敦固親王

平安時代中期の皇族。二品・兵部卿。子に源宗至(源宗室、従四位下)、寛忠(906-977.4.22、池上僧都、仁和寺、我覚寺、池上寺、法務、大僧都、内供、東寺三長者)
敦固親王
時代 平安時代前期 - 中期
生誕 不詳(寛平3年(891年)以前)
薨去 延長4年12月28日927年2月3日
別名 桃園兵部卿宮
官位 二品兵部卿
父母 父:宇多天皇、母:藤原胤子
兄弟 醍醐天皇斉中親王斉世親王敦慶親王敦固親王、斉邦親王、均子内親王柔子内親王君子内親王、戴明親王、敦実親王、孚子内親王、成子内親王、依子内親王、行中親王、誨子内親王、季子内親王、雅明親王、行明親王、源順子
慶子内親王
源宗至、源宗城寛忠
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敦固親王(あつかたしんのう)は、宇多天皇皇子醍醐天皇の同母弟。官位二品兵部卿桃園兵部卿宮と称した。

経歴・人物編集

寛平3年(891年)兄弟の斉邦とともに親王宣下を受ける。延喜2年(902年元服し、醍醐天皇が直接位記を記して三品に叙せられる。のち、大宰帥兵部卿を歴任し、二品に至る。延長4年(926年)12月28日薨去。最終官位は二品兵部卿。

管弦に長じ、内宴では度々琵琶を担当した。一条北大宮・世尊寺南に邸宅を構え、桃園兵部卿宮と称された。勅撰歌人として『後撰和歌集』に和歌作品が1首入集している。

官歴編集

注記のないものは『日本紀略』による。

系譜編集

尊卑分脈』による。

脚注編集

  1. ^ a b c 『貞信公記』
  2. ^ 『尊卑分脈』

参考資料編集

  • 『大日本史料』1編5冊
  • 『本朝皇胤紹運録』