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戸田信子 (アナウンサー)

戸田 信子(とだ のぶこ、1960年3月13日 - 2018年8月4日[注 1])は、日本のアナウンサー[注 2]。後年より、アメリカ合衆国(米国)にて、日本語教育者として活動していた。米国名は、Nobuko Toda Patton(日本語表記:パットン信子=パットンのぶこ)[注 3]。アナウンサー時代の愛称は宇宙人[4]

来歴編集

岩手県二戸郡一戸町出身[5]。光華女子大学(のちの京都光華女子大学)文学部日本文学科およびCHK名古屋アナウンススクール卒業[注 4]。血液型はB型[1]

大学卒業後、1983年に岩手放送(のちのIBC岩手放送。以下、IBC)へ入社し、同局のアナウンサーとしてテレビ『ポップチャンネル』ラジオ『IBCトップ40』『ワイド145』『ジャスト・ジャス・タイム』『爆発ラジオ新鮮組』などの番組を担当する[注 5]。アナウンサーとしての同期には、菊池幸見がいる[注 6]

1988年に東京放送(TBS)[注 7]に出向し、テレビの報道番組『JNNニュースデスク'88・'89』のサブキャスターを務める[注 8]

『JNNニュースデスク』の終了後、IBCを退社。スタッフ東京所属のフリーアナウンサーになり[要出典]テレビ朝日の『ステーションEYE』や『CNNデイブレイク』でサブキャスターを務めた。また、かつての所属先であるIBCで『おばんDEナイト』の司会も務めていたが、同番組は1年で終了した[10]。その後は、1997年3月にIBCが立ち上げた夕方ワイド番組『幸見の夕刊テレビ』と、かつて自身がパーソナリティを務めていた『IBCトップ40』に出演していた[11][12]

両番組の終了後、『幸見の夕刊テレビ』で共演していたアメリカ人男性と結婚しアメリカ合衆国へ渡る[注 9]ケンタッキー州で大学講師として日本語教育に携わる[13][注 10]。また、日本語の教科書も制作した[4](夫ほか4人による共著[14])。タイトルは『Beginning Japanese』(ビギング ジャパニーズ)[注 11]

2018年8月4日(米国時間)、肺がんのため死去。58歳没[2]

著書編集

  • 『Beginning Japanese Workbook: Your Pathway to Dynamic Language Acquisition』(2010年、Tuttle Publishing) ISBN 978-0804840576 ※「Nobuko Patton」名義。Michael L. Kluemper、Lisa Berkson、Nathan Pattonとの共著。

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 参考:
    • 生年月日…[1]
    • 没年月日…[2]
  2. ^ 次の資料より、「IBC・TBSの元アナウンサー」という記載あり[3]
  3. ^ 参考:
    • 「Nobuko Toda Patton」…[2]
    • 「パットン信子」…[3]
  4. ^ 参考:
    • 出身大学名…[6]
      • 学部学科名含む…[1]
    • 出身アナウンススクール名…[6]
  5. ^ 参考(担当番組名):
    • 「IBCトップ40」表記…[4]
    • 「ポップチャンネル」表記…[4]
    • 「ワイド145」[1]
    • 「ジャスト・ジャス・タイム」[1]
    • 「爆発ラジオ新鮮組」[1]
  6. ^ 参考:
    • 雑誌記事…2019年[7]
  7. ^ 1951年5月にラジオ東京として会社設立。同年12月25日にラジオ放送局として開局。1953年12月よりKRTの略称を採用。1955年4月にテレビ本放送開始・ラテ兼営局となる。1960年11月29日に社名を東京放送・略称をTBSへ変更。2001年10月にラジオ局部門がTBSラジオ&コミュニケーションズ(略称:TBS R&C)、2009年4月にテレビ局部門がTBSテレビへそれぞれ分離し、放送持株会社化(社名を東京放送ホールディングス・略称をTBSHDにそれぞれ変更)。TBSの略称はTBSテレビへ移行した。2016年4月にTBS R&CはTBSラジオへ社名変更。アナウンサーの配属先も、持株会社化を機にTBSテレビへ移行した(2004年10月のTBSテレビ発足時に東京放送在籍者が全て出向、2005年以降の新規採用者はすべてTBSテレビの在籍[8])。
  8. ^ TBSでニュースキャスターを務めたことは、次の資料を参照[4]。うち、テレビの『ニュースデスク』でキャスターを務めたことは、次の資料を参照[9]
  9. ^ 次の資料より、2000年にアメリカ合衆国へ渡ったことが記載[3]
  10. ^ IBCアナウンサーののち、ケンタッキー州の大学にて日本語教師として活動していることは、2010年8月10日にIBCラジオで放送された『ワイドステーション』ゲスト出演時にも紹介[4]。次の資料では、ケンタッキー大学にて日本語の指導を行っているという旨の記載あり[3]
  11. ^ 参考:
    • 「ビギング ジャパニーズ」表記…[14]

出典編集

  1. ^ a b c d e f 尾形誠規, ed (昭和62年2月15日). 別冊ラジオパラダイス '87 DJ名鑑. 三才ブックス. p. 207. 
  2. ^ a b c Nobuko Toda Patton News-Graphic.com Aug 11, 2018
  3. ^ a b c d 8月22日放送のゲストは! - カシオペアFM番組『カシオペアフレンズ』公式ブログ2009年8月21日付 ※同22日放送予定の番組にて、ゲスト出演の戸田について記述あり。
  4. ^ a b c d e f やっぱり!宇宙人!! - IBC岩手放送公式サイト内アナウンサーブログ(文:照井健)2010年8月10日(インターネットアーカイブ同9月16日付保存キャッシュ)
  5. ^ 開館10周年”. 一戸町立図書館☆あねっくす(運営:特定非営利活動法人 いちのへ文化・芸術NPO) (2012年7月11日). 2019年7月28日閲覧。
  6. ^ a b 放送局アナウンサー合格者紹介”. CHK名古屋アナウンススクール(運営:株式会社オフィスシーエッチケー). 2019年7月28日閲覧。
  7. ^ 『ラジオライフ』2019年9月号(同年7月25日発売。発行元:三才ブックス)に掲載された、菊池幸見へのインタビュー記事。
  8. ^ TBS社員7割子会社出向…安住、小倉アナも - ZAKZAK2005年1月21日付(インターネットアーカイブ同23日付保存キャッシュ)
  9. ^ TBS50年史』DVD-ROM『ハイブリッド検索編』内テレビ番組データベースより、「年代別リスト」→「1988年」→『JNNニュースデスク』番組情報(タイトル表記は、原資料よりコピペ・引用)を参照。小川邦雄、椎野茂とともに出演者として明記。
  10. ^ 【なつかし番組】おばんDEナイト. IBC岩手放送 6BOX(IBC公式YouTubeチャンネル).. (2012年12月25日). https://www.youtube.com/watch?v=Ih0Do3dvNsg 2019年7月28日閲覧. "1996年4月〜1997年3月放送。出演アナウンサーは、戸田信子、江幡平三郎(動画解説文から一部引用)。" 
  11. ^ 幸見の夕刊テレビ form internet”. IBC岩手放送. 1998年6月10日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年7月28日閲覧。
  12. ^ IBC...トップ40”. IBC岩手放送. 1998年12月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年7月28日閲覧。
  13. ^ 外国人向け日本語学習テキスト出版 元IBC戸田さん 岩手日報Web News 2010年8月25日付・同8月27日閲覧 アーカイブ 2016年3月4日 - ウェイバックマシン ※いずれも、[リンク切れ]
  14. ^ a b 8月21日放送のゲストは! - カシオペアFM番組『カシオペアフレンズ』公式ブログ2009年8月16日付 ※同21日放送予定の番組にて、ゲスト出演の戸田について記述あり。

参考資料編集

関連項目編集

先代:
三雲孝江
※『プライムタイム
平日最終のJNNニュース
女性キャスター
(1988年 - 1989年)
JNNニュースデスク'88・'89
次代:
浜尾朱美
※『筑紫哲也 NEWS23
「ステーションEYE」歴代のキャスター一覧
期間 平日 週末
メイン スポーツ お天気 メイン お天気
月 - 木
1991.4.1 1992.3.27 内田忠男
松井康真
山上万恵美1
松井康真 田中滋実1 放送なし
1992.3.30 1993.4.2 内田忠男
戸田信子
1993.4.3 1993.9.26 渡辺宜嗣2
蓮舫
田畑祐一 桜庭章彦 村田好夫3
清文枝4
黒川敦子4
1993.9.27 1994.4.3 田畑祐一 大熊英司
1994.4.4 1994.10.2 増田ひろみ7
1994.10.3 1995.3.31 中山貴雄
1995.4.1 1995.9.29 田原浩史 蟹瀬誠一
岡田洋子
1995.9.30 1996.3.31 蟹瀬誠一
岡田洋子5
中山貴雄 田崎滋子 松苗慎一郎
川瀬眞由美6
1996.4.1 1996.9.29 大下容子
1996.9.30 1997.3.30 蟹瀬誠一
大下容子
坪井直樹7
1997.4.5 1997.9.28 放送終了 蟹瀬誠一7
川瀬眞由美7

  • 1 『600ステーション』から同時間帯続投。
  • 2 毎月最終金曜は『朝まで生テレビ!』を兼務。
  • 3 朝日放送からの出向。
  • 4 『ANN 530ステーション』から同時間帯続投。
  • 5 毎週金曜日は『ニュースステーション』(スタジオサブキャスター)を兼務。
  • 6 1996年10月5日から1997年3月30日まで週末昼の『ANNニュース』を兼務。
  • 7 後番組『スーパーJチャンネル』で同時間帯続投(坪井はサブ→メインキャスターとして)。