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政開(せいかい、정개)は、後高句麗(泰封)の弓裔が用いた元号914年 - 918年

  • 5年(918年)6月に後高句麗(泰封)の勢力は弓裔を見限って王建を推戴し、弓裔は殺された。王建は国号を高麗と改めるとともに天授と改元した。

西暦・干支との対照表編集

出典編集

三国史記』巻三十一・年表下・甲戌 (唐)乾化四年

(弓裔称王十四年) 改元政開

『三国史記』巻十二・新羅本紀・景明王二年

(二年夏六月)弓裔麾下人心忽変。推戴太祖。弓裔出奔、為下所殺。太祖即位称元。
※ここでいう太祖とは高麗太祖(王建)を指す。

参考文献編集

  • 『三国史記』朝鮮史学会編集、近澤書店、初版1928、第三版1941(影印 保景文化社、서울、1981)
  • 『三国史記』第1巻 金富軾井上秀雄訳注、平凡社〈東洋文庫372〉、1980 ISBN 4-582-80372-5
  • 『三国史記』第3巻 金富軾撰 井上秀雄訳注、平凡社〈東洋文庫454〉、1986 ISBN 4-582-80454-3


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