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新仁義なき戦い

新仁義なき戦い』(しんじんぎなきたたかい)は1974年昭和49年)12月28日東映で公開された日本映画。「仁義なき戦いシリーズ」の番外編「新仁義なき戦いシリーズ」第一弾。

新仁義なき戦い
監督 深作欣二
脚本 神波史男
荒井美三雄
原作 飯干晃一
製作 日下部五朗
出演者 菅原文太
若山富三郎
渡瀬恒彦
音楽 津島利章
撮影 吉田貞次
編集 宮本信太郎
配給 東映
公開 日本の旗 1974年12月28日
上映時間 98分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
配給収入 3億9700万円[1]
前作 仁義なき戦い 完結篇
次作 新仁義なき戦い 組長の首
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3億9700万円の配給収入を記録、1975年(昭和50年)の邦画配給収入ランキングの第9位となった[1]

目次

概要編集

広島ヤクザの抗争を描いた「仁義なき戦いシリーズ」がヒットしたのに続いて、同シリーズのコンビ、監督深作欣二主演菅原文太で新シリーズを企画し、ヒットした。舞台は1950年(昭和25年)秋、呉の山守組組員三好万亀夫は浅田組々長を拳銃で撃ち、殺人未遂で8年間刑務所へ収監。1959年昭和34年)11月に三好は仮出所するが、その後の山守組の内紛劇を描く。仁義なき戦い第1作目とほぼ同じ題材だが、クライマックスである「青木襲撃事件」を関側からの視点で描く等の違いがある。 

1966年(昭和41年)の『網走番外地 北海篇』から、この前年の『ゴルゴ13』まで東映の正月興行第一弾は、9年連続で高倉健が務めてきたが、初めて菅原文太=深作欣二コンビが第一弾を務めた[2]

萩原健一渡哲也出演の報道も出たが[2]、実現しなかった[2]

ストーリー編集

1950年(昭和25年)秋、広島県呉市の極道組織・山守組組員の三好万亀夫は、組の命令で対立組織の浅田組長を襲撃する。この事件で三好は懲役11年の刑にて服役。三好の服役の間に山守組は大きく成長するが、組内は組長・山守義雄と若頭・青木尚武とが対立し、幹部組員の難波茂春や坂上元もそれぞれの思惑で行動するようになる。山守と青木は刑務所の三好にそれぞれ面会を求め、互いに相手の中傷をして自陣営へ引き込もうと画策する。1959年(昭和34年)春、三好は仮出所。居住地を名古屋に制限された三好は、組から十分な待遇もなく、子分・北見登と一緒に山守の甥の建設会社(山守建設名古屋支店)に居候する。三好の放免祝いが開かれ、組幹部全員が出席するが、その席で青木は山守、難波、坂上と口論。こうした組の状況に三好は当惑する。数日後、青木の配下組員が広島市内で難波を殺害する。難波は青木を牽制するために広島の最大組織・海津組に接近を図っていた。青木は難波を殺害して難波の企みを潰すと同時に、青木自らが海津組長・海津卯之吉に取り入り、自分の後楯になってもらった。三好はこの事件に大きな衝撃を受け、青木に不信を募らせるが、一方で山守に対しても自分と青木の仲を裂き、あわよくば青木を殺害させようとする腹黒さに愛想が尽きていた。

翌年の新年、経済的に困窮し、数人の子分を養うにも事欠く状態になっていた三好に、青木は金銭的支援をしてやるので呉に来るよう電話をしてくる。青木が自分に危害を加えるのではないかと疑念を抱く三好は、青木の目を欺くため情婦の在日朝鮮人ホステス・中野恵子を伴って呉の青木宅へ出向く。青木は三好を歓待するが、恵子は三好の行動から自分が楯に使われている事を知り、三好と激しい口論をして去っていく。呉に滞在中、三好は、刑務所兄弟分で難波組の幹部の関勝と会う。親分・難波の仇討として青木を狙う関に対し、三好は自重するよう諭す。

青木は三好が自分に従わないと判断し、殺害することを企てる。これを事前に察知した三好は呉を脱出し四国・松山の緒方組に身を寄せる。さらに青木は親分・山守に圧力をかけ、無理やり引退に追いやった。そして難波組の跡目継承にも介入し、自分の意に沿う難波組若頭・野崎満州男を強引に難波組長に据え、これに反対する関を襲撃、重傷を負わせた。

山守は引退したが復権を虎視眈々と狙い、青木に面従腹背の組幹部・坂上元を動かす。坂上は、関の子分たちに青木への報復・殺害をそそのかす。坂上は三好にも接触し、青木暗殺に協力するよう求める。三好は山守の魂胆を見抜くが、自分の将来を考え青木暗殺を支援することを決める。

青木殺害の計画が決まったにもかかわらず、坂上はなかなか実行に移さない。しびれを切らせた三好は坂上を詰問。坂上は海津組が背後にいるので青木を殺害できないと言い訳をする。そこで三好は指を詰め海津にさし出し、青木の後楯を立ち切らせておいて、子分の北見を介して関の子分達に青木襲撃の策をさずけた。1959年(昭和34年)秋、青木の主催する興行開催の白昼、関の子分達が青木を襲撃。激しい銃撃戦の末、深手を負い、よろめきながら逃げようとする青木の目の前に、襲撃の傷が治らず松葉杖で体を支える関が突然現れる。命乞いする青木に対し、関は弾が尽きるまで拳銃を発射し、とどめを刺した。数日後、山守宅で祝盃があげられ、山守は三好を日本一の極道と称賛。かくて三好は山守組幹部として復権したのであった。

キャスト編集

スタッフ編集

脚注編集

  1. ^ a b 『キネマ旬報ベスト・テン全史: 1946-2002』 キネマ旬報社、2003年、206-207頁。ISBN 4-87376-595-1
  2. ^ a b c 黒井和男「興行価値 日本映画 『新』を問われるヒット作の中身」、『キネマ旬報』、キネマ旬報社、1975年1月新年特別号、 198-199頁。

関連項目編集

外部リンク編集