9月6日 - 成瀬の一部より、東玉川学園一〜四丁目を新設。
  • 1986年(昭和61年)10月10日 - 成瀬、小川、金森のそれぞれ一部より、成瀬が丘一〜三丁目を新設。成瀬、小川のそれぞれ一部を小川一丁目、二丁目に編入。
  • 1992年平成4年)7月13日 - 成瀬、小川、南成瀬七丁目のそれぞれ一部より、南成瀬八丁目を新設。
  • 1996年(平成8年)9月7日 - 成瀬の一部より、成瀬三丁目を新設。成瀬の一部を南成瀬二丁目に編入。
  • 2014年(平成26年)7月21日 - 成瀬の残余部で住居表示を実施し、成瀬四〜八丁目及び西成瀬一〜三丁目を新設。

町名地番整理・住居表示実施編集

これまで成瀬地区では度々、町名地番整理が実施され、1979年には成瀬一〜二丁目を、1996年には成瀬三丁目を新設した。

また、2014年には成瀬(地番区域)の全域において住居表示を実施し、成瀬の南部と東部は成瀬四〜八丁目となり、成瀬の西部は西成瀬一〜三丁目として分離した。これにより大字としての成瀬は消滅した。

実施内容 実施後 実施年月日 実施前 主な地名
町名地番整理実施 成瀬一丁目 1979年6月10日 成瀬 清水谷
成瀬二丁目 奈良谷戸山、ポプラヶ丘
成瀬三丁目 1996年9月7日 しあわせ野
住居表示実施 成瀬四丁目 2014年7月21日
成瀬五丁目
成瀬六丁目 吹上
成瀬七丁目
成瀬八丁目
西成瀬一丁目
西成瀬二丁目 栗山、鞍掛台、うさぎ谷戸
西成瀬三丁目 かしの木山、三ツ又

世帯数と人口編集

2018年(平成30年)1月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[2]

丁目 世帯数 人口
成瀬一丁目 733世帯 1,883人
成瀬二丁目 605世帯 1,466人
成瀬三丁目 224世帯 666人
成瀬四丁目 278世帯 651人
成瀬五丁目 337世帯 874人
成瀬六丁目 595世帯 1,374人
成瀬七丁目 852世帯 1,588人
成瀬八丁目 555世帯 1,189人
4,179世帯 9,691人

小・中学校の学区編集

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[7]

丁目 番・番地等 小学校 中学校
成瀬一丁目 全域 町田市立成瀬中央小学校 町田市立成瀬台中学校
成瀬二丁目 全域
成瀬三丁目 全域
成瀬四丁目 全域
成瀬五丁目 1~10番
11番34号・39号
町田市立南第二小学校
11番1~9号・23号
12~23番
町田市立南成瀬中学校
成瀬六丁目 6番11号・14号・23~26号
7番21~25号・28~33号
7番38号・41号・43号
7番48号・51号・54号
8~18番
1~5番、6番1号・8号
6番28号・30号・32~34号
7番5号・7号・9号・12号
7番16号・18号・20号
7番69~70号・72号
町田市立成瀬台中学校
成瀬七丁目 1番1号、2~4番、8~11番
1番3~11号・14~15号
1番17号・20号・29号
1番33~34号・36号
1番40号・44号
5~7番
町田市立成瀬中央小学校 町田市立成瀬台中学校
成瀬八丁目 1~3番、17番 町田市立高ヶ坂小学校 町田市立町田第二中学校
4~16番、18~29番 町田市立南成瀬小学校 町田市立南成瀬中学校

交通編集

鉄道編集

JR横浜線成瀬駅が最寄駅である。

路線バス編集

神奈川中央交通により、以下の路線が運行されている。

道路・橋梁編集

  • 東京都道140号川崎町田線(成瀬街道)
    • 高瀬橋(恩田川)
  • 成瀬中央通り
    • 成瀬中央橋(恩田川)
  • フラワーロード
  • けやき通り
    • 成瀬尾根トンネル
  • 中央通り

施設編集

 
東京都立成瀬高等学校
教育
警察
消防
郵便局
  • 成瀬清水谷郵便局
金融機関
農業協同組合
商業
工業
公園
  • しいのみ公園
  • 弁天橋公園
  • 奈良谷戸公園
  • 成瀬東公園
  • 天台公園
寺院神社
  • 東雲寺
  • 杉山神社
  • 奈良谷戸山神社

関連項目編集

出典編集

  1. ^ 土地・気象 【町田市統計書 第50号2016(平成28)年度発行】”. 町田市 (2017年3月21日). 2018年1月21日閲覧。
  2. ^ a b 町丁別世帯数・人口表”. 町田市 (2018年1月15日). 2018年1月21日閲覧。
  3. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2018年1月21日閲覧。
  4. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2018年1月21日閲覧。
  5. ^ 国土交通省地価公示・都道府県地価調査
  6. ^ a b 東京府史蹟名勝天然紀念物調査報告書 第五冊 「府下に於ける重要なる史蹟」 東京府 1927年
  7. ^ 市立小・中学校の通学区域”. まちだ子育てサイト(町田市) (2018年4月1日). 2018年4月1日閲覧。