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本項では、日本スイスの関係ドイツ語: Japanisch-schweizerische Beziehungenフランス語: Relations entre le Japon et la Suisseイタリア語: Relazioni bilaterali tra il Giappone e la Svizzera英語: Japan–Switzerland relations)について述べる。

日本とスイスの関係
JapanとSwitzerlandの位置を示した地図

日本

スイス

目次

歴史編集

1648年10月24日、ヨーロッパで三十年戦争を終結させる講和条約としてヴェストファーレン条約(ウェストファリア条約)が締結され、それまで350年近くにわたって自治を守ってきたスイスが独立国として正式に承認された[1]。同時期の日本は江戸時代初期、3代将軍徳川家光の治世であり、オランダ以外の全ヨーロッパ諸国との国交を断絶する鎖国体制が完成していた[2]。スイスもその例に漏れず、幕末まで日本とは国交のない状態が続いた。但し、オランダの東インド会社を経由して、わずかな製品のやり取りはあった[3]

1864年2月6日、14代将軍徳川家茂の治世において、日本とスイスの二国間関係における史上初の修好通商条約(日本瑞西国修好通商条約[4])が締結された。家茂の急逝を受けて慶喜が15代将軍に就任した翌年に当たる1867年、慶喜の異母弟昭武の使節団がスイスを訪問したが、この使節団こそが記録に残っている初めてスイスを訪問した日本人である[3]

1868年に江戸幕府が倒されて王政復古が成ったが(明治維新)、慶喜が明治天皇への大政奉還を受け入れたことにより、慶喜、昭武兄弟は討幕派に処刑されることなく明治大正の世まで生き長らえることができた。1870年、後に日清日露戦争で武功を挙げて元帥となる当時20代の大山厳ジュネーブに留学し、1873年まで当地で修学した。同じく1870年、明治政府の使節としては初となる岩倉遣欧使節団がスイスを訪問[3]

その後、第一次世界大戦第二次世界大戦を筆頭とする様々な国際情勢の急変があったが、日本とスイスの国交は、第二次大戦中も含めて一度も断絶することなく現在に至っている。

経済関係編集

在日スイス企業は約150社[5]食品飲料会社ネスレの日本法人ネスレ日本株式会社神戸[6]製薬会社ノバルティスの日本法人ノバルティスホールディングジャパン株式会社東京に拠点を構えている[7]

在スイス日系企業は約150社[5]

人的交流編集

在留邦人数は10,166人(2014年10月現在)で、在日スイス人は986人(2014年12月,法務省在留外国人統計)[5]

外交使節編集

駐スイス日本大使・公使編集

駐日スイス大使・公使編集

駐日スイス公使
  1. パウル・リッター(1906~1909年)
  2. フェルディナンド・フォン・ザリス(1909~1920年)
  3. シャルル・ルイ・エティエンヌ・ラルディフランス語版(1920~1924年)
    臨時代理公使アルフレッド・ブルナードイツ語版(1924~1928年)
  4. エミーレ・トラヴェルシーニ(1928~1932年)
    (臨時代理公使)アルミン・デニケル(1932~1934年)
  5. ヴァルター・トゥルンヘア(1934~1939年)
  6. カミーユ・ゴルジェドイツ語版(1939~1945年)
    (駐日外交代表)ピエール・ミシェリ(1945~1946年)
    (駐日外交代表)ヴァルター・ボッシ(1946~1947年)
    (駐日外交代表)シャルル・アルベール・デュボワ(1947~1948年)
    (駐日外交代表)マックス・グレッスリ英語版(1948年)
    (駐日外交代表)シャルル・アルベール・デュボワ(再任、1948~1950年)
    (駐日外交代表)チャーリー=マウリツェ・ヴァイベル(1950~1952年)
    (臨時代理公使)チャーリー=マウリツェ・ヴァイベル(留任、1952年)
  7. ラインハルト・ホール(1952~1954年)
  8. マックス・トレンドル(1954~1957年)
駐日スイス大使
  1. マックス・トレンドル(留任、1957~1961年)
  2. ジャン・ド・ラーム(1961~1967年)
  3. エミール・アントン・シュタデルホーファードイツ語版(1967~1971年)
  4. ジョヴァンニ・エンリコ・ブッチャーポルトガル語版(1971~1975年)
  5. ピエール・キューヌー(1975~1980年)
  6. フリッツ・ルドルフ・シュテーヘリン(1980~1983年)
  7. ディーター・エリック・シェノー=ルポンドイツ語版(1983~1987年)
  8. ロジェ・ベール(1987~1993年)
  9. イェネー・シュテーヘリン英語版(1993~1997年、信任状捧呈は5月25日[8]
  10. ヨハネス・マンツ(1997~2002年、信任状捧呈は9月22日[9]
  11. ジャック・ルヴェルダン(2002~2006年、信任状捧呈は9月27日[10]
  12. ポール・フィヴァ(2006~2010年、信任状捧呈は8月31日[11]
  13. ウルス・ブーヘルドイツ語版(2010~2016年、信任状捧呈は10月19日[12]
    臨時代理大使ピーター・ジョージ・ネルソン(2016年)
  14. ジャン=フランソワ・パロ(2016年~、信任状捧呈は9月20日[13]

出典編集

関連項目編集

外部リンク編集