日光川

伊勢湾に注ぐ河川

日光川(にっこうがわ)は、愛知県北西部を流れて伊勢湾に注ぐ河川二級水系日光川の本流である。延長は41 km、流域面積は299 km2[1]

日光川
日光川を渡る近鉄名古屋線
水系 二級水系 日光川
種別 二級河川
延長 41[1] km
平均流量 -- m³/s
流域面積 299[1] km²
水源 愛知県江南市
水源の標高 -- m
河口・合流先 伊勢湾(愛知県)
流域 日本の旗 日本 愛知県
地図
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地理 編集

 
日光川水系の概略図

濃尾平野にある愛知県江南市の北部に源を発する[1]。西に向かって流れた後、一宮市で支流の野府川を集める。稲沢市西部では支流の光堂川を集め、稲沢市域では名鉄尾西線と並行する。稲沢市と愛西市の境界付近では両側から領内川三宅川を集めるが、三川の合流部には津島街道(津島上街道)と呼ばれる街道が通っており、織田氏の居城だった勝幡城址もある。蟹江町に入るとJR関西本線近鉄名古屋線をくぐり、蛇行する佐屋川大膳川をしり目に直線的な流路で南下する。下流部では蟹江川福田川善太川戸田川などを集め、名古屋市港区飛島村の境界の河口池から排水機によって伊勢湾へと排水される。

日光川の流域は全域が木曽川の氾濫原であり、源流から河口までの高低差は約20mに過ぎず、平均勾配は1/2,000程度という傾斜の緩い河川であり、周辺にも山地や丘陵地は存在しない[2]。水系に属する河川のほぼ全てが木曽川左岸派川が江戸時代に締め切られた後に用排水路として改修された河川であり、日光川水系は周辺地域に用水供給を担う宮田用水の悪水・排水路としての役割を担う[3]

そのため日光川の水源から野府川との合流地点にかけての上流部は川幅が狭い区間が続いている。福田川、善太川、宝川の合流点から川幅が拡大し、サンビーチ日光川などがある河口部では最大1km近くに及ぶ。国道23号名四国道)の日光川大橋付近は大部分が橋ではなく堤防となっている。下流部は海抜ゼロメートル地帯であるため、流域全体の約2/3の地域ではポンプによる強制排水が行われている[1]。干満時に河川水位を調整するため、河口部には日光川排水機場及び水閘門が設置されている[1]。なお、河口付近は江戸時代干拓地である。

歴史 編集

萩原川 編集

 
日光川および関連河川の改修工事の歴史
 
江戸時代末ごろの天王川周辺の位置関係図。破線は江戸時代初期ごろの旧河道、緑線・緑字は開削・付替後の新河道[4]。橙線・橙字は主要街道、赤字は主要な地名など。

現在の日光川は木曽川の派川(木曽八流)の一つ・萩原川(はぎわらがわ、または足立川)を大規模に改修したものであるが、萩原川は現在の日光川とは愛西市渕高町付近以下の流路が大きく異なった[1][4]。愛西市渕高町から南に流れてやや西に湾曲した後に東に流れて現在の領内川筋へと流れ、天王川となって南に流れて下流では佐屋川を経て木曽川へと至っていた[4]。なお、江戸時代初期には稲沢市平和町領内付近で合流していた三宅川は、古くは現在の愛西市勝幡町付近から南に流れて善太川へと流れる古日光川と呼ばれる流路をとっていた[4]。また、上流部では古川(ふるかわ)とも呼ばれており[5]、古川・萩原川・天王川の流路は三之枝川と呼ばれた[4]

中下流域は海抜ゼロメートル地帯であり、過去に何度も浸水被害が発生していることから、集落は自然堤防上に築かれ、民家には水屋と呼ばれる避難用の建物も築かれた[1]

1608年慶長13年)に木曽川左岸に「御囲堤」が築かれると木曽川から切り離され、それ以来は自己水源を持たない農業用排水路となった[1]

日光川開削工事 編集

時代を経ると徐々に佐屋川の河床上昇に伴って天王川の排水も滞り、三宅川でも排水不良が生じる[4]尾張藩によって佐屋川洪水時の逆流対策として新たな水路の整備が検討され、まず1666年寛文6年)から愛西市小津町付近以下の日光川下流部分の開削工事が行われ、1667年(寛文7年)には蟹江新田を経て伊勢湾に注ぐ流路が完成した[2][4][6]。この新水路で三宅川は海に通じたが、1667年(寛文7年)秋の暴風雨で各所で水路が決壊したため、河口部は締め切られで排水することとなった[6]

時代を経てさらに佐屋川の河床上昇が進むと、天王川・萩原川の排水状況も一層悪化した[6]。尾張藩は1785年天明5年)からの工事で萩原川を三宅川以下の新水路と合流するように付け替え、それに伴って萩原川の下流であった天王川を築留め、同様に排水状況が悪かった領内川も萩原川・三宅川と合流させた[6][4]。その後、1812年(天明9年)までかけて河口部の杁を撤去するために高潮に備えて新水路の堤防の増築や川幅の拡幅工事が行われ[4][6]、杁が撤去された後には河川舟運が盛んとなって年貢米の輸送にも用いられた[2][6]

江戸時代後期には下流部での新田開発が盛んであり、1801年享和元年)の飛島新田の完成、1822年文政5年)の藤高前新田の完成で現在の河口部の形状に近づいた[2]

近代 編集

1959年昭和34年)9月26日の伊勢湾台風では日光川流域で22か所が破堤し、被害額が約300億円に上る甚大な被害を出した[1]1974年(昭和49年)7月の豪雨では、愛知県の中でも特に日光川流域で大雨を記録し、流域面積の約52%にあたる15,447ヘクタールが浸水した[1]1976年(昭和51年)の台風17号では支流の目比川が決壊するなど流域の約31%にあたる9,320ヘクタールが浸水した[1]2000年平成12年)9月11日の東海豪雨では、支流の福田川を中心に内水被害が発生し、流域全体では530ヘクタールが浸水した[1]

1997年(平成9年)時点の流域の土地利用率は、宅地等の市街地が約49%、水田や畑地等の農地が約43%、その他が約8%だった[1]2008年(平成20年)時点の流域人口は約83万人だった[1]2010年(平成22年)には、洪水の際に流量の一部を木曽川に放水する日光川放水路が供用開始された。

2018年(平成30年)3月19日、高潮南海トラフ地震による津波に備えた新しい水閘門が供用開始された[7]

流域の自治体 編集

日光川の流域には9市2町1村がある[1]

愛知県

主な支流 編集

二級河川 編集

二級河川を下流側から順に記載する[8][9][10]

河川 よみ 次数 管理者 主な経過地 河川延長
(km)
流域面積
(km2
備考
日光川 にっこうがわ 本川 愛知県 江南市、一宮市、稲沢市、愛西市、津島市、
蟹江町、名古屋市
41 299
東小川 ひがしおがわ 1次支川 名古屋市 名古屋市
戸田川 とだがわ 1次支川 名古屋市 名古屋市 9.1 11.2
宝川 たからがわ 1次支川 愛知県 弥富市 1.1 19.7
排水路 はいすいろ 2次支川 弥富市
鯏浦1号 うぐいうらいちごう 3次支川 弥富市
鯏浦2号 うぐいうらにごう 4次支川 弥富市
鯏浦3号 うぐいうらさんごう 4次支川 弥富市
市江川 いちえがわ 2次支川 愛西市
西保川 にしほがわ 3次支川 愛西市
善太川 ぜんたがわ 1次支川 愛知県 蟹江町、弥富市、愛西市 12 20.4
福田川 ふくだがわ 1次支川 愛知県 稲沢市、あま市、大治町、名古屋市、蟹江町 16.2 33.5
小糠田川 こぬかでんがわ 2次支川 大治町
円楽寺川 えんらくじがわ 2次支川 大治町 大治町
西ノ宮川 にしのみやがわ 3次支川 あま市
西條小切戸川
(小切戸川)
にしじょうおぎりどがわ
(おぎりどがわ)
2次支川 愛知県
大治町
あま市、大治町
江上田川 うがみどがわ 2次支川 あま市 あま市
大日川 だいにちがわ 3次支川 あま市 あま市
塚越川 つかこしがわ 3次支川 あま市 あま市
沖田川
(市場川)
おきたがわ
(いちばがわ)
2次支川 あま市
大渕川 おおぶちがわ 2次支川 あま市
下津川
(下津落用水)
おりづがわ
(おりづおちようすい)
2次支川 稲沢市
蟹江川 かにえがわ 1次支川 愛知県 あま市、蟹江町 10.2 16.8
上舟川 かみふながわ 2次支川 蟹江町
中筋川 なかすじがわ 3次支川 蟹江町
三明川 さんめいがわ 2次支川 蟹江町
小切戸川 おぎりどがわ 2次支川 愛知県 あま市、蟹江町
目比川 むくいがわ 1次支川 愛知県 稲沢市、あま市、愛西市、津島市 4.8 15.2
三宅川 みやけがわ 1次支川 愛知県 稲沢市、愛西市 10.6 14.4
稲葉川 いなばがわ 2次支川 稲沢市
観音川 かんのんがわ 2次支川 稲沢市 稲沢市
領内川 りょうないがわ 1次支川 愛知県
一宮市
一宮市、稲沢市、愛西市 12.6 33.1
新堀川 しんぼりかわ 2次支川 愛知県 津島市、愛西市
須ヶ脇川 すがわきがわ 2次支川 稲沢市
佐屋川 さやがわ 2次支川 稲沢市
山崎川 やまざきがわ 2次支川 稲沢市 稲沢市
高熊川 たかくまがわ 2次支川 稲沢市 稲沢市
居中川 いじゅうがわ 2次支川 稲沢市
光堂川 こうどうがわ 1次支川 愛知県 一宮市、稲沢市 4.9 18.8
大縄川 おおなわがわ 2次支川 愛知県
一宮市
一宮市
妙戸川 みょうどがわ 1次支川 一宮市
生出川 はいでがわ 1次支川 稲沢市
新堀川 しんほりかわ 1次支川 一宮市 一宮市
古溝川 ふるみぞがわ 1次支川 一宮市
野府川 のぶがわ 1次支川 愛知県
一宮市
一宮市 7.3 27.4
西沼川 にしぬまがわ 2次支川 一宮市
17号川 じゅうななごうがわ 2次支川 一宮市
郷東川 ごうとうがわ 2次支川 一宮市
南出川 みなみでがわ 2次支川 一宮市
稲荷川 いなりがわ 2次支川 一宮市
神戸川 かんべがわ 2次支川 一宮市 一宮市
新田浦川 しんでんうらがわ 2次支川 一宮市
中平川 なかひらがわ 2次支川 一宮市
郷浦川 ごううらがわ 2次支川 一宮市
洗心川 せんしんがわ 2次支川 一宮市
江西川 えにしがわ 2次支川 一宮市
新丹羽川
(川崎排水路)
しんたんばがわ
(かわさきはいすいろ)
2次支川 一宮市
玉ノ井川 たまのいがわ 3次支川 一宮市
今伊勢川 いまいせがわ 2次支川 一宮市
新門間川 しんかどまがわ 2次支川 一宮市
奥屋敷川 おくやしきがわ 3次支川 一宮市
門間川 かどまがわ 3次支川 一宮市
割田里小牧川 わりでんさとこまきがわ 2次支川 一宮市 一宮市
割田川 わりでんがわ 2次支川 一宮市 一宮市
北古川 きたふるかわ 2次支川 愛知県 一宮市
里小牧川 さとこまきがわ 3次支川 一宮市 一宮市
五反田川 ごたんだがわ 2次支川 一宮市
北山川 きたやまがわ 2次支川 一宮市
今一川 いまいちがわ 1次支川 一宮市
馬寄川 うまよせがわ 1次支川 一宮市
小島川 おじまがわ 1次支川 一宮市
高田川 たかだがわ 1次支川 一宮市 一宮市
東浅井川 ひがしあざいがわ 1次支川 一宮市

それ以外の関連河川 編集

橋梁 編集

上流部部(~野府川合流点) 編集

中流部部(野府川合流点~三川合流点) 編集

下流部部(三川合流点~河口) 編集

脚注 編集

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q 二級河川 日光川水系 河川整備計画: 流域及び河川の概要 愛知県・名古屋市、2011年、p.1
  2. ^ a b c d 安井(2013), p. 90-103
  3. ^ 愛知県河川整備計画流域委員会. “日光川水系 流域・河川の現状と特徴”. 2023年6月1日閲覧。
  4. ^ a b c d e f g h i 愛知県 (2018年11月7日). “川筋の変遷とその痕跡-愛知県の河川の歴史-”. 2022年11月15日閲覧。
  5. ^ 一宮市観光協会. “天神の渡し跡”. 2022年12月9日閲覧。
  6. ^ a b c d e f 安井(2013)
  7. ^ 新たな日光川水閘門を供用開始します! 愛知県河川課、2018年3月6日、2019年3月18日閲覧
  8. ^ 国土交通省中部地方整備局. “河川コード台帳(河川コード表編)” (PDF). 2022年11月15日閲覧。
  9. ^ 国土交通省中部地方整備局. “河川コード台帳(河川模式図編)” (PDF). 2022年11月15日閲覧。
  10. ^ 愛知県名古屋市. “二級河川 日光川水系 河川整備計画: 河川の概要” (PDF). 2022年12月14日閲覧。

参考文献 編集

  • 安井雅彦「低平地河川日光川の河口締切に至る過程と背景」『土木学会論文集D2(土木史)』第69巻第1号、土木学会、2013年、90-103頁、doi:10.2208/jscejhsce.69.90ISSN 2185-6532CRID 13900012053554302722023年6月14日閲覧