探偵!ナイトスクープ

日本の朝日放送テレビ制作のバラエティ番組
探偵ナイトスクープから転送)

探偵!ナイトスクープ』(たんてい!ナイトスクープ、英称Knight Scoop)は、朝日放送テレビ(ABCテレビ)[注釈 2] の制作により、1988年昭和63年)3月5日から放送されている視聴者参加型バラエティ番組である。2008年9月19日放送分以降からハイビジョン制作。通称「ナイトスクープ」。

探偵!ナイトスクープ
Knight Scoop
ジャンル バラエティ番組
企画 松本修(初代PCP、朝日放送テレビ)
構成 百田尚樹 他
演出 石田ひろき(総合演出、D兼務)
出演者 局長
松本人志ダウンタウン
秘書
増田紗織ABCテレビアナウンサー
探偵
石田靖
間寛平
竹山隆範カンニング
たむらけんじ
田村裕麒麟
真栄田賢スリムクラブ
澤部佑ハライチ
橋本直銀シャリ
ほか
オープニング 円広志ハートスランプ二人ぼっち
エンディング 同上
プロデューサー 奥田智・近藤真広(共に朝日放送テレビ)
制作 朝日放送テレビ
放送
音声形式 解説放送(ステレオ二重音声)[注釈 1]
放送国・地域 日本の旗 日本
公式サイト
放送開始から1991年3月まで
放送期間 1988年3月5日 - 1991年3月
放送時間 土曜日 23:30 -翌0:25
放送分 55分
1991年3月から2000年3月まで
放送期間 1991年3月 - 2000年3月
放送時間 金曜日 23:25 - 翌0:20 → 23:27 - 翌0:22
放送分 55分
2000年4月から
放送期間 2000年4月 - 現在
放送時間 金曜日 23:16 - 翌0:11 → 23:17 - 翌0:12
放送分 55分

特記事項:
ネット局と放送時間については、放送局・放送時間を参照。
制作局に関しては、2018年3月30日(2017年度最終放送日)までは、同年4月1日の認定放送持株会社移行に伴う商号変更並びに分社化前のため、朝日放送。
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画像外部リンク
番組ロゴ(朝日放送公式サイト)

概要編集

スタジオをひとつの探偵事務所(番組では“探偵局”と呼称)に見立て、視聴者から寄せられた依頼を、探偵局員が調査依頼した視聴者と共に調査し、その過程のVTRを流す。

個性的な依頼者などが時に登場し、依頼者の中には一般人として番組に出演した後に、著名人となって各分野で活躍する者も登場した。また、取材先のその場で出会った者が探偵よりも視聴者の目を奪う程の個性を発揮することもある。

番組中では一般人への応対や扱いに一定の基準が存在し、これも視聴者の支持の要素となっている。

過去に2度(1990年「アホとバカの境界線を探せ」と2001年「素晴らしき車椅子の旅」。いずれも探偵は北野誠)、日本民間放送連盟賞最優秀賞を受賞した。

依頼内容は、人捜し、物捜し、場所捜しのような本格的な調査を伴うものをはじめ、街頭調査や現地リポート、実験を伴うものもあるなど多岐にわたる。単独では放送時間が稼げないようなちょっとした依頼は「小ネタ」集としてまとめて放送される。

年に数回は「総集編」や「プチアカデミー賞」と称して、過去の面白かった依頼や、もう一度見たい依頼を3-4本まとめて放送している。

出演者は、1994年頃までは局長・秘書顧問・探偵と通常版と同様であったが、後に局長・秘書・顧問は出演せずに探偵のみが出演する形になった。

長年におよぶ放送の中で5,000を超える依頼が扱われている。また、番組が全国で放送されていることもあって、全国各地から毎週ハガキ依頼が200から300通、メール依頼が約100通寄せられている。

VTR中では、本題の依頼と別の依頼とを組み合わせて放送することもある[注釈 3]

2014年4月11日より往年のモノラル制作(モノステレオ放送)からステレオ制作(フルステレオ放送)[注釈 4] に変更され、2014年10月3日より朝日放送テレビのみ解説放送(ステレオ二重音声)が実施されている。

番組の成り立ち編集

初代プロデューサーの松本修によると、番組を立ち上げたきっかけは、当時鋭い語り口で人気となっていた上岡の「当意即妙のコメントを活かした番組を作りたい」という思いだった。

当時は上岡のように本音をズバズバ言う芸人は希少であり、上岡の才能を活かすべく立ち上げた番組であった。そこで、上岡に対して調べてきたVTRを観てもらいプレゼンする番組にしたく、視聴者からの依頼を出演芸人たちが探偵となって解決に導くスタイルが生まれた。

視聴者も、始めは探偵の立場でVTRを観るが、それを観終わると今度は局長側に立って観るという『二重構造』の番組であり、のちにフジテレビの「とくダネ!」がこの『ナイトスクープ』のフォーマットを踏襲するなど、当時のテレビ番組としては前例のない画期的なスタイルであった。また、その後のテレビ業界において本音をズバズバ言うタレントや番組が増えていく契機ともなった[2]

その後局長のいない空白期間を経て、2001年1月より2代目局長として西田敏行が就任する。西田の代名詞である「泣き」のスタイルは西田自身が生み出したもの[3] で、番組サイドから「泣いてくれ」と依頼したことは一度もなく、桂小金治以来の「涙」のスタイルをテレビに持ち込んだ[2]

放送時間の変遷編集

以下の放送時間は大阪・朝日放送テレビを基準としている。

期間 放送時間(日本時間
1988.10 1991.03 土曜日 23:30 - 翌0:25(55分)
1991.03 1994.09 金曜日 23:25 - 翌0:20(55分)
1994.10 2000.03 金曜日 23:27 - 翌0:22(55分)
2000.04 2001.09 金曜日 23:16 - 翌0:11(55分)
2001.10 現在 金曜日 23:17 - 翌0:12(55分)

出演者編集

局長編集

初代編集

上岡龍太郎(1988年3月 - 2000年4月)
上岡の番組では常にそうであるように、定型の口上から始まる。この番組においては「こんばんは、探偵!ナイトスクープの時間がやってまいりました。複雑に入り組んだ現代社会に鋭いメスを入れ、さまざまな謎や疑問を徹底的に究明する、探偵!ナイトスクープ」である。1991年頃まではこの通りではなく、初回の放送ではもっと長いなど毎回若干異なっていた。その直後、「私が局長の上岡龍太郎です」と自己紹介する。後に、テレビ朝日で昼間にネットするようになった頃から「こんばんは」を省略するようになった。なお、上岡引退後の局長(代理)もこの口上を引き継いでいる。
上方の芸人として探偵たちの大先輩であり、不人気番組から立ち上げた自負を持っていたため、VTRの内容について厳しい批判を述べることもあった。特に初期の頃には、探偵に対して「クビ」「もう探偵はやめろ!」「レベルが低すぎて話にならん!」などと探偵を罵倒する発言をしていた[注釈 5]。 その一方で、スタジオでは探偵に対して鋭くツッコミを入れて弄る等、芸人としての一面も見られた。
かつては探偵を紹介する際に「そして北野誠、桂小枝」と北野誠の前で「そして」を入れていた(当時の座席順では最後の2人が北野誠と桂小枝だったため)。このことに対して北野が「小枝とコンビみたいで嫌や!」と何度も反抗していたが、間もなく北野誠は座席順で一番へ座ることとなった。
第8回放送の「大阪の路上駐車」のネタで自ら探偵として報告した。
彼の最後の出演となった2000年4月の放送など、何度か依頼者になったこともある。番組が朝日放送(当時)以外の局で順次ネットされるようになってからも、過去の話を引き合いに出す。2000年3月いっぱいで芸能界を引退したため降板した。
上岡局長の降板後、番組では翌週から二代目局長が登場するように一度は予告していたものの、西田敏行のスケジュール都合で約8か月、二代目局長のことには番組内で触れずに、探偵や顧問による「局長代行」で番組を継続した。

2代目編集

西田敏行(2001年1月26日 - 2019年11月22日)
2代目の局長には、
  • 『探偵!ナイトスクープ』のファンであり、かつ阪神タイガースのファンでもあることが望ましい。
  • 探偵局員より年長者であること。
  • 上岡クラスか、それ以上の大物であること。
といった条件を満たす人物を招聘することとした。
この条件に合致する人物は、関西はおろか日本全国に範囲を広げても簡単には見つからず、人選は難航。しかし、条件を全て満たす人物として、関西出身・在住者ではないものの阪神ファンとして有名であり、かねてから同番組の大ファンでもあった西田に白羽の矢を立てた[注釈 6]
西田は日本を代表する大物俳優であり、スケジュール調整の難しい人物であったが、当時プロデューサーだった矢澤克之が事務所に日参し、口説き落とすことに成功した。西田自身も前向きであったという。もともと番組のファンであったことから、探偵たちに敬意を表しており、依頼や報告に対して集中して感想を述べている。西田は番組からの熱心な打診を受け内諾していたが、大河ドラマの収録やアコンカグア登山などのロケに追われており、その収録を待って局長に就任した為、就任時期がズレている。
涙もろく、感動的な内容のVTR後には西田の泣き顔がアップで入ることが多い。依頼内容のタイトルが、感動的な内容を予感させるときには「これ(ハンカチ)いる?」と、ハンカチをあらかじめ取り出していたりする。依頼によっては秘書が依頼文を読んだ時点でもう涙ぐんでいたり、思いもかけないテーマで泣いていたりする。また、感動的なVTRの最後には探偵自ら「局長も今これを見て泣いていると思います」と予想することもある。
番組冒頭の挨拶は、「複雑に入り組んだ…」から始まり「わたくしが局長の西田敏行でございます」で締めており、上岡の自己紹介スタイルを踏襲している。
2003年4月から5月上旬にかけて病気で休業したが、その間は北野誠・桂小枝・長原成樹・石田靖・間寛平ら番組レギュラー陣が局長代行を交代で務めた。
2016年2月12日、自宅のベッドから落ち首を負傷したため収録を欠席し石田靖(3月4日放送分)とたむらけんじ(3月11日放送分)が「局長代理」を務めた[4]。また、 2016年5月6日には胆嚢炎のため収録を欠席し、間寛平(5月27日放送分)と竹山隆範(6月3日放送分)が「局長代理」を務めた[5]。5月20日の収録も欠席(局長代理は田村裕(6月3日放送分)と橋本直(6月17日放送分))したが、その後6月3日の収録で復帰した[6]
2019年10月18日放送分(朝日放送テレビでの本放送)のエンディングにおいて、19年間務めた局長の職を退任することが本人から発表され[7]、2019年11月22日放送分をもって番組を卒業し、局長を退任することとなった[8]
局長として最後の収録となった10月25日に番組の降板理由について西田は「上岡局長のときに見てたテイストっていうのは、大阪人のエスプリを根底にして、深い時間に大人のおっちゃんがチビチビやりながら楽しんで、乾いた笑いを求めていた。そのテイストを大事にしようと思ってて、何かの拍子に泣いちゃった。それからどんどん感動巨編的な依頼が増えて、ちょっと初期のころのコンセプトと乖離してる気もした。乾いた笑いも、ちょっと濡れた感動も一緒になるような番組で令和は進んでいってほしいと思い、私が辞すること、そういうことが可能になるのかなと思った」と説明した。これについては前年秋ごろから降板を意識しており、高齢や体調の問題から新幹線での隔週来阪が「肉体的にはだいぶ、しんどくはなってきていた」と打ち明けた[9]

3代目編集

松本人志ダウンタウン)(2019年11月29日 - )[10]
2019年10月25日に行われた西田局長最後の収録(11月22日放送分のエンディング)にて、西田から三代目局長への就任が発表され[11]、同収録に引き継ぎのため登場した。収録後に西田と並んで行われた局長交代会見にて松本は「大ファンでしたから、二つ返事で引き受けました」「これだけ完成している番組に乗っかるというのは初めて。番組を壊さないようにしつつ自分の色を出さなければならないので、考えながらやっていきたい」と語り、西田からもエールを送られた[12]。この会見の様子はABCテレビの公式YouTubeでも発信された[13]。松本は探偵の寛平よりも年下のため、同番組史上初、探偵の年齢を下回る局長ということになった[14]
「複雑に入り組んだ…」から始まり「わたくしが局長の松本人志です」で締めくくる初代の上岡局長時代から続く自己紹介のスタイルを踏襲している(2019年12月13日放送分は例外)。また、松本個人で受け持つ番組としては珍しく司会として進行役を務めており、初収録の際、松本はオープニングの番組紹介を緊張して噛んでしまっている[15]
なお、松本は2016年5月27日放送分で依頼者として出演した経験がある。依頼は「陶器の器がはずれない」。依頼文には「東京都 52歳 男性」とだけ記されており、担当した澤部探偵は現場に現れた松本を見て初めて依頼者が松本であることを知り驚いていた。

秘書編集

  • 初代 - 松原千明(1988年3月5日 - 1989年5月6日)
    • 約1年間出演したが、松原が石田純一と結婚して「退職」の形で降板した。他の仕事の兼ね合いもあり収録に欠席することが多く、欠席時には嘉門達夫探偵らをはじめとする探偵が順番に依頼を紹介していた。
    • 出演交渉の際「『ニュースステーション』に類似した番組で社会派路線」ということで出演契約を結んだが、バラエティー色が濃い番組だったことから「報道を基軸とした番組として出演契約したが、当初説明の趣旨と違ってきている」という事由で番組降板を申し入れた。
    • 松原の出演最終回のエンディングでは、探偵一同が文部省唱歌の『海』(つまり、♪松原遠く消ゆるところ)を合唱した。
  • 2代目 - 岡部まり(1989年7月1日 - 2010年4月9日、2018年3月30日 - 4月6日、2019年9月27日、2019年11月22日)
    • 岡部は本番で初めて依頼文を読むため、視聴者からの依頼文に性的な言葉が含まれていると、岡部がそこで詰まったり噛んでしまい、局長や探偵達がわざと読み直させるというパターンが多い。依頼文を読んでいる途中で詰まってしまい、局長と北野誠が続きを読んだこともある。
    • 2010年7月には第22回参議院議員通常選挙大阪府選挙区民主党から立候補することになり、当番組への出演を急遽見合わせ、そのまま降板した。公式サイトからも岡部の記載が削除された(なお、その選挙では岡部は落選)。7月12日の朝日放送渡辺克信社長の定例会見[16][17]、7月29日の自身のブログで、復帰を否定した。ただ、それ以降はアカデミー賞や年末総集編[18] などでゲストとして登場している。また、西田が局長として最後の放送となった2019年11月22日放送分でも秘書として登場している。
  • 3代目 - 松尾依里佳(2010年9月3日 - 2018年1月19日)
    • 本職はヴァイオリニストで、2010年9月3日放送分から出演[19]。2015年3月30日から隔週月曜日に『キャスト』(朝日放送テレビが平日の夕方に関西ローカルで放送する報道・情報番組)のコメンテーターも務めていたが、同年10月の結婚を経て産前産後休暇へ入ることを機に、当番組の秘書を2018年1月19日放送分で降板した[20]。降板後の同年2月14日に、第1子(女児)を出産。同年4月からタレントとしての活動を再開したが、当番組には復帰していない。
    • 松尾が降板以降は、週替わりで若手女優などの代役(放送上の呼称は「見習い秘書」)を立てて対応した[21]。ただし、番組最後の依頼募集のお知らせ画面のナレーションは松尾の声で収録されたものを放送していた。これらの対応は増田アナが4代目秘書に就任するまで継続された。
  • 4代目 - 増田紗織(ABCテレビアナウンサー、2019年11月29日 - )
    • 歴代秘書はタレントが務めてきたが、初めて制作局であるABCテレビの女性アナウンサーから秘書に起用された[22][注釈 7]
    • 3本続けて感動的な依頼内容であったため、VTR明けにハンカチで拭うほど涙を流し、そのまま涙声で番組進行をしたことから、石田靖から「西田前局長が降臨したんですか?」と弄られたことがある。
    • 幼少期に父の仕事の関係でニューヨークで生活していたことから英会話に堪能で、2017年の依頼で登場したナイトスクープ好きのドイツ人カップルが2020年6月19日放送分にリモート出演した際には、通訳を務めている。

秘書代行編集

松原降板後
  • 北野タキノ(北野誠の母、1989年5月13日放送分の計1週)
  • ナース井手(1989年5月20日、6月3日放送分の計2週)
  • みやなおこ(当時出演していた探偵の一人、1989年5月27日放送分の計1週)
  • 中村貴子(当時出演していた探偵の一人、1989年6月17日 - 6月24日放送分の計2週)
岡部病欠時の代行
  • 堀友理子(当時朝日放送〈当時〉アナウンサー、2008年6月6日放送分に出演)
    それまで岡部病欠時は、石田靖や桂小枝、清水圭など探偵が代役を務めていた。2008年2月15日放送分の「麺をすすれない女子アナ」(探偵:石田靖 / 依頼者:三代澤康司アナウンサー)で登場した「麺をすすれない女子アナ」とは堀のことであり、彼女の教育係だった三代澤は相当困り果てていた。また、2008年6月27日深夜・7月4日深夜・10月4日、同11日、同18日、同25日に関西ローカルで放送された20周年記念特番『探偵!ナイトスクープ リターンズ』でも三代澤とともにナビゲーターを務めた。
岡部降板後
  • たむらけんじ(2010年4月16日、4月23日放送分)
  • 田村裕(4月30日、5月7日放送分)
  • 桂小枝(5月14日、5月21日放送分)
  • 長原成樹(5月28日、6月4日放送分)
  • 石田靖(6月11日、6月18日放送分)
  • 松村邦洋(6月25日、7月2日放送分)
松尾降板後(「見習い秘書」と呼称、☆はABCテレビアナウンサー)

探偵局員編集

番組視聴者からの依頼に基づく調査を行い、解決する係。探偵局員の多くは主に近畿圏で活動する男性タレントが務める。

2018年後期以降は間寛平以外の探偵でも時折1人か2人程スタジオに出演しないことが多くなってきている。これはその日の収録分においてその探偵が担当していない依頼が放送される場合に限っている。

現役探偵局員編集

レギュラー編集
石田靖
1995年11月3日入局
現役の探偵局員の中では最長のキャリアを持つ。
子供との接し方が上手く、子供の依頼を担当することが多い。2008年5月16日の放送分では体調不良のため番組を欠席した岡部の代理で秘書を務めた。
本人いわく「北野誠の代わりに入った」[注釈 8] が、誠の復帰後も継続して出演している。
寛平と共に上岡、西田、松本と3人の局長の下で探偵を務めた数少ない人物である。
デビュー作「江戸の人体解面図
間寛平
1996年5月24日入局(2009年1月23日一時降板、2011年2月25日復職、現在は準レギュラー)
芸能界を引退したジミー大西の後釜として入局。時折欠席回があり、その場合はオープニングでも紹介が省略される。
2008年12月17日 - 2011年1月21日の間はアースマラソン挑戦による芸能活動休止のため、当番組にも出演不能となったが「退局ではなく休局である」と2008年12月19日放送分の「プチアカデミー大賞」の中で話していた。2011年2月25日の「アカデミー大賞2011」より当番組に復帰した。
探偵歴は石田が一番長いものの探偵局員の中では最年長である。
3代目局長に松本が就任したことで同番組史上初の局長より年上の探偵となった。
デビュー作「キダ顧問に一言!」
竹山隆範カンニング
2005年9月23日入局(新探偵候補として2005年7月1日放送分で調査を行っている)
キレキャラで売っていた時期に初登場したが、『ナイトスクープ』では本来の素の部分を出している。
関東弁博多弁を状況に応じて使い分けているのも特徴。
他の番組では「カンニング竹山」名義で出演することが多いが『ナイトスクープ』では本名で出演している。
(探偵候補)デビュー作「幻のニッキ紙」
たむらけんじ
2007年5月4日入局
獅子舞ふんどしサングラス姿の異色キャラを作らず、関西ローカルの番組で見られる普段着姿で出演している(スタジオ収録時はネクタイを締めていることが多い)。感動系の依頼や人探しなどの依頼を担当することが多い。
局長からの紹介時や「エンド5秒」では一発ギャグ「ちゃ〜」を披露する(ごく稀にやらないこともある)。
デビュー作「心が書けない息子」
田村裕麒麟
2009年6月19日入局
北野誠に代わり、2009年6月19日放送分から登場。
特別番組『探偵!ナイトスクープVSクイズ!紳助くん』で、田村は紳助くん側であったが「オレ、さっきから泣きっぱなし、笑いっぱなしや。これはスクープや!」と叫んだことが番組プロデューサーの目に留まったのが採用理由である[24]
デビュー作「小学校のときの恩師に会いたい」
澤部佑ハライチ
2013年10月11日入局[25]
2013年10月4日の放送から3週に渡る「新探偵登場週間」で、新探偵の一人として加入。
探偵局員の中では最年少である。
デビュー作「ウンコをする時に握力が増す?」
橋本直銀シャリ
2013年10月18日入局[26]
2013年10月4日の放送から3週に渡る「新探偵登場週間」で、新探偵の一人として加入。
真栄田、澤部探偵と同期の若手新人探偵の中で唯一の関西人。
デビュー作「こそばされる快感よ もう一度!」
真栄田賢スリムクラブ
2013年10月4日入局[27] - 2019年6月21日[28]、および2020年4月10日[28](復帰)
2013年10月4日の放送から3週に渡る「新探偵登場週間」で、新探偵の一人として加入。いつまでたっても眠らない子ども達の前に現れる謎の怪人「ガオーさん」を卒業した長原成樹に代わって務めていた。
コンビでのレギュラー番組がない中で、真栄田にとって唯一のレギュラー番組であった。
2019年6月に闇営業問題で吉本興業から無期限謹慎処分を受けた後[29]、6月21日(5月3日収録)以降出演見合わせ[28]、出演者紹介から名前と写真が削除されている。2019年8月19日に処分が解除され芸能活動を再開したが、2019年9月に行われたABCによる番組改編に関する記者会見では真栄田の出演は当面見合わせると発表[30]。その後、2020年4月10日放送分(同3月13日収録)から復帰[28]。なお、一度番組を離れてた探偵が復帰するのは、1995年秋に東京進出のため一時降板し、1996年5月に復帰した北野誠以来24年ぶりである。
デビュー作「爆笑!小ネタ集!!」
新探偵候補編集

立原啓裕探偵の退局を受けて、2005年に後任を選ぶオーディションとして新探偵を選ぶ企画がスタート。カンニング竹山、南海キャンディーズ山崎、シャンプーハットのほか、KABA.ちゃん(2005年6月17日)、安田大サーカス(2005年8月12日)が調査を行った。

  • 小出水直樹シャンプーハット)2005年10月14日 - (新探偵候補として2005年8月5日放送分で調査を行っている)
  • 宮田てつじ(シャンプーハット)2005年11月4日 - (新探偵候補として2005年9月16日放送分で調査を行っている)また、2005年7月1日放送分の長原探偵による小ネタ集「シャンプーハットてつじにそっくりの外国人がいる」で調査される側として出演している。
  • 山崎静代南海キャンディーズ)2005年12月16日 - (新探偵候補として2005年9月2日放送分で調査を行っている)本名の「山崎静代」名義で活動。ただ番組内での通称は「しずちゃん」という方が多い。1989年9月以来、約16年ぶりの女性探偵(5人目)
解説放送編集

過去の探偵局員編集

初代局員編集
  • 嘉門達夫(在任期間:第1回放送-1990年3月31日)
初代「社会派ネタ探偵」。「悪徳不動産業者を追え!」(1988年6月4日放送)のネタでは、小型カメラを持って単身で不動産屋に突入するなど、体当たり調査を売りとした。小ネタ集の報告コンペで負け、朝日放送(当時)からNHKの裏番組『燃えてトライアル』に左遷された設定だが、実際は音楽活動に専念するために引退。彼の担当した調査では「浪花のモーツァルト、キダ・タロー」(1990年2月17日放送)が唯一DVDに収録されている。現在は、顧問として時々出演することがある。
デビュー作「中国の毛生え薬・101は効くか?」(ナイトスクープ初の調査VTR。また、ディレクターは現在作家としても活動している百田尚樹が務めた。)
出演後半は牛など動物の着ぐるみ風のコートや合羽を着て出演。視聴率調査や、抽象的なテーマについて市井の人々から強烈な個性のある意見を引き出す「調べてください」シリーズの初代担当者。自身で降板を宣言。
降板の少し前「最近のナイトスクープがなぜつまらないか」という俵太がやったインタビュー調査で「俵太さんがつまらない」と答えた視聴者がいて俵太がショックをうけるという場面があったが、降板との因果関係は不明。
番組開始から間もない頃に一度、調査内容に不満をもった上岡に怒鳴られたことがあったが、それに対して「こんなもん本気でできるかい!」と言い返したことがある。この出来事がきっかけで番組の放送方式であった「撮って出し方式」が見直され、現在の隔週2本撮りの方式になった。後の総集編で、「あの時は腹立ちましたわ。もし(上岡)局長が小学生やったら殴り殺してますよ」と発言した。
初回放送からしばらくは、東京でのレギュラー番組(ラジオ)と当番組の収録が重なってしまい、スタジオ収録に参加することができなかった(なお俵太は、当時この2本だけがレギュラーだった。調査VTR前後のプレゼンは田中康江が代理で行った)。
デビュー作「JRの安売り切符は何故安いのか?」
第1回放送で1985年の阪神優勝で道頓堀川に投げ込まれたカーネルサンダース人形の捜索を担当。以降4回に亘る「カーネル・サンダースシリーズ」を担当した。
1990年4月、戦時において「大日本帝国陸軍大阪八連隊」の敗走に次ぐ敗走が風刺や誇張、カリカチュアされた読み物の形で新聞記事になった、この連隊の取材を担当した調査結果に、局長の上岡が「徴兵されて無理やり戦争をさせられた一般市民が弱くてなぜ悪いのか」と指摘して収録を中止。番組サイドの意向や、『新・部長刑事 アーバンポリス21』などの俳優活動に専念するために降板となった。
デビュー作「道頓堀川に沈むカーネル・サンダースを救え」
  • 上海太郎(在任期間:第2回放送-1988年6月)
「ホワイトデーには何を送るか?」というネタでデビュー。数回の依頼を担当した後にすぐ降板した。
キャスティング段階で、松本プロデューサーが劇場を訪れた際、たまたま目にとまったのが採用理由。当初は第1回放送で出演する予定だったが、放送時間の都合上、初出演は第2回へ繰り越しとなった(企画段階では、1回の放送につき4本のネタを放送する予定であった。またスタジオ出演は、第1回放送時において欠席した越前屋俵太の代理として出演)。
マラソンのネタを扱った際に、上岡に怒鳴られたことがある。10本ほどの依頼を担当したのち降板。明るく軽妙な語り口で、探偵局初の女性探偵として活躍した。
後に加入した局員編集
  • 北野誠(在任期間:1988年6月 - 1995年9月、1996年5月 - 2009年4月)
初代局員としてキャスティングに名前が挙がっていた。第9回放送の「国道1号線の三重駐車」より登場(登場経緯等は後述)。
初代局長・上岡によると、当初は探偵ではなかったという。また、第41回放送(1989年1月21日)までは旧芸名である「MAKOTO」名義で登場。1989年10月28日放送の「河内風穴の謎を探れ!」のネタでは結論まで引き出すことができず上岡に再度の調査を命じられ、同年12月16日に「河内風穴第2弾!」が放送されたが、この調査でも結論を導き出せなかった。その日の顧問であったキダ・タローに「誠、お前は中途半端や!」と言われ、以降「中途半端」と呼ばれることとなってしまった。事実、他のネタにおいても結論を導き出せない、あるいは本来の趣旨とは全く異なった結論を導き出すことが多かった(中にはあえてそういった演出としたものもある)。そのキャラクターから、依頼人側から「北野探偵だけはやめてください」と逆指名されることがあったが、必ずその依頼は北野が受け持つことがお約束となっていた。東京進出のため1995年9月に一度降板したものの、翌年顧問として登場、そのまま探偵として復業。最古参探偵として活躍し続けたものの、2009年4月に無期限謹慎処分により突如降板。ただし収録済み分は予定通り放送された(北野自身はその後、2010年3月に処分解除され、芸能活動を再開)。
2016年4月22日放送分から顧問として復帰[31]
  • 桂小枝(在任期間:1988年7月23日 - 2013年9月27日[32]
すぐに解決できそうな複数の依頼をまとめて調査する「爆笑!小ネタ集」、ガイドブックに到底載せられない珍名所を紹介する「パラダイス」などの名物コーナーを持った他、「まじめ」ネタを「笑い」ネタにしてしまう傾向があった。「ミスターナイトスクープ」の異名をとっていた。上岡局長時代は「そして、こいつです」と紹介されていた。
自称「局次長」であった。以前は局長の座を狙っているような独占欲的な節があったが、これは「局長代行」という形でかなえられた。西田局長の休局中は、探偵局長代理を務めた。
おなじみの言葉は自ら「よろしく(どうぞ)お願いします、桂小枝です。お願いします」と挨拶し、間髪入れずに「しかしまぁー、なんですねー」と続けてネタ振りをする。番組開始時の探偵紹介では最後に名乗ってから、この言葉に続けてコメントするが、後年のオンエアではカットされていた。この「しかしまぁー、なんですねー」は上岡局長時代、小枝が紹介された後に喋るのを阻止しようとする上岡に対抗して生み出された“技”である。
まだ土曜日に放送されていた時期には、当番組の直前に他局(関西テレビ)で放送されていた『ねるとん紅鯨団』のとんねるずに対抗するため、北野誠と「どうくつず」(トンネル → 洞窟)を組んで、「ねろとん紅鯨田」というパロディー企画をしていたことがあった。
2013年9月27日放送分を以って降板。最終出演回には、探偵として「キダ・タロー恐怖症!?」を手掛けると共に、エンド5秒で一発ギャグを披露した。2014年8月1日放送分から顧問として復帰している[33]
デビュー作「子供美人はどこへ」
  • 立原啓裕(在任期間:1989年6月3日 - 2005年4月15日)
自称・(二代目)社会派ネタ探偵。1989年6月3日に臨時探偵として初登場し、同年7月29日から正式な探偵として加入。病弱ネタを売り物にしており、幾度となく他の探偵にからかわれた。トミーズ雅が番組を降板するまでは、基本的にトミーズ雅と隔週で出演していた。2005年4月16日放送分をもって降板したが、2006年7月28日放送から顧問として復帰している。
デビュー作「白いサツマイモの謎」
女性探偵が消滅した直後の1989年秋に放送された総集編にて「女性探偵募集」と銘打った企画が放送された際に、女性探偵「北村雅子」名義で登場したことがある。後に自身のレギュラー番組が増加したことで、探偵としてロケに出掛ける時間が満足に取れなくなり降板。降板直前のロケは多忙のため完パケだったという[18]。自身が番組を降板するまでは、総集編や特番は除いて、立原と隔週で出演していた。
デビュー作「ズワイガニ漁」
  • 中村貴子(在任期間:1988年8月6日 - 1989年7月)
ラブ・ポーション。「ホストの生態を暴く」のネタでデビュー。初めての総集編など、欠席した松原の代わりに秘書代行を4回務め、松原初代秘書が引退した後にも1週だけ臨時秘書を務めた。
槍魔栗三助(生瀬勝久)と同じ劇団「そとばこまち」出身で、当時読売テレビで放送されていた『週刊テレビ広辞苑』で生瀬と共演しており、その楽しげな2人のやりとりを見たスタッフがみやなおこを採用した。女優活動に専念するため、すぐに降板した。
  • 清水圭(在任期間:1990年5月 - 1996年4月)
ぜんじろうの後釜として加入。調査内容の充実度は、「感動ネタなら清水圭」と上岡から高く評価されていた。2010年9月24日の放送で、依頼人として再登場(最初は匿名で後ろ姿・ヘリウムガスを吸いながらの出演)。
デビュー作「祖父は映画スター」
  • 長原成樹(在任期間:1994年1月21日 - 2013年9月27日[32](2005年9月23日 - 12月2日の放送分は病気のため休業))
降板したトミーズ雅の代わりとして登場。依頼者に代わって貸した物を取り戻す「取り立て屋成樹」シリーズ以降、物事を強引に解決させる手法を確立させた。また、本当に必要かどうかという疑問にもかかわらず、沖縄県に調査に向かうことが多かったので「沖縄探偵」「リゾート探偵」の異名もとっていた。他にもいつまでたっても眠らない子ども達の前に現れる謎の怪人「ガオーさん」でもある。2008年8月22日放送分では、喉の調子が悪くガラガラ声で話す姿がみられた。また、2011年10月7日放送分ではヤンキーだった時分(18歳の頃)の写真が放送された。
2013年9月27日放送分で降板。最後の作品は「復活!取り立て屋成樹」だった。
デビュー作「屋根を直撃した隕石の謎」
越前屋俵太の後釜として加入。デビュー作は「巨大シジミ発見!?」[34](DVD Vol.6 にも収録、林繁和の項も参照)。2018年2月9日放送分で久々にゲストとしてVTRに登場、芸能界一嗅覚の鋭い芸能人として嗅覚の鋭い依頼者の息子と嗅覚対決をした[35] ほか、同年4月6日放送分の30周年記念特番後編でデビュー作が第3位に選ばれたことから、『デジタルリマスター』と称したリバイバル企画で特別探偵と称したゲスト・真壁刀義とともに長居植物園の池[注釈 9] にて再び巨大シジミ獲りに挑戦した。しかし長居植物園の池では探せどドブガイは見つからず、しかも2月にロケを行ったため水が冷たく、捜索は難航。ようやく1個見つけたがすでに死んでおり、その後も必死で探すも結局見つからずであった[34]
局長代行制に入るにあたって、毎週1人の探偵が抜けることになるため2000年に入局。他探偵と比べると、自らの体を張ったロケを得意としていた。子供や老人絡みのネタやインタビューものの依頼も多かった。西田局長を始め、小枝、顧問として出演する掛布雅之などのものまねを披露することもあった。2009年4月、東京マラソンのレース中に発症した急性心筋梗塞の治療のため番組を欠席していた。
2013年9月27日放送分で降板。最後の作品である「帰宅部の魔球vs金本」には、松村がファンである阪神OBの金本知憲下柳剛が登場した。卒業後も幾度かVTRに出演している。
デビュー作「デブネタ集」
臨時探偵・特別探偵として登場した局員編集
臨時探偵
  • 桂文福 - 番組開始初期の1988年6月から8月に数回登場。プロデューサーが番組立ち上げ時から正式な探偵として出演を依頼していたが、スケジュールの折り合いがつかなかった。「女性は何故右の胸が小さいのか?」の依頼などを担当した。
  • 久本雅美 - 正式な探偵としての加入を視野に入れながらの登場だったが、カルト超常現象の話題を取り上げたVTRを上岡が「下品さが許せん」「信用できん」などと上岡が批判し、1回のみの出演で終わった。上岡に叱られた模様は1989年3月に放送された総集編で再び放送された。2016年3月11日放送分[36]2018年3月23日放送分[37] に顧問として出演している。
  • 屋田容子 - 1988年12月に初登場。同年11月ごろに降板した田中の後釜として入局。久本と同じく、正式な探偵の加入を視野に入れながらの登場だったが、1989年2月18日放送分において上岡に「クビ」と怒鳴られ降板。
  • 地獄じじい - 大阪・石切神社のそばで店を経営する素人のおじいさん。かつては「調査依頼」の他に「スタジオ出演希望」という募集もあり、スタジオ収録のみに出演。顔が非常に怖いのをネタにし、空前の出オチ(つまり、ドアから出てきたとたんにすべてのライトを消し、下から顔に向けて青白い光を当てられて、ジングルに入る)で笑いを取った。
  • コント山口君と竹田君 - 第15回放送(1989年6月25日)にて登場。「カバの買い主を探せ!」のネタを担当した。
  • ぜんじろう - 1990年3月から5月にかけて登場。
  • 内間政成スリムクラブ) - 2015年12月18日に探偵である相方真栄田の声を苦手とする依頼者のもとに真栄田とともに臨時探偵として登場。この他にも数度登場しており2018年2月16日放送回では沖縄出身の千鳥大悟にそっくりな依頼者夫婦の恋のキューピットに会いたいという依頼にて探していた恋のキューピットと地元の友達であったことが判明した。
特別探偵
  • 丸山隆平関ジャニ∞) - 2018年3月30日放送分、30周年記念特番前編にて登場[38]。30周年記念特番前編で第8位に選ばれた「電車より速い!?大和川下り」(1996年10月放送)を、『デジタルリマスター』と称したリバイバル企画で田村裕探偵とともに敢行。今回はエンジン付きのボートで進んだものの、それでも漸くゴール地点である依頼者の当時の勤務先にたどり着いたのが午後1時50分であった。その後はスタジオで顧問側にて最後まで居た。
  • 真壁刀義プロレスラー) - 2018年4月6日放送分、30周年記念特番後編にて登場[34]。ジミー大西探偵とともに巨大シジミ獲りを行うも、結局見つからず。仕方なく、死んでいた1個を林裕人の自宅に持ち込んだ上でジミー大西が林に何か作ってくれと無理やりおねだりしたため、林はオールドファッションストロベリーショートケーキを製作、その取り皿としてドブガイの殻を使った。スイーツ大好きな真壁は食した後、「美味しいが載せない方が良い」と語った。その後はスタジオで顧問側にて最後まで居た。
探偵見習いとして登場した局員編集
  • 山本大介四次元ナイフ) - 探偵見習いとして数回登場。制作会社スタッフの暴行事件(後述)を受けて番組を降板。

顧問編集

ゲストのことを指す。

番組開始当初は弁護士でもあった中島健仁1人がレギュラー顧問として登場していたが、中島が退局後は関西に縁の有るタレントや文化人が準レギュラーとして出演する現在の形になった。

西田局長就任以降は出演映画等のプロモーションを兼ねて人気俳優・歌手等が顧問として登場することが増えており、タレントによってはゲスト出演がスポーツ新聞の芸能欄で報じられることもある。

出演頻度の高い顧問編集

  • キダ・タロー - 1989年「岸和田の音痴な信号機」のネタに『審査委員長』として初登場し、以降は顧問として定期的に出演。『最高顧問』と呼ばれる。当初は自称だったが[39]、現在はテロップなどでも『最高顧問』と紹介されている。上岡局長の引退後、一度だけ局長代行を務めた。毎出演時の紹介は「なにわモーツァルト」。顧問ではあるものの、番組に携わった期間としては、どの現役探偵局員よりも長い。
  • 円広志 - 番組主題歌『ハートスランプ二人ぼっち』を歌っている。
  • 桂ざこば - 西田前局長と同じく涙もろい。
  • ルー大柴 - 2003年放送「まさか!?祖父がルー!?」という依頼で出演した事が縁でそのまま顧問として出演する。
  • 山田五郎
  • 林裕人 - 辻学園調理・製菓専門学校主任教授時代から料理系依頼のVTRに度々出演し、後に顧問として出演している。独立後、林繁和から改名した。涙もろく、感動的な依頼の後には、西田前局長とともに2人並んで涙する姿がたびたび映された。
  • 石塚英彦
  • 勝俣州和
  • 熊谷真実 - 顧問として出演する前に一度観覧席に座っていたことがあり、小枝に紹介されたことがある。
  • 槇原敬之 - 関西在住時からナイトスクープファンだったと言い、初めて出演したときには、本人も感激した様子だった。2006年までに2回出演し、2013年1月18日に自身のツアー『Dawn Over the Clover Field』の宣伝を兼ねて約7年ぶりに出演した[40]。2018年3月30日、4月6日の30周年記念回にも出演。2019年にも出演を果たす。
  • 谷均史 - 淀川キリスト教病院医師。当番組の医学担当としてロケに出演することが多いが、顧問としても出演経験がある。
  • 山田善春 - 大阪市立生野工業高等学校物理教諭で、当番組の物理担当としてロケに出演することが多いが、顧問としても出演経験がある。

過去に出演した主な顧問編集

上岡局長時代初期編集
  • 中島健仁 - 初代顧問で、本職は弁護士。放送開始当初よりレギュラーの顧問として多く登場。番組開始当初は本物の弁護士が顧問を担当していた。自身の2年間アメリカ留学を機に番組を降板。帰国後数回だけ出演した。
  • 福島正 - 1988年3月5日の第1回の放送で出演。上記の中島と同様、職業は弁護士であるが、本業の都合で1回のみの出演だった。
  • 香川登枝緒 - 番組黎明期に頻繁に登場した。
  • 西村眞悟 - 出演当時は弁護士であった(のちに衆議院議員)。松本修チーフプロデューサーと大学時代の同級生という縁から出演していた。
  • 難波利三 - 番組初期に登場していた。出演している映像は、DVDのvol.6に収録されている。

番組初期は、硬い社会派ネタを取り扱うことが多く、現在のようにゲストとして登場するような役割ではなく、専門的な知識を持つ人物がアドバイスを行うという役割で顧問が登場した。そのため、このころの顧問として登場した人物の大半が弁護士、大学教授、議員や文化人といった面々であった。また場合によっては1度の放送回に顧問が2人登場することもあった。

上岡局長時代中期以降編集
  • 福井敏雄 - 元日本気象協会所属。独特の口調と俳諧のセンスで、関西で大人気だった「お天気おじさん」。番組冒頭で俳句を披露するのも恒例であった。横山ノック、キダ・タローなどが自称で「最高」「特別」などの冠をつけて対抗する中で「私はそんな恐れ多いこと、できません。平の顧問です」と固辞。カルト・心霊ネタで上岡が退席したときの顧問でもあり、そのときは真剣に狼狽していた。すべての依頼にまじめに、探偵をけなすことなくコメントしていた。
  • 横山ノック - 初代最高顧問。大阪府知事就任後は「名誉顧問」の肩書きになった。
  • オスマン・サンコン - 正装で出演。小ネタ集の「墓場に浮かぶ白い物体=暗闇の中、笑顔で歯をむき出した姿」として出演している。
  • 大島渚 - 探偵!ナイトスクープアカデミー賞審査委員長の肩書きもあった。
  • 若林正人
  • 吉村作治
  • 景山民夫
上岡局長時代中期以降のゲスト出演編集
  • 小錦 - 番組に出演した際は、普通の椅子でなく丸太のような椅子に座っての出演だった。
  • 舞の海
  • 綾辻行人
  • 真弓明信
  • 中島らも - 調査してほしいことをリクエストする珍しい顧問で、「中島らもさんの素朴な疑問」として1990年1月13日に放送されている。
  • 秋元康
  • 浜村淳 - 番組初期にも数回登場。「『ありがとう浜村淳です』で自分の投稿作品が紹介されたのに聞き逃した」という依頼で、依頼者の自宅に行って番組を再現したことがある。
  • ジャイアント馬場 - 初登場時はスペシャル顧問として迎えられたが、その後も数回出演している。
  • 中島誠之助
西田局長時代以降のゲスト出演編集

依頼者編集

依頼者当時は一般人であったが、その後著名人となった主な人物を記載する。

など。

番組構成編集

番組の流れ編集

朝日放送→朝日放送テレビAスタジオによる公開収録(基本的には隔週金曜日夕方より2本録り[注釈 10][45])。最初に局長が自己紹介して秘書が自己紹介、そして局長が顧問を紹介する。ここから局長が探偵たちをフルネームで紹介していたが、西田局長になってからの放送においては探偵紹介を省略することが多くなり、近年は新年最初の放送、探偵及び局長が卒業、就任、復帰する回にのみ行われている。顧問紹介の後、すぐ依頼の紹介に入る。顧問が初登場の俳優や女優の場合は小トークをしてから依頼紹介となっている。1回の放送の中で、約12分程度の依頼遂行VTRを3本流し、それぞれに局長や顧問、探偵らがコメントを付けるのが基本的なフォーマットである。

秘書が視聴者からの依頼文を読み上げ、局長・顧問が短いコメントをし、その依頼を担当した探偵がVTRを流す前に解説を加えてからVTRに入る。最初期はVTR中にも探偵のコメント・解説が入っていたが、現在は一切入れていない。小ネタ集やパラダイスなどでは、探偵自らが依頼文を読む場合もある。VTR終了後、出演者のコメントが入り、ジングルが流れ、CMに入る。以前は3本目の依頼の後にCMに入っていたが、現在はCMに入らずそのまま局長・顧問が、今週の総括のようなコメントをしつつ、エンドロールに入るという構成になっている[注釈 11]。2020年7月24日からは次回予告が追加された。

さらに「エンド5秒」と呼ばれる番組終了のテロップの裏に探偵のギャグが入ってその回の放送が終了する(この部分は放送される地域とされない地域がある)。元は放送終了時間まで視聴してもらい、それによる視聴率上昇を目的に始まったものであった。

ほかの番組に見られない特徴に「ジングル後CMにすぐに入らないことがある」というものがある。通常、民放では番組とCMの境にジングルを流して視聴者に知らせている(もしくは、ジングルなどなしで突然CMに入る)。ジングルが入る場合、ジングルが終わるとすぐにCMがはじまるが、この番組ではジングル(声:円広志)終了後も少しの間、探偵と局長などのトークが(長いときは1分以上も)放送され続ける場合がある。このジングルからCMまでの極端に長い時間をとるという演出は、公開収録の段階で直接ジングルを挿入するため番組進行上、ジングルの後に大事な要点や本編より盛り上がるトークがなされた場合、それも含めて編集された上で放送に乗るという作りになっている。

後述する項目において、インターネットで検索するなり、専門家に問い合わせればすぐに解決できる依頼内容であっても、依頼者や第三者を巻き込んで探偵が直接足を使って調査するといった過程に重点が置かれている。しかし、困難と思われた依頼が予想より簡単に解決したり、逆にすぐに解決できるような依頼が調査途中で迷走したり、調査途中や後になって別な疑問が派生したり、調査結果によっては新たな問題定義が浮き彫りになって大規模調査に発展することもある。時に依頼内容の如何によっては探偵は地道で煩雑な調査に長時間を強いられる場合もあり、決められたVTRの時間内に調査をまとめなければならないがロケの途中で落とし所があいまいになったり、いたずらに時間を費やしてしまう、対象が一般人なので当然取材側の思ったように動かない等の収録上の困難も抱えている。また、番組制作上時間もコストもかけられないために期日内に依頼(取材)を遂行する必要があるため、事故などの危険性の無い限りひたすら撮影し続け照明が切れてもハンドライトで、ハンドマイクが壊れてもガンマイクで、カメラマンが転倒しても撮り直しもカットもせず、物理的に撮影が不可能になるまで収録を続ける、など過酷なものとなる場合が多々あるが、それらも演出や番組制作上、構成や演出の一つとして組み入れられている。

ロケ収録において現場での大まかな進行はあるもののロケ台本は存在せず、番組収録におけるスタジオ構成台本も「OP、局長あいさつ、秘書あいさつ、探偵紹介、取材VTR、以下盛り上がる」といった細かい台詞もト書きも無い大雑把なものとなっている。探偵局発足当初は、取材ロケ撮影の定石通りスタッフがカメラに映り込む、探偵が言い間違える等の度に撮り直していたが、探偵らがその煩雑さに辟易しロケスタッフと交渉、ロケ取材のライブ感を出そうと(他局の)通常ロケならNGである所を許せる範囲内でそのまま取材、一発収録を続行させて取材時間の短縮と探偵、加えて依頼内容と取材対象の即興を活かすことに重点を置いており、他のバラエティロケ番組ではまず見られない機材スタッフが反射面(鏡等)に映り込んだまま撮影取材を続行、通常放送でもスタッフがカメラ映像に直接入り込んでもそのまま放送されている。

オープニング編集

オープニングでは、テーマ曲とともに、番組の趣旨が記された以下の文章(局の企画書に書かれていた「番組概要」をベースにしたもの - 「アホの遺伝子」より)が流れる。

この番組は、視聴者から寄せられ
た依頼にもとづいて、探偵局長が
優秀なる探偵たちを野にはなち、
世のため、人のため、公序良俗と
安寧秩序を守るべく、この世のあ
らゆる事どもを徹底的に追求する
娯楽番組である。

上記の文章が白いテロップスクロール式に下から上に流れ(「娯楽番組である。」の部分はこの番組があくまでもバラエティ番組であることを強調させるためにわざと改行されてある[46]。)、CG調の番組タイトルのロゴが出る(初期はテロップで描かれていた)。その後、局長、秘書、その週の出演メンバーの探偵局員を紹介。その時、調査を担当した局員には映像の下にその週に依頼された内容のサブタイトルが流れる。

出演局員を紹介した後は、公開収録のスタジオからの拍手に包まれながら出演者が登場して提供ベース[注釈 12]スポンサーは地域によって異なる、朝日放送テレビなどではスポンサーの表示がない)後にCM→本編開始、というのが現在の基本である。以前は、オープニングから1本目の依頼終了後まで、CMに入ることなく続いていた[注釈 11]

本編に入ると再度テーマ曲をBGMに、前述の通り、局長・秘書の自己紹介、顧問(ゲスト)紹介、探偵の紹介が続く。

プレゼント編集

依頼が番組に採用された視聴者にはもれなく番組特製の探偵手帳[注釈 13]、会場への観覧者には番組ロゴが描かれた白色と黒色のステッカーがプレゼントされる(それぞれ視聴者に見えるようにして見せている)。桂小枝、長原成樹、松村邦洋の降板直後から松尾依里佳降板までの約4年間はナイトスクープ特製「クリアファイル」がプレゼントされていた。過去の会場プレゼントには「アホ・バカ分布図」や、ノックすると探偵局員達の名前が出てくる「ボールペン」、ナイトスクープ特製「うちわ」「トランプ」「便利5点セット」などをプレゼントしていた時期があった。

番組名の由来編集

番組の企画段階では、「上岡龍太郎探偵局」や「それいけ!探偵局」という仮タイトルだった。その後、会議でスタッフ全員で議論が行われた。

会議では、取材に応じやすいタイトルがいいということで、「ナイト」を付けることになった。また「スクープ」は当時『ザ・スクープ』(朝日放送〈当時〉でも放送されていた)など、報道番組のタイトルに「スクープ」が使われることが多かったため、「電話口で『朝日放送のナイトスクープですが…』と言えば、報道番組と勘違いして取材を受けてくれるのではないか」と考えて「ナイトスクープ」に決まった。しかし、それでは娯楽番組とわかりづらいため、「探偵」がタイトルの頭に付けられた。なお、ネット局のほとんどが夜に放送することもあり誤解されやすいが、タイトルの「ナイト」は、夜(Night)ではなく、騎士(Knight)という意味である(Knight Scoop)[47]。 2004年6月18日放送のオープニングでも西田局長が詳しく明言している(その際桂小枝がセットの棚にあるサーベルを取り出し、突き刺すフリをする仕草を見せている)。

現在の番組タイトルロゴには下に小さい文字の「knight scoop」があるが、初期のタイトルロゴには「knight scoop」がなかった。(「knight scoop」の表示がなかったのは、CM前に表示されるロゴのみ)

また、現在オープニングで出てくるロゴは青色で表示されているが、初期は白色で表示されていた。1995年頃からは銀色で表示されるようになった。スペシャル版の時や公式サイトなどでは金色で表示されることが多い。

テロップの使用編集

出演者の言葉にテロップを付けて強調する手法は現在日本のバラエティ番組で日常的に行われているが、これはこの『ナイトスクープ』が最初に行ったものとされる[注釈 14][47]。ただし、「ナイトスクープ」におけるテロップは、あくまで「ナレーションの代わり」として話題・状況の要約やツッコミを入れたり、聞き取りにくい部分を補ったりする目的で使われているものである。その基準は「入れた方が中身がわかりやすくなり、また面白くて笑いが取れる」とスタッフが判断した箇所に限られており、現在のお笑い番組のように出演者の発言を次から次へとなぞるようにテロップを挿入しているわけではない[47]。またテロップの使用は取材VTR内のみに限定されており、他の番組のようにスタジオ内でのトーク部分でテロップ類を使用することは一切行っていないことからもこのことが窺える。 また、依頼者や探偵などが意味不明な行動や言動をした場合は「?」[注釈 15] のテロップが使用されることもある。

番組内でテロップに使用される書体の多くはゴシック体などの簡素なもので、他のお笑い番組にありがちな文字を派手に装飾(文字の大きさを極端に変えたり、さまざまな書体を使用するなど)することはあまりない。

2007年1月26日放送分から、画面左上に依頼内容のタイトルスーパーが小さく表示されるようになった。

視聴率編集

以下、特記のない限り、ビデオリサーチ調べ、関西地区・世帯・リアルタイム。

  • 初回視聴率:8.6%
  • 最高視聴率
  1. 32.2%(1998年4月24日放送)
  2. 31.2%(1998年3月6日放送)
  3. 31.0%(1994年3月25日放送)
  4. 30.7%(1997年6月20日放送)
  5. 30.5%(1993年12月24日放送)
  • 最低視聴率:4.6%(1988年9月24日、過去の放送回の再放送時)
※再放送を除いた最低視聴率は5.5%(第3回放送)

2000年代以降は30%を超えることはなくなったが、それでも23時台からの放送としては高い視聴率を保っている。

2000年代は毎週20%前後を保っていたため、金曜ナイトドラマネットワークセールス化した時点でも制作局の朝日放送→朝日放送テレビだけは金曜ナイトドラマは時差ネットのままとしたほどであった(詳細は後述)。

2018年時点では更に落ち込んで15%前後となっており、全盛期と比較すれば10%程度落ち込んでいる。しかしながら関西地区では、それでも週間視聴率ランキングでゴールデンタイムの番組に混じってトップ20入りすることがある。2016年5月27日放送分では松本人志が依頼者として登場することが前もってメディアで伝えられていたことから通常よりも視聴率は大幅にアップし、平均視聴率20.2%、最高視聴率24.1%、占拠率は40.4%だった。なお、同番組が視聴率が20%を超えたのは2014年1月31日放送分の21.4%以来、2年ぶりであった[48]

2009年3月15日放送「探偵!ナイトスクープ ザ・ゴールデン」の説明にて『20年間の平均視聴率20.1%』(同局調べ)との数字が用いられ[49][50]、制作局での視聴率は21.4%(制作局のキー局テレビ朝日では5.3%〈ビデオリサーチ調べ、関東地区・世帯・リアルタイム〉)であった[51]

トラブル・アクシデント編集

放送内容に関するトラブル編集

大阪府警クレーム事件
放送初期は番組の方向性を模索していた時期で、第9回の放送で局長である上岡自らが探偵となり調査を行った。調査依頼は当時問題となっていた国道1号の迷惑駐車で、駐車禁止の区域に違法駐車されている現状を調査した。上岡は「警察は違法駐車を(事実上)放任しており職務怠慢だ」と断定し、マイクを持ったまま最寄の交番に突入。中に居た警官らに物凄い剣幕で一方的に怒鳴り散らして取材を終え、それが放送された。直後に取材内容に対して府警から朝日放送(当時)に苦情が寄せられ、今後、上岡がロケ取材を行わないとの確約で決着した。上岡のロケ取材更迭の空いた枠は、企画段階で起用がボツとなっていたMAKOTO(北野誠)が嘉門達夫の推薦もあり正式な探偵として加入した。その後、「警察は指紋を集めているか?」(1989年1月14日放送)の調査で再び警察を挑発してしまい、ナイトスクープと府警の関係は絶望的となったが、「カギはどこまで信用できるか?」(1989年6月24日放送)の調査で府警と和解した。この時、松本プロデューサー(当時)は収録台本に「くれぐれも大阪府警[52] をおちょくったりしないように!」といった旨の文章を出演者に向けて記述した。
桂小枝激怒事件
1990年、視聴率20%キャンペーンの一環として、エンド5秒が開始された。その第1回目の収録で桂小枝がジャイアント馬場の真似をしたが、カメラが回っていなかったためスタッフが「もう一度やってくれ」と桂小枝に頼んだが、桂小枝は、「お客はネタをわかってんのに、もう一回やってウケるわけないやろ!」と激怒し、「もう帰る!」といってスタジオを去ろうとした。しかし、その場にいた松本プロデューサー(当時)が「この番組は小枝さんがいないと成り立たないんですよ!」と他の共演者がいるにもかかわらず、小枝よりも大きな声で叫んだ。たまたま、別のカメラが回っていたため再び収録することはなく、画質は劣ったがそのネタがそのまま放送された。
謎のビニールヒモ事件
1992年3月20日放送。探偵はトミーズ雅。1992年2月 - 3月頃にかけて大阪府東大阪市鴻池新田界隈のガードレールや電信柱に、梱包用のビニール製の紐が大量に結びつけてあるのが見つかった。しかし、誰がどのような意図を持ってやっているのか不明であり、その人物を目撃したという話も聞かないので調べてほしいという依頼であった。
現地では確かに青・黄色等のビニール製のヒモが電信柱や交通標識等、建築設置物のさまざまな場所に複数本結ばれており、近所の文具店に何店か聞いてみると、同種のビニール製の紐が売り切れていた。その紐が結んである場所を調べてみるとおよそ2~3kmの範囲に渡っており、最後にはとあるガソリンスタンドの洗車機用のホースなどからその敷地の裏手にまで続いて、たくさんの紐が結わえ付けられているのが見つかり、スタジオからは悲鳴が上がった。最終的には探偵が半ば調査を放棄する形で「調査打ち切り」を宣告。さらには「本件に関する情報は今後一切、取り扱いません ご諒承下さい。」というテロップ(「諒承」は原文のまま)が出される事態となった。本件が番組史上初にして、現在に至るまで唯一の調査打ち切り事例となっている。
なお、本件の放送以後、情報を受け付けなかった理由は現在に至るまで公表されておらず、不明となっている。
なお、この依頼は2010年3月発売のDVD vol.13に収録されたが、依頼人の顔と名前は編集と映像加工で伏せられている。
上岡局長激怒事件
1994年4月29日放送。探偵は桂小枝。「恐怖の幽霊下宿」という依頼のVTR後に、局長の上岡が、幽霊がいる・いないというはっきりした実証や結論を出さずに、ただ単にふざけたVTRを流したと激怒して収録会場から退場した。
VTRの内容は、霊媒師を呼んで幽霊がいるかを聞いてみたり、桂きん枝や桂小枝が除霊師や霊媒師に扮して遊んでいるネタ的な報告であり、幽霊がいるかいないかは不明なまま終わらせた内容に、生来オカルトや心霊の類を蛇蝎の如く嫌っていた[47] 上岡は「ああいうのは、テレビとしては非常に危険なんですよね」「あんなん(除霊師・霊媒師)をね、テレビに出すことによって彼らはね、『市民権を得た』とか『認知された』というような勘違いするでしょう。だからね、あのー、途中まで君(小枝)が遊んでる分にはいいですよ、きん枝君が出てくるまではね。何の実証もされてないわけでしょ?」「これ(VTR)を作ったディレクターは、何をどう結論付けようとしてるわけですか? 『やっぱりお化けはいてる』という風にしたいわけですか?」と怒り口調でコメント。桂小枝が「いや、そんなんどうでもええと思うんですけど。ただ面白かったらええという奴だと思うんですけど」と、不穏な空気になりつつあった場を納めようと発言したところ、これが逆に火に油を注ぐ結果となってしまい、上岡はさらに「いや、だから、テレビのそれが一番僕はいかん! 面白かったらいいわけやなくて、面白くてもそれによって何らかの影響力を与えるという事を常々考えとかないかんわけですよ!」と激怒する。松本プロデューサーが慌てて出て場を取り繕おうとするも、上岡は「ものすごく危険なテレビですよこれは! こんなこと許せません、絶対に許せません! それやったらはっきり、幽霊がいることを実証してください、除霊師の部分も! (幽霊が)いるかいないか分からんまま、終わらさんといてください! (幽霊が)いないと断定して終わるのが、テレビです!」と言い、収録途中にもかかわらず上岡は会場から退場してしまう。
番組の収録途中で退場という唐突なアクシデントに場内はざわつき、岡部まりも「本気だと思いますがね、でも(局長の)おっしゃってる通りなんでね」とつぶやき、北野誠が「あわてない、あわてない! いざとなったら、小枝さんが局長になるかもしれんやないか!」と、桂小枝が「僕、局長やりますから!」と、清水圭が「だって、この前キレたのは4年前やないか!オリンピックのようなもん!」と事態の収束を図るも観客の動揺は収まらず、やむなく観客をスタジオから帰した後、他の出演者たちも帰宅したが、番組スタッフの考えが変わり、小枝と北野はスタジオに呼び戻され、深夜の暗いスタジオの中で続きを2人で続行した。
放送に乗らなかった部分は、ざわつく観客に探偵らが野球の途中経過を報告したり、スタジオで起こったことを一人につき最低5人に教えることといった指示を出し、桂小枝が座布団回しを披露するなどして30分間盛り上がった。放送日のエンディングで北野が「離さないー」と曲に合わせて歌い、「そんな事言うてたら、(本当に)離されるで」と桂小枝がツッコミを入れ番組終了。
ただ、オンエア前の時点で上岡はすでに怒りの矛を納めており、その上での放送だったが、編集内容が「単なる頭のおかしいおっさんのわがままに見られるではないか」ということを感じた上岡は番組降板の意思を見せるという事態にこじれる。水面下での説得が続いたが、結局「降板」の含みを持たせたまま、フジテレビ『上岡龍太郎にはダマされないぞ!』(関東ローカル)にて意思表明をするということになった。松本プロデューサーが直接フジテレビにまで乗り込んで上岡を説得。最終的に「翌週の放送でこの事件の真相を上岡本人が説明し、それを正確に放送する」という条件で続投が確定した。予告通り『上岡龍太郎にはダマされないぞ!』で意思表明があり、上岡は「実は2人で仕組んだいたずらですよ」と語り、松本プロデューサーの安堵の表情も放送された。
スタッフによる暴行事件
1999年4月に長野市内で行われた収録の際、山本大介四次元ナイフ)が制作会社のスタッフから暴行を受け、眼球の下の頭蓋骨を折る重傷を負った。この制作会社は、この事件と同時期に『クイズ!紳助くん』でも収録時にタレントを負傷させる事件を起こしており、スタッフらが処分され、朝日放送はこの制作会社との契約を解除した。
放送中止(一部の放送局)
キャラメルで便秘が治る?」。2010年5月14日放送。探偵は石田靖。依頼者は祖母から「キャラメル肛門から入れると便秘が治る」と聞いたことがあり、その真偽を確かめてほしい、いうものであった。殆どの放送局ではそのまま放送されたが、東日本放送山形テレビの2局だけは番組自体の放送を見合わせ、別の番組に差し替えられた。両局とも当時は昼12時台に放送されていたため、昼食時の放送としては内容が不適切と判断されたものだが、前述の2局と同じく当時昼12時台に放送していた長崎文化放送では、予定通り放送されている。キャラメルを使った浣腸の信憑性を確めるべく、石田探偵と依頼者が実践したが、事実確認のため石田探偵より質問を受けた谷均史(ナイトスクープ医学担当)の監修と解説により、キャラメルを坐薬状にして行う浣腸の有効性と、対象となる子供(基本的に幼児)に対しては通常の浣腸を行うよりも安全性があることがきちんと実証されている。なおこの依頼者は10年後の2020年にこの依頼に出演したことを下ネタ嫌いの妻に打ち明けることに協力してほしいという依頼で再度依頼者として登場している。
依頼辞退
2014年6月20日放送[53]。「爆笑!小ネタ集」の一つとして放送された「とある依頼?」で、依頼者の20代の女性が探偵・石田靖の前で依頼文を読み上げようとしたが、西田局長を「西川」、秘書の松尾依里佳を「松尾みどり」とそれぞれ間違えてしまった。それでも石田は依頼を引き受けようとしたが、「局長と秘書の名前を間違えてまで依頼はできない」として依頼者自ら依頼を辞退した。
ぬいぐるみ紛失
「男子大学生、ぬいぐるみとの別れ」。2018年10月26日放送。探偵は澤部佑。2歳の頃からお気に入りのぬいぐるみ、ゴンちゃんとベールちゃんを手放したいという男子大学生からの依頼であった。VTRでは風船に括り付けられたぬいぐるみが飛ばされて依頼者と別れる形で終了したが、番組終了後、依頼者がTwitter上にて、「実は、ベールとゴンちゃんは帰ってくるという収録内容の予定だったのですが、後にトラブルが生じ私達の手元に帰ってくることはありませんでした。」と報告し、行方不明になったぬいぐるみが、どこにあるかを呼びかける事態となった[54]
スリムクラブの不祥事による余波
2019年6月28日放送分は、「スリムクラブ」の真栄田賢内間政成が暴力団関係者のパーティーでの「闇営業」でギャラを受け取ったとして吉本興業から無期限活動自粛処分を受けた影響で、当該番組にレギュラー出演している真栄田の出演シーンをすべてカットした再編集版が放送された。朝日放送以外の遅れネット局については、遅れ話数を全部カットして同日や数日遅れネットで放送したりするなどの対処を行う模様。真栄田復帰後はお蔵入りになったVTRも放送されている。

特別番組編集

ナイトスクープアカデミー大賞
本家アカデミー賞に倣って、過去に出演した依頼者、または依頼にかかわった人物などを会場に招き、最優秀主演男優賞、同女優賞、最優秀助演賞などを表彰しようというもの。強烈な個性を発揮した依頼者などがノミネートされ、会場で実際に表彰される。過去上岡局長時代に5回(1992年・1993年・1995年・1997年・1999年)行われた。1995年・1997年・1999年は正月特番として放送された。
2008年には放送開始20周年を記念して、20年間のVTRから各賞(最優秀主演男優賞、同女優賞、最優秀助演賞はなかった)を決定する「グランドアカデミー大賞」が行われた。会場はABCホールではなく、大阪国際会議場(グランキューブ大阪)。放送当日の『ムーブ!』には西田局長が宣伝のために出演した(ちなみに、『ムーブ!』はこの日がABCセンターからの最後の生放送だった)。
2011年には朝日放送開局60周年記念特番として放送され、このときは上岡局長時代のアカデミー大賞に近い形式で行われた(最優秀主演男優賞、同女優賞、こども賞、生き物賞)。また、このときはアナログ・デジタルともにステレオ放送(VTR部分はモノステレオ放送)が実施された。
クイズ!紳助くんVS探偵!ナイトスクープ
1999年以降、大晦日には『ナイトinナイト』月曜枠の『クイズ!紳助くん』との共同ワイド特番が放送され[注釈 16]、ステレオ放送(VTR部分はモノステレオ放送)が実施された。キダ・タローが『クイズ!紳助くん』と『ナイトスクープ』のVTRを見てどちらがいいか判定するという内容だが、『紳助くん』が感動的なVTRを流すのに対して『ナイトスクープ』はバカバカしい依頼を放送するので、基本的に『紳助くん』が勝つようになっている。2006年放送分で『ナイトスクープ』が初勝利を収めた。2007年からキダに加え、複数の審査員が出演するようになった。2008年までの対戦成績は1勝6敗3引き分け。
2011年に『紳助くん』が島田紳助の引退に伴い終了したため、同年以降の大晦日の放送は「探偵!ナイトスクープ 年末感謝祭」となった(後述)。
探偵!ナイトスクープ リターンズ
番組開始20周年記念の特別番組は『探偵!ナイトスクープ』の再放送版として、朝日放送(当時。関西地区)では2008年6月27日と7月4日の2週にわたってレギュラー放送の後の時間帯に上岡局長時代の1993年12月24日放送分(番組史上初視聴率30%突破の回で、DVDにも収録されている「爆発卵」の依頼が3本目で登場)と1998年5月1日放送分(番組史上最高視聴率32.2%の回)の2回分を『探偵!ナイトスクープ リターンズ』と題してアンコール放送した。基本としては当時のまま完全ノーカットだが、番組の初めと終わりに6月27日放送分には桂小枝探偵(「探偵局次長」の肩書き)、7月4日放送分には北野誠探偵が、それぞれ同局所属アナウンサーの三代澤康司(過去に依頼者として出演したことがある)・堀友理子と共に登場した。
上記2本分の『探偵!ナイトスクープ リターンズ』は、広島ホームテレビ山陰中央テレビ(※1998年5月1日放送分のみ)、鹿児島放送名古屋テレビ九州朝日放送琉球朝日放送(※1998年5月1日放送分のみ)、東日本放送テレビ山梨テレ玉(2週連続で放送)、チューリップテレビ(1993年12月24日放送分)、TOKYO MX(2週連続で朝日放送〈当時〉休止分の穴埋めとして放送)、テレビ神奈川が2009年1月15日(1993年12月24日放送分)と2月12日(1998年5月1日放送分)に(2本とも朝日放送〈当時〉休止分の穴埋めとして放送)、瀬戸内海放送が2週分を2時間枠(正月特別編成の一環として)として、北海道テレビ放送(※1993年12月24日放送分のみ)が放送した。
この回が好評だったこともあり、朝日放送(当時)では同年10月4日から10月25日の4週にわたって土曜の午後に『探偵!ナイトスクープ リターンズ』を放送した。前回とは違い、毎週過去の放送分を2本ずつ流す形式。
1週目には1991年12月27日と1992年3月6日放送分が、2週目には1992年3月13日と1994年2月11日放送分が、3週目には1992年6月12日と1993年2月26日放送分が、4週目には1992年1月10日と1992年10月23日放送分がそれぞれ再放送された。1週目と3週目のゲストは岡部まり、2週目のゲストは桂小枝、4週目のゲストは北野誠。なお、地方局では1作ずつ放送されるケースがあり、その場合ゲストとアナウンサーの説明トーク部分は省略される。
2009年・2010年には高校野球期間中に放送(この2週間は『ナイトinナイト』の各参加番組もレギュラー放送を休止し特番が組まれた)。
2009年8月14日には朝日放送(当時)で、1997年10月24日放送分が、2009年8月21日には1997年1月31日分がスペシャルアンコール放送された。進行役は桂小枝で、依頼の担当ディレクターと構成作家がそれぞれ当時を振り返るコメントを寄せた(ただし内容は冗談)が、北野誠が映っている部分はすべてカットされた。
2010年度の放送では8月13日に1995年6月16日の回を、8月20日には1998年6月5日の回をアンコール放送。この時もナビゲーターは桂小枝。
2011年度には8月12日に2005年9月23日の竹山の初登場の回を、8月19日には2009年6月19日の田村の初登場の回をアンコール放送した。いずれも初登場の探偵自身がナビゲーターは桂小枝を担当した。
2012年以降も毎年春季・夏季・冬季に、探偵!ナイトスクープリターンズのタイトルで過去の放送回がアンコール放送をされている。ナビゲーターは桂小枝(2010年 - 2013年)、石田靖・たむらけんじ・田村裕(2014年)、田村裕・橋本直(2015年)、竹山隆範・たむらけんじ・真栄田賢・澤部佑(2016年)、石田靖・たむらけんじ・田村裕・真栄田賢・橋本直(2017年)、たむらけんじ・澤部佑(2018年)。
探偵!ナイトスクープ ザ・ゴールデン
放送開始21周年を記念した2時間特番として、2009年3月15日19時から放送された[49][50]。番組開始以来初となるゴールデンタイム特番であり、キー局のテレビ朝日での放送は2005年3月に打ち切られて以来4年ぶりとなる(番組史上初となるANN系列24局同時ネットと報道されていたが、実際は『素敵にドキュメント』のやらせ発覚による打ち切りのため、急遽つなぎ番組として設けられた『金曜ファミリープレゼント』(1992年10月 - 12月)枠内にてスペシャル版が放送されたことがある。ただし当時は岩手・山形[注釈 17]・山口・愛媛・大分・沖縄ではANN単独局が無かった)。また、この時はアナログ・デジタルともにステレオ放送(VTRはモノステレオ放送)が実施された。
収録会場は大阪国際会議場(グランキューブ大阪)で、翌週放送分も収録された。また、ゴールデン特番の告知を兼ねて同年3月11日にテレビ朝日制作の『シルシルミシル』で第1回のオープニングやお宝映像が流れた。基本的な構成は通常版と同様であるが、オープニングが淡々としてはいなかったこと、ひな壇ゲストが存在した、CM前に次の依頼の予告が文字で出された、依頼と依頼の間以外にCMが入る場合があった、VTR中にワイプで出演者の顔が挿入される場合がある、エンド5秒がなかった、CM明けのカメラワークがやや過剰演出だった、そして枠の制約上スポンサークレジットが発局を含めて存在した、など異なる部分が多かった。関西地区の視聴率は21.4%の高視聴率だったのに対し、関東地区では時間帯最下位の5.3%と一桁に留まった[51]。実質、テレビ朝日での再ネット化を視野に入れた放送であったが、この結果によりテレビ朝日では時期尚早ととらえられ、再ネット化を行っていない。
探偵!ナイトスクープ 年忘れファン感謝祭
2011年から年末に放送されている特別番組でこの1年間に放送されたVTRの中から番組ファンの視聴者が選んだ爆笑VTRを各探偵別のベスト3として発表するというもの。また探偵と顧問でペアを組み、そのVTRの中からクイズを出題し優勝チームを決める。2012年は12月31日12:00 - 15:25[55][注釈 18]、2013年も12月31日12:00 - 15:25[56]、2014年も12月31日12:00 - 15:25[57][注釈 19]、2015年は12月30日13:45 - 17:25[58][注釈 20] に放送されたが、2016年以降は再び12月31日12:00 - 15:25で放送されている[18][59][注釈 21]
探偵!ナイトスクープ 25周年記念!グランドアカデミー大賞
2013年3月1日放送[60]。グランキューブ大阪での収録で、90分の拡大放送だった。過去25年のVTRを「料理」「科学」など部門別にダイジェストで紹介する。これまでのアカデミー大賞とは異なり、特に順位や表彰などはなかった。岡部まりが秘書を降板して以来の出演となった。
30周年記念! 探偵!ナイトスクープ オールタイムベスト10
2018年3月30日[38]・4月6日放送[34]。番組放送開始30周年を記念し、過去に扱われた5,000件を超える調査の中から、視聴者投票によりベスト10を決定。カウントダウン方式で3月30日に第10位 - 第4位を、4月6日に第3位 - 第1位と番外編を、それぞれアンコール放送。グランキューブ大阪での収録で、3月30日放送分は90分の拡大放送。キダ・タロー・林裕人・槇原敬之といった主な顧問をゲストに迎え、岡部まりが久々に秘書を務めた。『デジタルリマスター』と称したリバイバル企画として、特別探偵として丸山隆平が田村裕探偵とともにボートによる大和川下りでの通勤に、真壁刀義がジミー大西探偵と共に巨大シジミ獲りに、それぞれチャレンジしたほか、ベスト10に選ばれた調査の中から幾つかの依頼者を探偵が再訪して現況を報告した。
視聴者が選んだベスト10は、以下の通り。
  1. 「23年間口をきいていない父と母」2013年4月5日放送
  2. 「謎の爆発卵!?」1993年12月24日放送
  3. 「巨大シジミ発見!?」1995年4月21日放送
  4. 「マネキンと結婚したい!?」1997年1月31日放送
  5. 「ゾンビを待つ子どもたち!?」2008年3月7日放送
  6. 「レイテ島からのハガキ」2011年1月7日放送
  7. 「超大作!アホバカ分布図!」1990年1月20日〜1991年5月放送
  8. 「電車より速い!?大和川下り」1996年10月放送
  9. 「泥酔する父親に悩む家族」2012年5月11日放送
  10. 「ガォ~さんが来るぞ!」2007年8月3日放送ほか

スタッフ編集

2019年7月以降編集

  • SW(スイッチャー):當房尚子(関西東通
  • VE(ビデオエンジニア):谷口廣司
  • CAM(カメラマン):中西哲夫・吉岡利晃(関西東通)、薬師孝征
  • MIX(ミキサー音声):薮田美毅(関西東通)
  • LD(ライティングディレクター):岡崎麻依(ライズ・アップ[注釈 22]
  • VTR:井上隆也・楠本由希子(朝日放送テレビ)
  • EED(ビデオ編集):川中順子(東通インフィニティー[注釈 23]
  • CG:伊藤範之(2008年9月17日 - )
  • MA(マルチオーディオ編集):武田寛(東通インフィニティー)、小野愼也
  • SE:稲山祐貴(東通インフィニティー)
  • ENG:岡田秀徳(CAMIX)、北林一博、山本真也、要海佑介、松原由華
  • 庶務:岡由子(朝日放送テレビ)
  • 番組宣伝:野嵜喜美子(朝日放送テレビ)
  • 美術:東要(朝日放送テレビ)
  • スタイリスト:小林万利子、有吉麻美(オフィスアンテナ)、浜野あゆみ(アトリエ色えんぴつ)、三宅寿恵(シャンティ)、東津裕子、沖津葉子、菊岡千鶴子(桐原事務所)
  • ヘアメイク:ビーム
  • 輸入建材:HDC神戸
  • 協力:関西東通[注釈 24]FUNS PRODUCTION、バックドロップ、JET、クラフト、グリーン・アート、高津商会、蘭光園、インターナショナルクリエイティブ、まいど、思巧堂、アンティーク倫敦商会、ソニ企画
  • 構成:百田尚樹 / 山口牧生、平野秀朗、沢野緑、鍋谷直輝、武輪真人、東雲信介、青木陽幸、くらやん
  • AD(アシスタントディレクター):辻知奈美・竹村聖葉(朝日放送テレビ)、木下寿基(JAWS)
  • ディレクター:中村光・濱田崇充(朝日放送テレビ) / 石田ひろき[注釈 25][注釈 26]・湯浅耕二・藤川明・高田真吾・金津巧・阪本圭・長瀧大市(以上JAWS)、北川文彦[注釈 27]・三田修司・松尾康高・峯松亮太(FUNS)、能嶋幸一[注釈 28](バックドロップ)
  • 企画:松本修(朝日放送テレビ[注釈 29]
  • 総合演出:石田ひろき(JAWS)
  • プロデューサー:奥田智・近藤真広[注釈 30](朝日放送テレビ)
  • 制作・著作:朝日放送テレビ

過去のスタッフ編集

  • チーフプロデューサー:西村嘉郎(朝日放送〈当時〉[注釈 31])、奈良井正巳(朝日放送テレビ[注釈 32]
  • プロデューサー:松本修(番組開始 - 1996年)[注釈 33]岩田潤(1996年 - 1999年2月、 - 2008年11月)[注釈 34]→石原康男(1999年3月 - 2000年4月)→矢澤克之(2000年4月 - 2005年4月)→鳥海久慎→栗田正和(栗田→2012年9月7日 - 2014年7月4日)→堀英一[注釈 35]→山口正鉱
  • 総合演出:矢澤克之
  • ディレクター:石原康男・矢澤克之・北中彰・石川綾一[注釈 36]・鈴木洋平(以上朝日放送〈当時〉)、森田純平・佐々木匡哉(朝日放送テレビ)、阿部淳・小山青志[注釈 37]・佐々木進・北野弘[注釈 38]・高岸丈朗・堀弘明・津野允・西岡孝之[注釈 39](以上JAWS)、相原康司(当時ビデオワーク、現:BOY'S)、木部勇一(東通企画 → きべ事務所{現:宝塚インターネットテレビ})、池田成男(東通企画 → 創太 → SSSystem)、四宮孝史・山口耕平・西谷公太・小南彰(FUNS)、松山源一(BOY'S)、中地浩之(オフィスりぷる
  • AD(アシスタントディレクター):森裕喜・朝日源・山田賢太郎[注釈 40](朝日放送〈当時〉)、加藤翔一・木下舞・円丁裕一郎・前川亮・竹本啓之・鍋島雅郎・古瀬耀士・野尻野翼(JAWS)、浜野信弥・金定奈美子・辻村魁・山内麻由佳・山田真悠子(FUNS)
  • ディレクター → ブレーン:砂野信(JAWS → AZITO)
  • 構成:元生茂樹、浜田尊弘[注釈 41]、藤田智信、日沢伸哉、増山実、林正己、鹿児島俊光[注釈 42]、桑原尚志、岡本法子
  • ブレーン:長川千佳子、海野祥子、坪内美樹、三谷康生、有宗久美子、池田朋恵(クリエイティブスタジオ)、高原正浩、本田純一、北村京子
  • 番組宣伝:小倉義明 → 上来均 → 西村美智子(朝日放送〈当時〉)
  • 庶務:楠本芳子(朝日放送〈当時〉)
  • SW(スイッチャー):玉木雅之(朝日放送〈当時〉)、中谷敏和・中西哲夫・世古章次(関西東通)
  • CAM(カメラマン):田中康彦(朝日放送〈当時〉)、西澤敏夫・浦崎学・亀井稔・堀江則安・西良美和・世古章次・杉本康弘(関西東通)
  • MIX(ミキサー音声):嶽下学・黒川将(関西東通)、和三晃章・山中康男・西森大記・清水俊孝(朝日放送〈当時〉)、滝川殻(アイネックス
  • LD(ライティングディレクター):山田修・松井清・高原大裕(東通ライティング)、兼岩克(朝日放送〈当時〉)
  • ENG:広江健志・西川真・藤原祐司・井上勇人・伊藤優二(関西東通)、水谷奨・西川真(CAMIX)、細田勝(アルチザン)、金谷一彦・坂本泰司(テクニカルアート)、松岡周錫(エムズプロ)、竹田則彦、北林一博、久野仁
  • VTR:石黒正・北田幹雄・箕輪憲二(関西東通)、木村友彦(東通AVセンター
  • EED(ビデオ編集):宮下全弘・西本武史(東通AVセンター)
  • CG:山本正樹(東通AVセンター)
  • オープニングタイトル:藤田孝浩(東通AVセンター)
  • 美術進行:邑上謹弥・高岡慎治(朝日放送〈当時〉)
  • スタイリスト:上田実穂(ビーム)、今井聖子(スタジオセルズ)、清家名美、大西千鶴
  • ヘアメイク:鈴木健資
  • TK(タイムキーパー):鹿嶋さちこ
  • 協力:ブリッジ、クリエイティブプロダクション、JAWS[注釈 43]AZITO

主題歌編集

円広志ハートスランプ二人ぼっち
1988年の番組開始時から使用。93年に1度新バージョンを収録、翌94年に再度録り直したものが最新[要出典]

DVD編集

  • 探偵!ナイトスクープ Vol.1&2 / 2006年6月2日発売
  • 探偵!ナイトスクープ Vol.3&4 / 2006年7月14日発売
  • 探偵!ナイトスクープ Vol.5&6 / 2007年12月19日発売
  • 探偵!ナイトスクープ Vol.7&8 / 2007年12月19日発売
  • 探偵!ナイトスクープ Vol.9&10 桂小枝の爆笑パラダイス / 2009年3月5日発売
  • 探偵!ナイトスクープ Vol.11&12 西田敏行局長 大笑い!大涙! / 2010年2月10日発売
  • 探偵!ナイトスクープ Vol.13&14 新しい笑いの実験室・上岡龍太郎探偵局 VS 進化する笑いの最前線・西田敏行探偵局 / 2010年3月10日発売
  • 探偵!ナイトスクープ25周年記念DVD 百田尚樹セレクション&キダ・タローセレクション / 2014年3月26日発売

Vol.1&2からVol.7&8まではワーナー・ホーム・ビデオ、Vol.9&10以降はよしもとアール・アンド・シーより発売。

DVD化の際には各権利者のプライバシーや肖像権問題のためにその全員に許可を取る必要があり、連絡が取れない通りすがりの人へのインタビューシーン等は相手の顔をぼかしやモザイクなどの映像処理で隠している。隠しきれない場合はカットされており、BGMも著作権者からの許可が出なかったものについては、放送時とは違う曲に差し替えられている。なお、DVD Vol.1・2の制作時には当時の本放送内で「以下の作品の関係者の連絡先を探しています」という告知テロップを表示した。その後も新作の発売が決まるたびに、『名乗り出てください』のサブタイトルで収録予定のVTRが告知と併せて放送されている。

ネット局編集

放送および配信状況編集

テレビ朝日系列を中心に全国で放送されている。ただし、2018年4月現在テレビ朝日では放送されておらず(後述)、関東地方では一部地域を除いて独立局ゴールデンタイムプライムタイム枠で放送されている。また、CS放送スカパー!スカイ・Aでも放送されている。

朝日放送テレビではローカルセールス扱い、なおかつ全編PTとしているため、特番を除いたレギュラー放送においては番組中スポットCMのみが流され特定企業の提供クレジットが出ることは余程の例外を除いてない。朝日放送(当時)においてタイムスポンサーが付いた例としては2010年(平成22年)8月13日放送の『ナイトスクープ・リターンズ』がある。1週間遅れの広島ホームテレビでは毎時にブルーバック付きで、タイムスポンサーを付けている。

テレビ朝日系列局では、かつてはテレ朝製作の『金曜ナイトドラマ』を『ナイトスクープ』の前に放送していることが多かった(『タモリ倶楽部』を差し替えまたは別の時間帯に放送している局もあり)。

当時、『金曜ナイトドラマ』もテレビ朝日が朝日放送テレビに配慮する形でローカルセールス枠としており、朝日放送(当時)とほぼ同時の金曜23時台に放送していた系列局も西日本を中心に多数存在した。しかし、2009年10月の改編で『金曜ナイトドラマ』がテレ朝に営業権のあるネットワークセールス枠へ移行することになり、多くの同時ネット局では時差ネットに格下げの上金曜ナイトドラマ終了後や日曜未明(土曜深夜)などへの枠移動を余儀なくされる。また、土曜未明(1時以降、金曜深夜)に放送している地域ではテレ朝発の『朝まで生テレビ!』が毎月1回(原則最終金曜日の翌日未明の場合が多い)放送されるため休止となったり、放送枠を移動して放送したりと放送局によって異なる。

遅れ地域の一部では、過去の未放送回分や『探偵!ナイトスクープリターンズ』を放送して遅れ日数を維持することがある。

また、『熱闘甲子園』がある場合はテレ朝ネットワーク加盟かつ当番組が23時台以降放送の局は原則として30分[注釈 44]、『速報!甲子園への道』放送であれば朝日放送テレビを含む一部局で20 - 25分程度放送時間を繰り下げる[注釈 45]

テレ朝ネットワークでは「リコー全英女子オープン」がここ数年4日間連続生放送されており、その2日目に当たる7月最終金曜(年度により8月第1金曜)はゴルフを優先するために『速報!甲子園への道』はゴルフ放送後の日付上翌日未明に移動する。その関係でこの場合に限り、朝日放送テレビも『金曜ナイトドラマ』を同時ネットするため『ナイトスクープ』は休止する場合がある)。また「世界水泳選手権」(奇数年)が行われる場合も、アジア・オセアニア以外で行う場合、時差の関係でそれの生中継を優先する兼ね合いで、当番組が休止(金曜ナイトドラマの同時ネット、あるいは世界水泳の競技そのものの中継)になる場合もある。

テレ朝系列の放送局がない地域でも放送されている。例として、富山県では、1993年以降、TBS系列チューリップテレビ(TUT)が土曜日の17時台に放送していた(17:00もしくは17:05 - )が、2007年の秋にフジテレビ系列富山テレビ(BBT)が裏(土曜16:55 - )に『ナイトスクープ』と同じ朝日放送制作の『パネルクイズ アタック25』を開始した。3カ月後の2008年1月より『ナイトスクープ』は月曜0:30(日曜深夜)に移動し(『アタック25』もその後木曜昼へ再移動したが、2009年3月をもって『アタック25』の放送は打ち切られた)、2009年4月の改編期以降火曜未明(月曜深夜)→金曜午前→月曜昼の順に移動し、2013年以降現在の放送時間となった。なおテレビ山梨のネット開始をもって、一旦佐賀県以外の全国完全ネットを達成している[注釈 46] が、その後テレ朝での放送打ち切りなどがあり現在では完全ではなくなっている。

2016年10月7日放送(朝日放送〈当時〉放送日)分から、民放5系列インターネット無料配信サービスTVerで、最新放送分の配信を開始[61]。また、2016年8月からはAbemaTVで2010年から2015年の傑作選を配信している[62]

放送局一覧編集

太字は2009年9月まで金曜23時台に放送していた局。

放送対象地域 放送局 系列 放送時間 エンド
5秒
字幕 脚注
近畿広域圏 朝日放送テレビ(ABC TV)
制作局
テレビ朝日系列 金曜 23:17 - 翌0:12 [注釈 47][注釈 2]
北海道 北海道テレビ(HTB) 日曜 0:10 - 1:10(土曜深夜) × [注釈 48]
青森県 青森朝日放送(ABA) 土曜 1:45 - 2:40(金曜深夜) [注釈 49]
岩手県 岩手朝日テレビ(IAT) 日曜 0:05 - 1:00(金曜深夜) [注釈 50]
宮城県 東日本放送(KHB) 土曜 0:25 - 1:20(金曜深夜) [注釈 51]
秋田県 秋田朝日放送(AAB) 日曜 0:35 - 1:30(土曜深夜)
山形県 山形テレビ(YTS) 金曜 0:50 - 1:45(木曜深夜) [注釈 52][注釈 53]
福島県 福島放送(KFB) 日曜 1:00 - 2:00(土曜深夜) [注釈 54]
新潟県 新潟テレビ21(UX) 日曜 0:35 - 1:35(土曜深夜) [注釈 55]
長野県 長野朝日放送(abn) 土曜 0:15 - 1:15(金曜深夜)
静岡県 静岡朝日テレビ(SATV) 木曜 0:55 - 1:55(水曜深夜)
石川県 北陸朝日放送(HAB) 土曜 0:20 - 1:25(金曜深夜) [注釈 56]
中京広域圏 メ〜テレ(NBN) 土曜 0:26 - 1:26(金曜深夜) [注釈 47]
広島県 広島ホームテレビ(HOME) 土曜 0:20 - 1:20(金曜深夜) × [注釈 57][注釈 58][注釈 53]
山口県 山口朝日放送(yab) 土曜 0:15 - 1:15(金曜深夜)
香川県・岡山県 瀬戸内海放送(KSB) 土曜 0:20 - 1:20(金曜深夜) [注釈 59][注釈 53]
愛媛県 愛媛朝日テレビ(eat) [注釈 47]
福岡県 九州朝日放送(KBC) 日曜 0:10 - 1:07(土曜深夜) [注釈 60]
長崎県 長崎文化放送(NCC) 土曜 0:20 - 1:20(金曜深夜) [注釈 61]
熊本県 熊本朝日放送(KAB) 土曜 15:30 - 16:25 [63] [64]
大分県 大分朝日放送(OAB) 日曜 0:25 - 1:35 (土曜深夜) [注釈 62]
鹿児島県 鹿児島放送(KKB) 土曜 0:45 - 1:45(金曜深夜) [注釈 63]
沖縄県 琉球朝日放送(QAB) 日曜 13:55 - 14:50 [注釈 64]
福井県 福井放送(FBC) 日本テレビ系列
テレビ朝日系列
火曜 0:59 - 1:54(月曜深夜)
徳島県 四国放送(JRT) 日本テレビ系列 日曜 1:05 - 2:00(土曜深夜) [注釈 65]
山梨県 テレビ山梨(UTY) TBS系列 木曜 0:25 - 1:20(水曜深夜) [注釈 66]
富山県 チューリップテレビ(TUT) 金曜 0:11 - 1:07(木曜深夜) [注釈 67][注釈 68]
高知県 テレビ高知(KUTV) 金曜 0:55 - 1:50(木曜深夜) [注釈 69]
宮崎県 宮崎放送(MRT) 木曜 0:00 - 1:00(水曜深夜) [注釈 70]
島根県・鳥取県 さんいん中央テレビ(TSK) フジテレビ系列 金曜 0:30 - 1:25(木曜深夜) [注釈 71]
東京都 TOKYO MX1(MX) 独立局 日曜 17:00 - 17:55 [注釈 72]
埼玉県 テレビ埼玉(TVS) 月曜 20:00 - 20:55
神奈川県 テレビ神奈川(tvk) 金曜 20:00 - 20:55 [注釈 73]
栃木県 とちぎテレビ(GYT) 火曜 22:00 - 22:55 [注釈 74]
日本全国 スカイA CS放送 平日 12:00 - 13:00他 [注釈 75]

過去に放送していた局編集

  • テレビ朝日(1992年11月 - 2005年3月)
  • IBC岩手放送(TBS系、岩手朝日テレビの開局により1996年9月終了)
  • 群馬テレビ(独立局)
  • 山口放送(日本テレビ系列とのクロスネット局(当時)、放送開始は1988年と比較的早かったが、山口朝日放送の開局により1993年9月終了)
  • 青森放送(日本テレビ系列とのクロスネット局(当時)、青森朝日放送の開局により1991年9月終了)
  • テレビ愛媛(フジテレビ系、愛媛朝日テレビの開局により1995年3月終了)
  • チバテレビ(独立局、1989年 - 1993年頃・2005年10月 - 2008年3月27日 詳細は後述)
  • 山形放送(日本テレビ系列とのクロスネット局(当時)、1992年3月23日に単発で放送[注釈 76]

関東地方での放送の経過編集

当初はチバテレビ(CTC)や群馬テレビ(GTV)といった独立局でのネットでスタート。関西出身者ばかりでなく、タモリや後に局長となる西田敏行も見ていた人気ぶりだったが、なかなか朝日放送(当時)のキー局であるテレビ朝日では放送されなかった。1991年の「アホ・バカ分布図」(前述)が民放連賞を受賞したが、受賞番組は全国ネットでの放送が事実上義務付けられるとして、総集編だけテレ朝で放送した。結果的にこれがテレ朝での初放送となった。

転機は1992年6月5日放送(朝日放送〈当時〉など)での「斬られ役の福本清三さんを『徹子の部屋』に出してあげたい!」という依頼者の要望で、本物の『徹子の部屋』のスタジオセットを借りて黒柳徹子に扮装した小枝が番組収録をした[注釈 77]。この収録直後に本物の黒柳徹子が現れ、小枝と福本の話を聞くうちに黒柳が福本に興味を持ち、福本が本当に『徹子の部屋』へ出演することとなった(1992年9月24日放送)。

地方局制作番組を関東広域圏で放送する場合、広域放送を担当する在京キー局と県域をベースにした独立U局へ同時に番組販売を行うことができない協定があるため、既にあった独立U局での番販ネットは打ち切り、同年、テレ朝での遅れネットに移行した。テレ朝では当初放送枠がなかったこともあり、土曜日2時40分(金曜日深夜)から放送(ただし、毎月最終金曜日の翌日未明は『朝まで生テレビ!』のために休止)され、1年後の1993年10月に、水曜1時40分(火曜深夜)に移動(月末休止はなくなった)。 その後、土曜日15:00 - 15:55に移動、日曜日12:00 - 12:55へ移動させた。テレ朝で日曜正午からの放送だった時代の1998年5月3日に、東京でウケそうなネタだけを集めた(マネキンと結婚したい、日本一周の息子、ドミノピザのバイクが通ると開く自動ドア、映画の『ピアノ・レッスン』で「あんなとこ、生きて通れねえ」と言っている、『忍者戦隊カクレンジャー』にブロッコリー嫌いを直してもらいたい)特別総集編がテレビ朝日のみで放送された(ナレーター: 川下大洋)。この番組のためだけのCGも作られていた。 その後、日曜16:30 - 17:25⇒再び土曜日15:00 - 15:55⇒そして、元の土曜2時(金曜深夜)頃⇒最終的に、木曜日3:12 - 4:07(水曜深夜)と再び深夜枠に移されたものの、2005年3月10日未明(9日深夜)にてテレ朝でのネットは打ち切りとなった。この時期の間、テレ朝の番組のNG特集でも何度か取り上げられたが、その際にスタジオ出演は決まって小枝のみであった。

テレ朝での放送打ち切り後は、ほぼ内容を続行する形で2005年4月7日からテレビ神奈川(tvk、同局では初)で、半年後の同年10月7日からは千葉テレビ放送(チバテレビ・CTC)での放送が再開され、関東地方では12年ぶりに独立U局でのネットが復活した(チバテレビでの放送は2008年3月27日で終了)。2007年4月2日からはテレビ埼玉(テレ玉)で放送が開始され、さらに初放送となる2局での放送が2007年10月12日から東京メトロポリタンテレビジョン(TOKYO MX)で、2008年10月7日からとちぎテレビ(GYT)で開始された。

2009年9月までの放送時間編集

制作局の朝日放送(当時)では、番組開始当初は土曜日23:30 - 翌0:25の放送であったが、1991年4月から当時放送されていた『合コン!合宿!解放区!』と入れ替わり、金曜日23:17 - 翌0:12となった。

関西・西日本地方では深夜枠にもかかわらず、視聴率が常に20%前後(1990年代には30%を超えていたこともあった)ととび抜けて高い記録が出ていることから、「関西(もしくは西日本)のお化け番組」と呼ばれている(→#視聴率を参照のこと)。関西地区の週間視聴率ランキングではゴールデンタイムの番組をも抑え、関西1位をたびたび達成している。また、北部九州地区においても視聴率ベストテンに入ることもある。

中国・四国地方では原則として同時ネットとなっている( - 2009年9月まで)。しかし、九州地方(鹿児島放送を除く2009年9月まで)、東海地方では遅れネット(約1週遅れ)になっている。また、表面上同時ネットでも、実際は事前に番組素材を朝日放送テレビから受け取り、自社で送り出しを行っている局もある(例:広島ホームテレビ【2008年9月まで】。同局ではマスターの関係上アナログ放送かつモノラル制作時代からステレオ放送が実施され、字幕放送を実施していない)。

テレビ朝日が2000年から編成の見直しに伴って連続ドラマを金曜・土曜の23時台に移動してスタートさせた『ナイトドラマ』(『SmaSTATION!!』放送期間中は金曜のみ放送)を当初は全国ANN系列同時ネットで編成する方針だったが、『探偵!ナイトスクープ』の人気と視聴率が絶大で時間枠を動かしたくないという朝日放送(当時)側の意向もあり、結局同時ネットを見送ったという経緯がある(2009年9月現在は1時間遅れで放送)。しかし『トリック』などで『金曜ナイトドラマ』がヒットし出すと、地方局(主に東日本のテレビ朝日系列局)では『ナイトスクープ』自体の視聴率低迷(といっても平日深夜としては依然として高い)で放送時間が後回しになる傾向が強まっていた。

  • テレビ朝日の『ナイトスクープ』打ち切りの影響で、長野朝日放送などが同時ネットを取りやめ、ナイトドラマ同時ネットに切り替えたところも多数存在した(長野朝日放送では、現在の『ナイトスクープ』の放送はナイトドラマ終了後の枠に放送。よって制作局に比べ、放送の遅れは約1時間ある)。
  • 司会者の西田敏行の出身地(福島県郡山市)に本社を構える福島放送では、関東地方に隣接する福島県の土地柄のためか、同時ネットを取りやめてナイトドラマ同時ネットに切り替え、『ナイトスクープ』は翌日時差ネットで放送している。
  • 琉球朝日放送(沖縄県)では、以前は朝日放送と同時刻の23:15スタート(開局から数年間は朝日放送(当時)と同時放送、そのうち放送日時が何度か移動し数週間遅れに)だったが、西日本では唯一、ナイトドラマ同時ネットに切り替えている。
  • ここ数年はリコー全英女子オープンゴルフの完全生中継が行われるため、朝日放送ローカルでは7月最終、または8月第1金曜日はこのゴルフを優先する特殊編成のため、『甲子園の道』はゴルフ終了後の翌日未明か早朝に移動させ、『甲子園の道』を本来放送するはずの23:15からは『金曜ナイトドラマ』をテレビ朝日と臨時同時ネットを行う場合がある。

インターネット配信編集

  • TVer - 朝日放送テレビでの放送終了後から次回放送日の22:17まで、最新回のみを無料配信。
  • GYAO! - 朝日放送テレビでの放送終了後から次回放送日まで、最新回のみを無料配信。

海外での放送編集

2018年5月から2019年4月までは台湾の國興衛視で週1回放送、放送内容は朝日放送にて、2011年から2016年までの放送分のセレクションで、全52回放送。 2019年10月現在は再放送として、この52回分放送を週3~4回にて再放送中。

受賞編集

  • 日本民間放送連盟賞・最優秀賞(1990年度) - 「アホとバカの境界線を探せ」(探偵:北野誠)に対して。
  • 日本民間放送連盟賞・最優秀賞(2001年度) - 「素晴らしき車椅子の旅」(探偵:北野誠)に対して。
  • 第3回関西ATP賞・グランプリ(2015年度) - 「幼稚園児、自転車で伊勢へ」(2015年3月27日放送)、「ボクシングで親父越え」に対して[65][66]

イベント編集

ナイトスクープ展
大阪梅田のHEP HALLにて番組20周年を記念したナイトスクープの展示会が2008年7月26日から8月17日まで開催された。その後、2009年2月6日から3月1日までは名古屋パルコのパルコギャラリー、2009年9月18日から10月12日まで鹿児島県鹿児島市天文館のタカプラでも開かれ、計3回開催された。
ここでは第1回からのすべての放送リストがパネルになっていたほか、第1回の台本や爆発卵に使われた現役の電子レンジ、林の料理レプリカ、「マネキンと結婚したい!」に登場したマネキン人形「フォーマルハウト」、「大和川をボート通勤」で大和川を出勤するのに使ったゴムボート、各パラダイスに置かれていた謎の看板など多彩な展示物が公開された。また、ここでナイトスクープに過去5回登場した人間パラダイス通称「マジックじいさん」こと入江光雄が2005年に99歳で亡くなっていたことも明かされていた。

脚注編集

[脚注の使い方]

注釈編集

  1. ^ 2014年10月3日放送分より実施。朝日放送テレビ・北海道テレビのみ実施。それ以前に同年4月11日放送分よりステレオ放送を実施。
  2. ^ a b 2018年3月30日(2017年度最終放送日)までは、同年4月1日の認定放送持株会社移行に伴う商号変更並びに分社化前のため、朝日放送(ABC、現朝日放送グループホールディングス)。
  3. ^ 後述の『鬼太郎少年』(2015年12月25日放送)[1] など。その他『爆笑!小ネタ集』などでも時々見られる。
  4. ^ VTR中の音声はBGMや効果音を含めてモノラル音声(モノステレオ放送)であるが、観客の拍手や声をステレオマイクで集音している。
  5. ^ 別途に制作スタッフらは公衆の面前で上岡を落涙させるべく感動取材VTRを投入するが尽く冷静で的確なコメントで切り返され、その度に地団駄を踏んでいた。
  6. ^ 西田は福島県郡山市出身だが、父が大阪府和泉市出身であり、関西とは縁があった。
  7. ^ 増田アナは2019年10月18日、11月8日、11月15日放送分で見習い秘書として出演している。
  8. ^ 初登場時のロケでの発言。この時期はちょうど誠が東京でラジオ番組を担当するため一時降板していた。この発言と依頼はDVD Vol.8に収録されている。
  9. ^ デビュー作で獲りに行った服部緑地ではロケの許可が下りず、今回は代わりに「ドブガイが居そうな」長居植物園で許可を得てロケを敢行した。
  10. ^ ラジオビバリー昼ズ』2013年5月24日オープニングトークで、17日に収録があったと松村が発言。
  11. ^ a b 2005年ごろからオープニングタイトルの直後にCMが入り、3本目とエンディングの間にCMが入らない構成になった。2012年2月24日放送分のみ、かつての構成に戻った。
  12. ^ 広島ホームテレビのように、提供ベースを空欄のまま流した後、別途ブルーバックで提供スポンサーを表示する例もある。
  13. ^ 過去に岡部秘書が、「…探偵手帳を差し上げます」と言った後、探偵手帳の中身を見せていた時期があったが、現在はお楽しみということになっている。
  14. ^ 実際に同番組でテロップが初めて付いたのは、1988年6月18日放送の「宝くじはどうすれば当たるか?」という依頼(探偵は嘉門達夫)。
  15. ^ まれに(例えば、相手が泥酔時)記号の羅列になることもある。
  16. ^ 2007年度には青森朝日放送・秋田朝日放送・山形テレビ・福島放送・長野朝日放送・北陸朝日放送・瀬戸内海放送・広島ホームテレビ・山口朝日放送・愛媛朝日テレビ・長崎文化放送・大分朝日放送・熊本朝日放送・鹿児島放送が同時ネット、12:00 - 15:25。九州朝日放送・琉球朝日放送は2008年1月12日の同時刻に時差ネット。名古屋テレビも時差ネットした。
  17. ^ ただし、『金曜ファミリープレゼント』枠内での放送は当時日本テレビ系列・テレビ朝日系列とのクロスネット局だった山形放送で同時ネットで放送された。
  18. ^ 別番組が放送される岩手朝日テレビ、東日本放送、新潟テレビ21および本番組未ネット局のテレビ朝日を除く系列局で同時ネット放送された。
  19. ^ 東日本放送、新潟テレビ21、テレビ朝日、大分朝日放送を除く系列で同時ネット放送された。唯一TBS系列であるテレビ高知も同時ネット。
  20. ^ 北海道テレビ、青森朝日放送、テレビ朝日、静岡朝日テレビ、山口朝日放送、琉球朝日放送を除く系列で同時ネットされた。東日本放送は同日の23:40 - 翌3:20、広島ホームテレビは12月31日8:00 - 11:45、新潟テレビ21は1月2日1:40 - 5:20(1日深夜)での遅れネット。
  21. ^ 2016年・2017年とも東日本放送、テレビ朝日、新潟テレビ、九州朝日放送を除く系列で同時ネットされた。九州朝日放送は同日の13:05 - 16:30、東日本放送は翌年1月2日1:30 - 4:55、新潟テレビ21は翌年1月6日0:20 - 3:45(1日深夜)での遅れネット。
  22. ^ 旧・東通ライティング
  23. ^ 東通AVセンター、2012年4月統合
  24. ^ 2011年11月まで大阪東通、2001年12月 - 2010年3月まで東通と表示。
  25. ^ 番組当初は大阪東通に所属していたが、後に制作会社「クリエイティブ・ジョーズJAWS」を立ち上げ現社長。
  26. ^ 2015年12月30日放送「年忘れファン感謝祭」ではプロデューサーを担当。
  27. ^ 番組当初は「ビデオワーク(朝日放送テレビと松竹芸能が共同出資していた制作プロダクション)」に所属していたが、解散後「ファンズプロダクション」を設立。代表取締役社長。
  28. ^ 加入当初は「SSSystem」に所属。
  29. ^ 2010年4月30日 - 、番組開始 - 1996年までは、初代プロデューサー、1996年 - 2010年4月23日までは、チーフプロデューサー。
  30. ^ 以前はチーフディレクター。
  31. ^ 制作、番組初期のみ。朝日放送の代表取締役社長、現在は取締役相談役。
  32. ^ 2018年7月27日 - 2019年2月頃まで、以前はディレクター→一時離脱→2014年7月11日 - 2018年7月中旬までプロデューサー
  33. ^ 番組黎明期には初代プロデューサーの松本が自らロケディレクターを担当する回もあった。
  34. ^ 岩田は1993年にナイトスクープのスタッフに加入、1996年に2代目プロデューサーに昇格するまでの期間はディレクターを担当していた。
  35. ^ 2018年7月27日 - 以前は、ディレクター→チーフディレクター→一時離脱
  36. ^ 現:フジテレビバラエティ制作センター→情報制作局→コンテンツ事業部CP→編成制作局制作センター第二制作室CP
  37. ^ 開始当初は各務プロダクション{現:カガミ}に所属していたが、その後JAWSへ。
  38. ^ 当時JAWS、現:毎日放送
  39. ^ 番組当初は「ブリッジ」に所属していたがJAWSに移籍。
  40. ^ 現:フジテレビ編成制作局制作センター第二制作室
  41. ^ 現:毎日放送取締役制作局長、元:Mビジョン推進室長。開始当初から放送作家として参加し、1991年頃まで関わる。その後MBSに入社。
  42. ^ 苗字が「鹿児島」である鹿児島俊光は鹿児島出身か? ということで、自身が調査対象となり番組に出演した経験がある。ちなみに鹿児島俊光は生まれも育ちも神戸であり、鹿児島県とは無関係。そのことを確認するためだけに、はるばる鹿児島空港に来させられていた
  43. ^ 番組当初から表示されたが、現在は表示無し。
  44. ^ 雨天などにより全試合中止、または放送日が休養日となった場合は除く。
  45. ^ 2009年までは局によっては朝日放送(当時)より20 - 25分程度先行して放送されていた。
  46. ^ オンエアでも触れられた。
  47. ^ a b c 字幕放送(スカイ・A sports +はHD放送のみ実施)
  48. ^ 2014年3月までは日曜 0:45 - 1:45(土曜深夜)、2015年3月までは土曜 0:50 - 1:50(金曜深夜)、2016年3月までは土曜 10:48 - 11:45、2020年6月20日までは日曜 0:35 - 1:35(土曜深夜)に放送。日曜 12:00 - 12:55にて放送していた時期もあり。
  49. ^ 2009年10月3日までは土曜 1:15 - 2:10(金曜深夜)、2016年4月2日までは日曜 0:45 - 1:40(土曜深夜)に放送。
  50. ^ 2011年10月2日までは日曜 0:35 - 1:30(土曜深夜)、2016年12月25日までは日曜 0:40 - 1:45(土曜深夜)、2020年3月までは日曜 0:30 - 1:25(土曜深夜)に放送。
  51. ^ 2010年3月27日までは土曜 0:25 - 1:20(金曜深夜)。
  52. ^ 2010年3月28日までは日曜 0:30 - 1:25(土曜深夜)、2010年12月18日までは土曜 12:00 - 12:55、2013年3月23日までは日曜 0:45 - 1:40(土曜深夜)。
  53. ^ a b c アナログ放送かつモノラル制作時代からステレオ放送を実施。
  54. ^ 2016年12月25日までは日曜 1:15 - 2:15(土曜深夜)に放送。
  55. ^ 2009年3月までは日曜 0:30 - 1:30(土曜深夜)、2009年4月から2017年3月までは土曜 0:20 - 1:20(金曜深夜)、2017年4月から2018年3月までは再び日曜 0:30 - 1:30(土曜深夜)。2018年4月より、開始時刻を5分繰り下げて放送。
  56. ^ 2020年4月4日(3日深夜)から現在の放送時間。2020年3月までは土曜 0:20 - 1:30(金曜深夜)、CM枠を増やし放送時間を繋いでいた為、放送時間が他のネット局より長くなっていた。
  57. ^ 2014年2月1日までは1週遅れの放送だったが、事情により朝日放送1月31日放送分を飛ばし、2月8日より朝日放送2月7日分の内容を放送したため63分遅れに戻った。
  58. ^ 不定期に金曜 23:15 - 翌0:15に放送時間が変更となる時がある。
  59. ^ 2009年10月2日までは金曜 23:15 - 翌0:15、2009年10月10日から2011年4月2日までは現在と同じ時間での放送だった。しかし、テレビ朝日の番組(タモリ倶楽部・おねがいランキング)を同時ネットする関係で同年4月10日から2012年4月1日までは日曜 12:00 - 12:55の放送だったが、同年4月9日以降再び現在の放送時間に復帰。
  60. ^ 2010年4月4日放送分からアナログ放送はレターボックスで放送。1994年9月までは日曜の深夜[疑問点]に放送されていた。その後2009年9月まで金曜23時台で放送された。
  61. ^ 2009年10月から2010年9月までは土曜 12:00-13:00で放送。
  62. ^ 2011年3月26日までは15日遅れで土曜 0:20 - 1:20(金曜深夜)に放送。2014年12月までは16日遅れで日曜 0:30 - 1:30(土曜深夜)に放送。
  63. ^ 2016年4月3日までは日曜 15:25 - 16:25、2009年10月から2015年3月までは日曜 16:20 - 17:20、2009年9月までは同時ネットで字幕放送を行っていた。
  64. ^ 2018年4月より時間変更。2018年3月までは木曜 0:50 - 1:45(水曜深夜)、2014年3月までは土曜 15:00 - 15:55。
  65. ^ 最初は未明帯に放送。2010年9月までは土・日曜の日中に放送。ただし、編成の都合で休止が多かった。エンド5秒は現在の時間になってから放送されるようになった。
  66. ^ 本局のネット開始により、佐賀県を除いた全国で完全ネットとなったことがある。その後テレビ朝日の離脱で崩れた。
  67. ^ 2016年4月より現在の放送時間に移動。それまでは土曜夕方や未明帯、平日午前中に放送されていた。
  68. ^ 2010年9月まではエンド5秒は無く、エンドカードのみ表示されていた。
  69. ^ 1999年10月頃は土曜 19:00 - 19:54で放送。
  70. ^ 2010年6月26日までは土曜 13:00 - 13:54、2010年7月から2013年3月までは水曜 23:55 - 翌0:50、2013年4月から2014年3月までは木曜 0:05 - 1:00(水曜深夜)、2014年4月から12月までは水曜 19:00 - 19:56。
  71. ^ 2016年9月16日までは金曜 0:40 - 1:35(木曜深夜)。
  72. ^ かつて金曜夜放送時代は2008年11月から当該時間帯にマルチ編成を行っていたためデジタルはSD16:9での放送(2009年2・3月を除く、2009年9月まで)、土曜夕方放送時代は東京シティ競馬中継、野球シーズン中の場合は『STRONG!ホークス野球中継』が行われた場合マルチ編成になるためデジタルはSD16:9での放送を行う。マルチ編成時には差し替えで放送されない場合あり。朝日放送制作の別番組に差し替えの場合もある(2012年8月4日の『雨上がりのやまとナゼ?しこ』への差し替えなど)。日曜夕方放送になった2013年4月以降もマルチ編成時は中止になる場合がある(夢・応援!女子プロ野球中継や東京シティ競馬中継などに差し替えられる)。
  73. ^ 2012年3月29日までは木曜 19:00 - 19:55。4月12日から2018年3月29日までは木曜 20:00 - 20:55。2018年4月7日より土曜 20:00 - 20:55。2019年10月頃より金曜 20:00 - 20:55。野球中継やラグビー中継、神奈川県議会中継などで休止の場合あり(その場合の休止回のフォローなし、後日同時間枠にて放送することもある)。
  74. ^ 2014年12月26日までは金曜 19:00 - 19:55に放送。2014年12月26日から2015年4月7日までは一時休止。
  75. ^ 回によっては編成や権利上の都合などで放送されない場合がある。
  76. ^ 山形新聞』1992年3月23日付朝刊テレビ欄より。
  77. ^ 福本清三が『徹子の部屋』に初めて登場した1992年9月24日の放送では、冒頭で黒柳徹子が(当時無名に近かった)ゲストの福本がどういう人物なのかを口頭で説明した後、なぜ福本を呼んだのか、という理由を述べる際に「実は、大阪の朝日放送で放送されております、『探偵!ナイトスクープ』という番組の収録で…」と紹介したあと、朝日放送(当時)から映像提供を受けてナイトスクープでの放送シーンの一部(黒柳に扮した桂小枝と福本がセットのソファーに座っている時に黒柳が登場した瞬間など)を放送した。

出典編集

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  2. ^ a b 日刊スポーツ大阪本社版、2018年3月29日付19面「探偵!ナイトスクープ ナゼ? 30年にもわたって愛されてきたのかその秘密に迫ります」
  3. ^ 彼自身の涙もろいキャラクターがそのまま反映されている。
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  46. ^ 一時、改行されていない時期もあった。また上岡時代と松本時代の2020年7月24日以降の放送分は、「〇〇探偵局長が」と局長の名前が付け加えられている。上岡時代には「“上岡探偵局長”が」とダブルクオーテーション囲みで強調されている時期もあった
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  59. ^ 探偵!ナイトスクープ 年忘れファン感謝祭2017 - gooテレビ番組(関西版),2017年12月31日
  60. ^ 探偵!ナイトスクープ 25周年記念!グランドアカデミー大賞 - gooテレビ番組(関西版),2013年3月1日
  61. ^ 「ナイトスクープ」即ネットで見られる!ABCテレビ「TVer」配信へ - スポーツ報知(2016年9月12日付トピックス)
  62. ^ 「探偵!ナイトスクープ」がAbemaTVに登場!
  63. ^ 2019年9月までは土曜 0:15 - 1:15(金曜深夜)に放送。2019年10月より『相席食堂』が移動するため、2019年10月から2020年3月まで土曜 15:00 - 15:55に放送。2020年4月より『中居正広のニュースな会』が30分拡大するため、現在の時間に変更。
  64. ^ 13:30 - 15:30(2020年3月以前は13:00 - 15:00)に不定期に放送している『THEカラオケ★バトル』などの3時間スペシャルを放送する場合やゴルフなどのスポーツ中継を放送する場合は放送休止。
  65. ^ 第3回 関西ATP賞”. 一般社団法人 全日本テレビ製作社連盟. 2016年2月18日閲覧。
  66. ^ 西田局長バンザイ!ナイトスクープに“関西テレビ界のアカデミー賞””. スポニチアネックス (2016年2月18日). 2016年2月18日閲覧。

参考文献編集

関連項目編集

  • 仮面ライダー電王 - 2007年4月13日放送分で、「サボテンを怖がる3歳児」(探偵は石田靖が担当)にて仮面ライダー電王(ソードフォーム)が登場。依頼者の3歳になる息子が電王のファンであるため、石田はサボテン嫌いを直そうと電王を呼んだ。ただし電王は一言も喋らなかった。
  • ロードオブメジャー - さらば碧き面影PVに、桂小枝が特別出演。冒頭と最後の内容は、なぜかナイトスクープのようになっていた。
  • ローカルCM - しばしば番組の中で、調査対象となる。関西地域のローカルCMが主な対象。
  • ラジオフォーラム - 2014年2月15日ラヂオきしわだ基準)更新の番組で元探偵・立原が「ナイトスクープは何がおもしろかったのか?」と題してゲストコーナーに出演した。

外部リンク編集

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