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新明解国語辞典第七版特装青版

新明解国語辞典』(しんめいかいこくごじてん)は、三省堂が発行する国語辞典の一つ。版元による正式な略称は「新明国(しんめいこく)」だが、一部ファンには「新解(しんかい)さん」の愛称で親しまれている。

概要編集

言葉の持つイメージに踏み込み、ときに裏の意味まで明らかにしようとする、充実した語釈や用例に定評のある小型国語辞典。初版から編集主幹を務める山田忠雄のもと、独創的かつ高度な内容で高い評価を獲得した。前身の『明解国語辞典』を含めた、各版合計の累計発行部数を2,200万部とし、この数字をもとに「日本一売れている国語辞典」として語られる。いまなお小型国語辞典カテゴリで圧倒的なシェアを誇るベストセラーである。

沿革編集

 
電子辞書に収録された新明解国語辞典

成立編集

母体となった『明解国語辞典』(明国)は、のちに『三省堂国語辞典』(三国)の主幹となる見坊豪紀が中心となって編纂された辞書である。見出し語の収集・整理と執筆は見坊がほぼ独力で行い、山田は原稿の段階から校閲・助言の任に当たり、金田一春彦に依頼してアクセント表記を加えた。見出しを表音式かなづかいとし、口語体で簡潔な語釈につとめた「明国」は、1943年という戦時中の物資不足のなかで発売され、コンパクトながら引きやすく分かりやすい実用的な辞書として広く受け入れられた。

戦後の改訂版(1952年)を挟んで、上述の三人による協力体制で改訂作業が続けられていた「明国」だったが(途中から柴田武が加わる)、1960年に「三国」が刊行された頃から、見坊は徹底的な用例採集の必要性を痛感し、それに多くの時間を割くようになり、「明国」の改訂作業が滞りがちになっていった。そこで編者たちと出版社は相談の上、見坊は「三国」と用例採集に専念することとし、「明国」改訂版の取りまとめを山田に一任することにした。

こうして山田の主導のもと、1972年に完成された改訂版が、『新明解国語辞典』(新明国)である。山田は腹案していた「文章による独創的な語釈」を徹底させるべく、改訂作業をほとんど独断で行った。さらには序文において、基礎作業に多大な時間を費やす見坊を「事故有り」と表現し、自分はやむなく編集主幹を継承し、内容の刷新に踏み切ったという態度をとった。これにより両者は袂を分かち、以降見坊は「三国」、山田は「新明国」の代表として、それぞれの辞書づくりを進めていくことになった。

ユニークな語釈とその反響編集

山田は国語学者として主に古典分野で確固たる地位を築いていた一方で、辞書史研究をライフワークのように継続していた。その中で山田は、堂々巡りの語釈[1]や既存の辞書の引き写し(盗用・剽窃)のような語釈[2]という、それまでの国語辞典が陥っていた問題点に気づき[3]、これらを徹底して排除する必要性を痛感していた[4]。その手段として、文章で語の内容を詳しく説明する方針によって、類義語を示すだけの語釈を避け、他社に模倣をためらわせる高い独自性のある語釈とすることを構想するようになった。

「文章による語釈」を可能な限り徹底し、かつ山田の独力でほぼ全体を執筆した「新明国」は、刊行されてから間もなく大野晋などから批判があったが[5]、一部の語の記述において山田自身の意見や人生経験が色濃く反映されることがあり、呉智英武藤康史井上ひさしなどから、従来の国語辞典の概念を超える特殊な面白さが指摘されるまでになった。特に有名なのは、1996年に刊行された赤瀬川原平著『新解さんの謎』によるもので、語釈や用例の文章から読み取った人格に「新解さん」と愛称をつけて、くまなく読み込んで楽しむ、という主旨のものである[6]

「読んで面白い辞書」としての反響は出版・文筆業界にとどまらず、TBSラジオの人気番組「大橋照子ラジオはアメリカン」で、「金田一先生の辞書」[7]としてリスナーによりネタにされ、番組を盛り上げるのに一役買っていた。「恋愛」「動物園」などの項目の説明は、特に「新明国」らしさが強く出ているとされた[8]21世紀になってからの日本語ブームを背景に、「タモリのジャポニカロゴス」(フジテレビ系)をはじめとしたテレビ番組マスコミでもたびたび紹介されている。

こうした「新明国」の強烈な個性は、言葉の説明を通して、ある種の世間知を記述・共有し、円滑なコミュニケーションに資するという理念から生まれたもので、語から受ける印象や、実社会での用い方の参考として有意義な側面がある。しかし一方で、ときに偏見と思われるような、特定のモノやサービスについての印象を貶める表現になっている項目があり、抗議によって修正を余儀なくされる事態さえ起こった[9]

山田の没後、柴田武が編者代表となった第五版からは、編集会議による意見交換が行われるようになり、「語のイメージを喚起する豊かな記述」という方針はそのままに、悪意や偏見と取られかねない記述はできるだけ避ける方向へと舵が切られている。

現在編集

2011年12月発行の第七版が最新版である。「新明解」の名はブランドとなり、この語を冠した古語辞典漢和辞典、アクセント辞典などの特殊辞典が続々と出版された[10]

ラインナップとして、並版と装丁の異なる特装版・革装版と、判型の異なる小型版・机上版・大活字版がある。特装版は特製ケースに白い表紙カバーを採用したものであり、第5版より追加された。また第7版ではサイズが従来よりも若干大きくなっている。第7版では特装版のほか、『新明解』初版の色に由来する特装青版も限定発売されている[11]

改訂履歴編集

明解國語辭典編集

新明解国語辞典編集

その他の新明解シリーズ編集

「新明解」シリーズの古語・漢和辞典は、同時期に刊行されている『新明解国語辞典』に合せたカバーデザインとなっている。古語辞典・漢和辞典では、国語辞典の改訂に合わせてデザインが変更になることもあり、同じ版であっても発売時期によって表紙・箱が異なる物が存在する。

『新明解国語辞典』は今なお三省堂の発行する国語辞典の筆頭格であるが、古語辞典と漢和辞典は90年代を最後に改訂が止まり、高校生向け辞典としての役割は、それぞれ『全訳読解古語辞典』および『詳説古語辞典』、『全訳漢辞海』および『新明解現代漢和辞典』に引き継がれている。

古語辞典編集

『明解古語辞典』は金田一春彦が中心となって編纂された。当時、現代語のみをまとめた小型国語辞典は存在したが、そこで省かれた古語(上古〜近世の語彙)を調べるには、『大日本国語辞典』や『大言海』のような大型辞典か、『広辞林』『辞苑』といった中型辞典に頼る必要があり、学習者に不便を強いていた。現代語と意味の変わらない語彙・語釈を除き、古語のみを扱う方針を徹底することで、小型国語辞典と同等のサイズで豊富な古語情報を提供した『明解古語辞典』は、のちに多くの出版社が追随する学習者向け古語辞典の原型となった。『新明解国語辞典』と揃える形で書名が変更されたが、それ以降もほぼ同一の編者による改訂版である。

漢和辞典編集

『明解漢和辞典新版』は長澤規矩也が中心となって編纂された。長澤は1937年に同じ三省堂から『新撰漢和辞典』(宇野哲人・長澤規矩也編)を出しており、そこで『康煕字典』の部首索引を現代日本の利用者が引きやすいように改変するなど、学習者向けの漢和辞典を志向するいくつかの工夫を行った。これを発展継承したものが『明解漢和辞典新版』である。書名に「新版」とあるのは、1927年刊の『明解漢和辞典』(宇野哲人編)との重複を避けるためだが、内容的には旧版を改訂したものではない。古語辞典と同様に、書名が変更されつつも同一の編者による改訂が行われていた。

『新明解現代漢和辞典』は、長澤の漢和辞典を直接引き継いだものではなく、三省堂『例解新漢和辞典』の編者のひとりである影山輝國が主幹となって新たに作られた。

その他特殊辞典編集

  • 明解日本語アクセント辞典(初版1958年、第二版1981年)
  • 新明解日本語アクセント辞典(初版2001年、CD付2010年、第二版CD付2014年)
  • 新明解百科語辞典(1991年)
  • 新明解四字熟語辞典(初版1998年、第二版2013年)
  • 新明解故事ことわざ辞典(初版2001年、第二版2016年)
  • 新明解語源辞典(2011年)
  • 新明解類語辞典(2015年)

参考文献編集

  • 山田忠雄著『壽蔵録』1993年
  • 辞典協会編『日本の辞書の歩み』辞典協会、1996年
  • 武藤康史編、柴田武監修『明解物語』三省堂、2001年
  • 佐々木健一著『辞書になった男 ケンボー先生と山田先生』文藝春秋、2014年

関連項目編集

脚注編集

  1. ^ 「A」を引くと「B」と書いてあり、「B」を引くと「C」と書いてあり、「C」を引くと「A」と書いてある、というような状況。たとえば、ある辞書で「キス」を引くと〈くちづけ。接吻〉とあり、同じ辞書で「くちづけ」を引くと〈接吻。キス〉とあり、「接吻」を引くと〈くちづけ。キス〉とある場合、これは「キス→くちづけ→接吻→キス」という換言の反復であって、語義を説明していることにはならない。
  2. ^ 語尾や順序を少し変えただけで、ほぼ同じ内容のもの。たとえば、ある辞書で「かがる」を引くと〈布の端が解れないように、内側から外側へ糸を回しながら縫う。〉とあり、別の辞書で「かがる」を引くと〈裁ち目などがほつれ出さないよう、内から外へ糸をまわしながら縫う。〉とあるような場合を指す。
  3. ^ ただし、後者の語釈に関しては「真似されるということは信用されているということであり、すぐれた点が多いということ」であって、「いくら真似するなといってもすぐれた辞書は何らかの点で模倣されるだろう」という意見もある(松井栄一「真似されるほどにすぐれた辞書を」『総合教育技術』27(12)、1973年1月、小学館)。
  4. ^ 初版の序文に「思えば、辞書界の低迷は、編者の前近代的な体質と方法論の無自覚に在るのではないか。先行書数冊を机上にひろげ、適宜に取捨選択して一書を成すは、いわゆるパッチワークの最たるもの、所詮芋辞書の域を出ない。」とある。この序文に登場する「芋辞書」と「パッチワーク」について、前者は〈大学院学生などに下請けさせ、先行書の切り貼りででっち上げた、ちゃちな辞書〉、後者は〈創意の無い辞書編集にたとえられる。〉と説明されている。
  5. ^ 大野晋「国語辞典を読む」(『朝日ジャーナル』17(16)、1975年4月18日、朝日新聞社)で「私の印象では『新明解国語辞典』の訳語の中には、適切を欠く点がかなりあるように思う」と述べる。なお、刊行直後には〈拡大鏡〉なる人物の「嘆かわしい"権威"ある辞典―『明解国語辞典』の新版を見て―」(『朝日ジャーナル』14(15)、1972年4月14日、朝日新聞社)と題する皮肉を込めた批判に満ちた記事がある。
  6. ^ 書中で引用されているのは、初版(第1刷)、第二版(第2刷)、第三版(第46刷)、第四版(第5刷、第22刷)で、巻末に明記されている。
  7. ^ 当初は編者に金田一京助・春彦父子も編者に名を連ねていた(京助は刊行前の1971年に死去)。ただし、春彦は「行き過ぎた語釈の修正を再三にわたって申し入れたが、聞き入れられなかった」ことを理由に、第四版から編集委員を辞している。
  8. ^ 第四版における「動物園」の記述は物議を醸し、途中から語釈が訂正された。
  9. ^ たとえば、東京の都立高校の社会科教員グループから「弱者について、一貫して差別、偏見の意識が流れている」とクレームが入り、「老爺」「貞淑」などの老人や女性に関する記述が訂正されたという(「偏見・差別"明解"過ぎて…/三省堂『新明解国語辞典』を手直し」『朝日新聞』夕刊、1984年11月30日付)。
  10. ^ この中には、もと「明解」と冠していたものも含まれる。
  11. ^ 甦る、初版由来の“青い新明解” 『新明解国語辞典 第七版 特装青版』を限定発売!

外部リンク編集