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Jean-Jacques Rousseau, Discours sur l'oeconomie politique, 1758

政治経済学(せいじけいざいがく、英語: political economy)は、経済現象を社会的な構造や諸制度、文化、政治体制などを含めた広い視野から分析する学問[1]


目次

主流経済学での政治経済学編集

主流の経済学における政治経済学は、社会選択理論ゲーム理論といった数理的手法および計量経済学の統計的手法によって、経済政策や経済的パフォーマンス等を政治制度や政治的アクターの行動等によって説明しようとする研究分野である。社会選択理論は、投票制度をはじめとする制度の記述とそのパフォーマンスの (公理的) 分析のために有用である。ゲーム理論は複数のアクターの行動が互いの利得に影響しあう「戦略的状況」の分析に有用であり、個々の主体のインセンティブを考慮したうえで,行動の帰結を予測するために用いられる。英語では、political economicsと呼ばれることもある。

次の3つの源流がある[2]

  • 実証政治理論:主体の行動に「合理性」を仮定して、投票制度などを社会選択理論などを用いて分析する政治学の分野である。社会選択理論やゲーム理論といった数理的手法の厳密な適用が特徴である。社会選択理論とゲーム理論は補完的に用いられることが少なくない。たとえば投票ルールを分析するために、まず社会選択理論的手法で (選好から帰結への対応として) ルールを記述し、次にそのルールのもとでのひとびとの行動をゲーム理論の概念である「均衡」によって予測する、という具合である。ローチェスター学派によって主導されてきた。ウィリアム・ライカーダンカン・ブラックアンソニー・ダウンズが代表的研究者である。
  • 公共選択論:政治的要因が財政、貿易政策、規制などに与える影響をゲーム論などを用いて分析する経済学の分野である。実証政治理論に比べて、 公共選択論は、ミクロ経済学やゲーム理論をやや軽めに用いることが多かった。たとえば個人レベルの選好やコストまでに溯ることなしに、意思決定その他のコストやアクターの合理性にアドホックな仮定 (獲得予算最大化など) を置くこともあった。ヴァージニア学派によって主導されてきた。ジェームズ・ブキャナンゴードン・タロックマンサー・オルソンが代表的な研究者である。

歴史編集

経済学は、当初それ自体の名称がpolitical economy(ポリティカル・エコノミー=政治経済学)であった。これはeconomy(エコノミー=経済)が語源的・本来的には 家計術あるいは家政学といった意味なので、そこに「国の」という意味の形容としてpoliticalがつけられていたからだ、とよく説明される。そのため古典派経済学の著作では「political economy」を「政治経済学」ではなく単に「経済学」と訳すのが一般的である。

古典派経済学においてはその創始者とされるアダム・スミスの所論が重商主義批判であったのをはじめ、デヴィッド・リカードフリードリッヒ・リストによる自由貿易保護貿易の論争など、その多くに政治的・政策的な主張が含まれていた。また、ジョン・スチュアート・ミル経済学者であると同時に政治学者でもあった。そのため、本来「political」には「政治的」あるいは「政策的」の意味が含まれていたが、後にその問題意識が見失われた、という主張もある。

現在では、元々は異なる学問体系であった政治学と経済学が融合し、従来とは違った意味で「political economy」と呼ぶに相応しい研究成果もいくつか存在する。その中には、単に経済学を他の分野に適用したに過ぎないものから、従来の経済学を覆すような根本的に異質な仮説を置くものまでが含まれ、日本語でまさに「政治経済学」と訳すにふさわしいものも存在する。[要出典]

いずれにせよ、経済学と政治学は、基本的には接合不可能なほどに異なる学問体系を持つものである。政治経済学は一応それらの学際分野ということにはなるが、[独自研究?]独立・単一の学問体系をなしているものではない、という点は留意を要する。むしろ、経済学か政治学の一方に立脚する研究者が、それぞれ独自に他方の研究対象である政治か経済を視野に入れて行った研究の自称として用いてきた、という方が実態に近い。経済学と政治学の何れも専門としない人が、自らの政治・経済に対する見解をまとめたものを政治経済学と称している例すら、ないとは言い切れない。[独自研究?]もとより近い立場のものをまとめる動きはあるものの、異なる立場の用法は無視、さらには排除される傾向すらみられる。[独自研究?]

政治経済学の多義性編集

「政治経済学」は多義的であり、以下のような意味で用いられることがある。

  • 主流経済学が「ポリティカル」をつけずに「エコノミー」や「エコノミクス」だけで「経済」や「経済学」を意味させるようになると、これに対する批判も含め、「ポリティカル」に意識的に「政治」の意味を込めた用例も見られるようになってくる。
  • マルクス経済学では、経済のあり方に対する国家が与える影響を考察するものなどが「政治経済学」と呼ばれることがある。マルクス経済学の本旨は、(古典派)経済学への批判にあった。その当初から、古典派経済学の政治への問題意識を批判的に継承するとともに、その分析対象として、政治体制経済体制を含む社会全体を視野に入れてきた。戦後になると、再びマルクス経済学や、それに理解を示す経済学者によって「政治経済学」が用いられる例が増えた。例えば都留重人宮本憲一によるものである。冷戦崩壊後の現在では、「政治経済学」という言葉がマルクス経済学の発展的継承という意味で用いられることもある。これは自称であり、実態はマルクス経済学そのもの、という場合も少なくない。
  • 欧米では、戦間期から戦後にかけて、新古典派以降の経済学とマルクス経済学の何れにも属さない立場や、一方に飽き足らなくなった立場からの研究が「政治経済学」と呼ばれた。その初期の代表例は、カール・ポランニーによる『大転換』である。また、現在は環境経済学で参照されることが多い、ウィリアム・カップの『私的企業と社会的費用』も最終的に民主主義論に到達する。さらに、ケネス・E・ボールディングも、『経済学を超えて』の中で経済学から政治学を指向する必要性を説き、独自の「政治経済学」を構築した。日本でも、経済学史研究から多彩な展開を見せた玉野井芳郎の業績などを政治経済学と位置づける見解も存在する。
  • 国家内や国家間の政治的・経済的な力関係を異なる観点から位置づける、自由主義現実主義マルクス主義構成主義などの分析を比較し、総合的に活用する分野が「政治経済学」と呼ばれることがある。例えば、ギャリー・ロダンによるシンガポールの政治経済体制分析がこれに当たる。
  • 戦時期の日本では、言論弾圧によりマルクス経済学が壊滅したのち、いわゆる近代経済学内部で、より総力戦体制の構築に関与する立場の経済学が「政治経済学」と呼ばれた。これは、理論研究を重視する純粋経済学と区別されることを意図したものである。前者の代表が大熊信行であり、後者の代表が中山伊知郎である。
  • 国際関係を政治経済の視点から研究する分野が「国際政治経済学」と呼ばれる。これには次のようなものが含まれる。
  • 20世紀後半以降、環境問題の顕在化とともに、いくつかの異なる文脈でpolitical ecology(ポリティカル・エコロジー)という言葉が使われるようになってきた。そのうち学術的な意味でのpolitical ecologyは単に「政治的なエコロジー」あるいは政治生態学ではなく、political economyのもじりとされるとともに、実質的にも特に従属理論や世界システム論を念頭に置いた意味での政治経済学の環境版とされている。なお、日本ではpolitical ecologyは、政治経済学や環境経済学、政治学よりも環境社会学での紹介・受容が進んでいる。

脚注編集

  1. ^ 宇仁宏幸, 坂口明義, 遠山弘徳, 鍋島直樹『入門社会経済学―資本主義を理解する』、ナカニシヤ出版、2004年、1-3頁。
  2. ^ Torsten Persson and Guido Tabellini, Political Economics: Explaining Economic Policy, MIT Press, 2000, 2-3.

関連項目編集