戸田 光正(とだ みつまさ)は、安土桃山時代から江戸時代初期の武将、旗本徳川氏の家臣。上田七本槍のひとり。

 
戸田光正
時代 安土桃山時代 - 江戸時代初期
生誕 元亀元年(1570年
死没 慶長18年(1613年)6月
別名 光政()、半平(通称
幕府 江戸幕府大番
主君 徳川家康秀忠
氏族 戸田氏
父母 戸田重元
板倉勝重の娘
正好興津直重室、細井正信室、駒木政次
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略歴編集

徳川家康秀忠の2代に仕える。慶長5年(1600年)秀忠に従って第二次上田合戦に従軍。刈田の最中に起きた合戦で敵を撃退する武功を上げたが、抜け駆けの軍令違反だったために上野吾妻に逼塞となった。慶長8年(1603年)に許されて大番頭となっている。

参考文献編集