曼荼羅寺 (善通寺市)

香川県善通寺市にある寺院、四国八十八箇所霊場の第七十二番札所
我拜師山曼荼羅寺から転送)

曼荼羅寺(まんだらじ)は、香川県善通寺市吉原町曼荼羅寺にある真言宗善通寺派寺院本尊大日如来四国八十八箇所第72番札所。

曼荼羅寺
曼荼羅寺
本堂
所在地 香川県善通寺市吉原町曼荼羅寺1380番地1
位置 北緯34度13分23.9秒
東経133度45分0.79秒
座標: 北緯34度13分23.9秒 東経133度45分0.79秒
山号 我拜師山
院号 延命院
宗旨 古義真言宗
宗派 真言宗善通寺派
本尊 金剛界大日如来
創建年 (伝)推古天皇4年(596年
開基 (伝)行基
正式名 我拜師山延命院曼荼羅寺
別称 世坂寺
札所等 四国八十八箇所第72番
文化財 木造聖観音立像(県指定文化財)
公式HP 曼荼羅寺
法人番号 7470005002839 ウィキデータを編集
曼荼羅寺 (善通寺市)の位置(香川県内)
曼荼羅寺 (善通寺市)
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本尊真言:おん あびらうんけん ばさらだどばん

ご詠歌:わずかにも曼荼羅おがむ人はただ ふたたびみたびかえらざらまし

納経印:当寺本尊、七佛寺薬師如来、七ヶ所参り福禄寿

歴史編集

寺伝によれば、空海(弘法大師)の出身氏族である佐伯氏の氏寺として推古天皇4年(596年)に創建され、当初は世坂寺(よさかじ)と称したという。

空海がより帰国後、請来した両界曼荼羅を奉納し、大日如来を本尊として安置し再興、母(伝承では玉依御前)の菩提寺とし、曼荼羅寺と改称したと伝える。 鎌倉時代には、後堀河天皇から寺領を給わるほど栄えた。

しかし、永禄3年(1560年)阿波の三好実休によるの兵火で焼亡、さらに、慶長年間(1596~1615年)に戦火を受けたが復興している。

空海の手植えとされた「笠松(不老松)」は、平成14年に松くい虫による被害で伐採された。

伽藍編集

  • 山門(仁王門)
  • 本堂:毎年、彼岸の入りの日に、本尊金剛界大日如来が開帳される。
  • 大師堂:大師像を拝顔できる。背後に、かつて当寺の奥之院であった「出釈迦寺奥之院」が臨める。
  • 観音堂:聖観音立像と胎藏大日如来像を拝顔できる。
  • 護摩堂
  • 地蔵堂
  • 鎮守堂
  • 愛染堂
  • 西行の昼寝石とその背後にある石碑:「笠掛桜 笠はありその身はいかになりぬらんあはれはかなきあめが下かな」

山門をくぐり進むと本堂、その手前を左に行くと大師堂、右に進むと納経所がある。

  • 宿坊:なし
  • 駐車場:山門横に有料であり、普通車で200円。
(以前は寺の上に無料であったが、廃業した旅館跡を駐車場にしたため有料になった。)

文化財編集

県指定有形文化財
  • 木造聖観音立像(平安時代後期)昭和30・4・2指定

周辺の番外霊場編集

七仏寺
空海が七体の薬師如来の石仏を刻んで祀ったと云われる七仏薬師堂がある。納経は曼荼羅寺で受け付けている。

五岳山の石仏編集

 
善通寺五岳石仏 中山

平成29年(2017年)3月12日に善通寺の五岳の山頂に市内五ヶ寺が五つの仏を設置し開眼法要をした。

  • 火上山(ひあげやま) 不空成就如来(金倉寺)
  • 中山(なかやま) 阿弥陀如来(曼荼羅寺)
  • 我拝師山(がはいしざん) 大日如来(出釈迦寺)
  • 筆ノ山(ふでのやま) 宝生如来(甲山寺)
  • 香色山(こうしきざん) 阿閦如来(善通寺)

周辺編集

交通アクセス編集

鉄道
道路

前後の札所編集

四国八十八箇所
71 弥谷寺 -- (3.5km)-- 72 曼荼羅寺 -- (0.5km)-- 73 出釈迦寺

参考文献編集

[脚注の使い方]
  • 宮崎建樹『四国遍路ひとり歩き同行二人』地図編 へんろみち保存協力会 2007年(第8版)
  • 宮崎建樹『四国遍路ひとり歩き同行二人』解説編 へんろみち保存協力会 2007年(第7版)

外部リンク編集