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日本の超高層建築物(にほんのちょうこうそうけんちくぶつ)では、日本にある超高層建築物(以下超高層ビル)について説明する。2014年現在、日本一高いビルは高さ300mあるあべのハルカス大阪府大阪市阿倍野区)である。

目次

定義編集

どの程度の高さのビルを超高層ビルと呼ぶのかについては、国際的にも日本国内でも明確な定義はない。

超高層ビルという用語は日本において初めて高さ100mを超えたビルである霞が関ビルディング(高さ147m)に対して初めて用いられた[1]

なお法律においても定義は存在しないが建築基準法施行令第36条、ガス事業法施行規則第106条等において高さが60mを超えるビルに対しては建築構造や防火構造などについてそれ以下の高さのビルとは異なる制限を課していることより、60m以上を超高層建築物とする考え方もある[2]

超高層建築物に関する法令上の規定編集

航空法51条では地上、あるいは水面から高さ60m以上の高さの物件には原則として航空障害燈の設置が義務付けられ大抵の超高層ビルにはこの装置が設置されている(但し、ビル群の中にある建物の場合は60m以上のものでも設置されない場合もある)。空港から最大24km以内の地域では建物の高さに規制がかかっている。

また地方自治体によっては一定の高さ又は延床面積を超える大規模建築物に対してその存在や共用による周辺への景観変化、日照阻害電波障害風害交通問題等や工事中の騒音振動地盤変位影響の低減を図るため環境影響評価を義務づけている。

歴史編集

百尺規制編集

 
百尺規制時代の東京都丸の内(1960年頃)
 
大阪市御堂筋に見られる、戦前に形成された百尺規制のスカイライン(2006年4月)。
容積率規制が始まっても絶対高さ規制が続いたため、当道の実質的な百尺規制の期間は1920年1995年
 
仙台市青葉通に見られる、高度経済成長期に形成された百尺規制のスカイライン(2008年1月)。
戦後の新設道であるため、当道の百尺規制の期間は1948年1970年

市街地建築物法1919年大正8年)4月5日公布)に基づき、市街地建築物法施行令が1920年(大正9年)9月30日官報で公布され、同年12月1日から六大都市に適用された[3][4]。同令第四条[注 1]により、建築物の高さは100(約30.303m)に制限された(通称:百尺規制[3][4]。これは英国法の100フィート(30.48m)という制限に倣ったものである[5]1926年(大正15年)6月、市街地建築物法は六大都市に加えて全国41都市に適用を拡大した。

1931年昭和6年)、市街地建築物法が改正され、高さ制限は尺貫法による100尺(約30.303m)からメートル法による31m(102.3尺)に変更された[5]。31mは凡そ百尺とみなされ、同法改正による規制も「百尺規制」と通称される。戦後占領期1950年(昭和25年)11月23日、市街地建築物法は建築基準法に取って代わられたが、同法第五十七条[注 2]により、建築物の高さは31mに制限され、百尺規制は受け継がれた[4][6]

ただし、建築基準法の特例により31mを超える高さの建築も可能であったため、1953年(昭和28年)には高さ41.23m、12階建ての大阪第一生命ビルが竣工し、1954年(昭和29年)には高さ43m、11階建ての東急会館(現・東急百貨店東横店西館)が増築により完成している。

百尺規制により建物は9階建て程度でしか建てられなかったがその分、都市部では同じ高さに揃ったオフィス街が各所に形成された。特に規制施行直後の1923年(大正12年)9月1日に発生した関東大震災によって瓦礫の山となった東京府東京市(現・東京都区部)の都心では帝都復興院の指導の下、多くの民間のビルが規制限界の高さで建設され100尺のビルが連続するスカイラインを形成した。また、高度経済成長期前半には地方都市中心業務地区(CBD)でも百尺規制のビルが連続する景観が形作られた。

一方、隆盛していたメタボリズムの建築家から超高層ビル建築を伴った丹下健三築地再開発計画や磯崎新新宿計画などの様々なプランが提案されたが百尺規制によりいずれも実現には至らなかった。また都心では地価に見合った収益をあげるため延べ床面積をなるべく広くとろうとするあまり、各々の階の天井高を低くして100尺の高さに10階分を詰め込んだり規制が緩い地下を掘り込んで地下6階建てのビルが出現したりするなど高さ規制が防災ホワイトカラーの健康にとってマイナスの影響を与えるようになり規制の見直しが行われることになった[4]

なお、この当時に日本で最も高い建物は国会議事堂の中央塔(65m)であった。

容積率規制編集

 
霞が関ビル(2010年6月)

1964年(昭和39年)の東京オリンピックを前にした建設ラッシュ期に建築基準法が改正され、1961年(昭和36年)に特定街区制度、1963年(昭和38年)7月16日に容積地区制度が創設された[4][5]。これらにより、百尺規制を初めとする絶対高さ規制が廃止されて、容積率による規制が導入され始めた[4][5]。すると高さ31mを超えるビルが建てられるようになり、特定街区の指定第1号である「東京都市計画霞が関3丁目特定街区」に、日本における最初の高層ビルとされる霞が関ビルディングが建設された(1968年竣工)。しかし、1960年代の日本における高さ100m以上の超高層ビルは、同ビルと1969年(昭和44年)に竣工した高さ109mの神戸商工貿易センタービルの2棟のみに留まった。

一方で、1966年(昭和41年)後半に取り壊された東京都・丸の内東京海上日動ビルディングの跡地には、前川國男設計で30階建て高さ127mの超高層ビルが立つ予定であったが、1967年(昭和42年)に東京都がこれを却下したことから「美観論争」が起こった。皇居の堀端にあったこの地域は戦前の美観地区であり、新しいビルが百尺規制のスカイラインを崩して皇居を見下ろしかねないことから激しい争いとなったが、1970年(昭和45年)、高さをぎりぎり100m以下の99.7mにすることで、結局高層ビル自体の建設は認められた。

1970年(昭和45年)6月1日の建築基準法改正によって絶対高さ制限が撤廃され、容積率規制が全面導入された[5]。すると、地方都市でも高さ31mを超えるビルが建ち始めた。また、新宿副都心などの開発計画が本格化し、1970年代末には国内の100m以上の超高層ビルが30棟を超えた。そのため、この頃に日本の都市部では超高層化時代に突入したといえる。

なお、東京都・丸の内では百尺規制にあわせた旧建物のファサードのイメージを残して外壁デザインを100尺を境に変えたり100尺の低層部の上にセットバックした高層部がのる形にした超高層ビルが見られる(丸ビルなど)。

高さ日本一の変遷編集

竣工 名称 所在地 高さ 階数 設計
1887年 富士山縦覧場(現存せず) 東京府東京市浅草区
東京都台東区
032.8m 00 寺田為吉(参考、木造人造山)[7]
1888年 眺望閣(現存せず) 大阪府西成郡今宮村
(大阪府大阪市浪速区
031m 05階
1889年 凌雲閣(現存せず) 大阪府西成郡北野村
(大阪府大阪市北区
039m 09階
1890年 凌雲閣(現存せず) 東京都台東区東京府東京市浅草区
東京都台東区
052m 12階 ウィリアム・K・バートン
1921年 第一相互館(現存せず) 東京都中央区東京府東京市京橋区
(東京都中央区
045m 7階 辰野金吾葛西萬司設計事務所
1935年 三越本店(増築後) 東京都中央区東京府東京市日本橋区
(東京都中央区
060m 07階 横河民輔中村伝治
1936年 国会議事堂中央塔 東京都千代田区東京府東京市麹町区
(東京都千代田区
065m 09階 大蔵省臨時議院建築局
1964年 ホテルニューオータニ本館 東京都千代田区 073m 17階 大成建設
1968年 霞が関ビルディング 156m 36階 三井不動産、山下寿郎
1970年 世界貿易センタービル 東京都港区 163m 40階 日建設計、武藤構造力学研究所
1971年 京王プラザホテル 東京都新宿区 179m 47階 日本設計
1974年 新宿住友ビル 210m 52階 日建設計
新宿三井ビル 225m 55階 三井不動産、日本設計
1978年 サンシャイン60 東京都豊島区 240m 60階 三菱地所設計、武藤構造力学研究所
1991年 東京都庁第一本庁舎 東京都新宿区 243m 48階 丹下健三都市建築設計研究所
1993年 横浜ランドマークタワー 神奈川県横浜市西区 296m 70階 三菱地所設計、ザ・スタビンス・アソシエイツ
2014年 あべのハルカス 大阪府大阪市阿倍野区 300m 60階 竹中工務店、ペリ・クラーク・ペリ・アーキテクツ

ビル以外も含めると、日本で最も高い構造物は2012年竣工の東京スカイツリー(高さ634m)。東京スカイツリー以前は対馬オメガ局鉄塔(454.8m、1975年竣工・1998年解体)、硫黄島ロランC主局鉄塔(411.5m、1963年竣工、1965年再建、1993年解体)、南鳥島ロランC局鉄塔(411.48m、1963年竣工、1986年解体、後高さを縮小して再建)[注 3]東京タワー(332.6m、1958年竣工)、依佐美送信所鉄塔(250m、1929年竣工・1997年解体)、日立鉱山大煙突(155m、1914年完成)、相国寺七重大塔(109m、1399年竣工・1400年焼失)である。中世以前については法勝寺の八角九重塔(1083年建立・室町時代に焼失)が81m[8]と推定されている。これ以外では平安時代源為憲によって作られた「口遊」で数え歌に歌われた「雲太、和二、京三=出雲太郎、大和次郎、京三郎(出雲大社本殿(伝承によると十六丈・48m)・東大寺大仏殿(当時の伝承によれば十五丈・45m)・平安京大極殿)」が高層建築の例として知られている[注 4]。また、建築物の最上部が最も標高が高い建造物は旧富士山測候所である。

鉄塔・仏塔他も含めた高層構造物については塔の一覧を参照。

現状と計画編集

 
日本一高い300mのあべのハルカス

現状編集

現在日本で最も高い「竣工済みの」超高層ビルは大阪市阿倍野区2014年に竣工したあべのハルカス(設計:竹中工務店)で高さ300m、地上60階建てであり、あべのハルカスは日本初のスーパートール(高層ビル・都市居住協議会の基準による300m以上の超高層建築物)でもある[9]

日本では未だにスーパートールは1棟しか建設されていない。これは耐震構造・地盤・建設費等の理由もあるが航空法に基く高さ規制が大きく関わっており、概ね空港滑走路からの距離で定まる。滑走路の中心にある標点標高を基準に制限表面と呼ばれる高さ規制があり標点から半径4kmまでは標点の標高プラス45m(水平表面)、そこからすり鉢状に高くなり(円錐表面)空港から16.5kmから24kmの範囲内では標点の標高プラス295mに制限される(外側水平表面)。滑走路の前後方向にはさらに厳しい規制がかけられる(進入表面・延長進入表面)。ただし仮設物や避雷設備、その他飛行の安全を害さないものは所管航空局長の承認を受ければ制限表面を超えて設置することもできる。

制限表面の内、円錐表面と外側水平表面は個々の空港周囲の都市の事情や山などの地形により規制緩和される場合も多いが大都市の発着便数が多い空港(→日本の空港#乗降客数)では緩和され辛い。例えば福岡市の中心部が福岡空港の水平表面と円錐表面の規制のため低層であったり、東京国際空港の外側水平表面の規制のため横浜ランドマークタワーが現行の高さになったりした例が見られる。一方で新潟空港の円錐表面の規制緩和で新潟市NEXT21(125m)や朱鷺メッセ(143m)の建設がされたり、大阪国際空港の外側水平表面の規制緩和であべのハルカスが300mの計画となった例が見られる。

また、1989年1月には、上野駅に高さ300mの駅ビル建築がJR東日本によって構想され、1999年の開業を予定していた。しかし、この計画は地元から猛反発を受け[10]、バブル経済が崩壊したことにより計画が凍結された。

2015年8月31日、三菱地所から東京駅日本橋口前の常盤橋街区再開発プロジェクトの概要が発表され、最も高いB棟は高さ390m、61階建の日本一の超高層ビルとなることが明らかになった。2023年度着工、2027年度竣工の予定[11]

2022年度完成予定の虎ノ門・麻布台地区再開発では330mのオフィス棟が計画されている。

アジア諸国では高さ300mは80位前後と中華人民共和国韓国などに水をあけられている(アジアの超高層建築物)。高さ390mの常盤橋街区再開発が完成するとアジア20位前後にランクインする予定となっている。

現在の超高層ビルの高さ順位編集

竣工済みに限るため、建設中のビルは除外している。

順位 名称 所在地 高さ 階数 設計 竣工年
1 あべのハルカス 大阪市阿倍野区 300m 60階 竹中工務店、ペリ・クラーク・ペリ・アーキテクツ 2014年
2 横浜ランドマークタワー 横浜市西区 296.33m 70階 三菱地所設計、ザ・スタビンス・アソシエイツ 1993年
3 りんくうゲートタワービル 大阪府泉佐野市 256.1m 56階 日建設計、安井設計 1996年
4 大阪府咲洲庁舎 大阪市住之江区 256.0m 55階 日建設計、マンシーニ・ダッフィ・アソシエイツ 1995年
5 虎ノ門ヒルズ 東京都港区 255.5m[注 5] 52階 日本設計 2014年
6 ミッドタウン・タワー 248.1m 54階 SOM、日建設計 2007年
7 ミッドランドスクエア 名古屋市中村区 247m 47階 日建設計 2006年
8 JRセントラルタワーズ 245m 51階 KPF、坂倉建築研究所 1999年
9 東京都庁第一本庁舎 東京都新宿区 243.4m 48階 丹下健三都市建築設計研究所 1991年
10 住友不動産六本木グランドタワー 東京都港区 241.10m 43階 日建設計 2016年
11 NTTドコモ代々木ビル 東京都渋谷区 239.85m 27階 NTTファシリティーズ 1997年
12 サンシャイン60 東京都豊島区 239.7m 60階 三菱地所設計、武藤構造力学研究所 1978年
13 六本木ヒルズ森タワー 東京都港区 238.06m 54階 KPF、入江三宅設計事務所 2003年
14 新宿パークタワー 東京都新宿区 235m 52階 丹下健三 1994年
15 東京オペラシティ 234.37m 54階 NTTファシリティーズ、都市計画設計研究所柳澤孝彦TAK建築・都市計画研究所 1996年
16 新宿三井ビルディング 223.6m 55階 三井不動産、日本設計 1974年
17 新宿センタービル 222.95m 54階 大成建設 1979年
18 聖路加タワー 東京都中央区 220.63m 48階 日建設計 1994年
19 JRゲートタワー 名古屋市中村区 220m 46階 大成建設日建設計ジェイアール東海コンサルタンツ 2017年
20 泉ガーデンタワー 東京都港区 216m 45階 日建設計 2002年
21 汐留シティセンター 215.75m 43階 ケビン・ローシュ 2003年
22 電通本社ビル 213.337m 48階 大林組 2002年
23 アクトシティ浜松 浜松市中区 212.77m 47階 日本設計、三菱地所設計 1994年

日本の超高層ビル群編集

東京都の丸の内や西新宿、大阪市の梅田や中之島が日本の超高層ビル群の代表格だが、いずれもアメリカニューヨークシカゴ中国上海香港などと対比するとビルの高さや集積率は低い。

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 市街地建築法施行令
    第四条 建築物の高は住居地域内に於ては六十五尺を住居地域外に於ては百尺を超過する事を得ず但し建築物の周囲に広闊なる公園広場道路、其他の空地ある場合に於て行政官庁が交通上衛生上及び保安上支障なしと認むる時は此限りにあらず
    第五条 煉瓦造り建築物及び石造建築物は高六十五尺軒高五十尺を木造建築物は高五十尺軒高三十八尺階数之を木骨煉瓦造建築物及び木骨石造建築物は高三十六尺軒高二十六尺を超過する事を得ず
    前項の石造には人造石造及び混凝土造を木造には土蔵造を包含す
    第一項の木骨煉瓦造の建築物とは厚三寸以上の煉瓦積を以て木骨被覆又は填充して外壁を構成するものを云い木骨石造建築物とは厚さ三寸以上の石人造□又は混凝土を以て木骨を被覆又は填充して外壁を構成するものを云う
  2. ^ 建築基準法
    第五十七條 建築物の高さは、住居地域内においては二十メートルを、住居地域外においては三十一メートルをこえてはならない。但し、左の各号の一に該当する場合において、特定行政庁の許可を得たときは、この限りではない
    一 建築物の周囲に広い公園、広場、道路その他の空地があつて、通行上、安全上、防火上及び衛生上支障がないと認める場合
    二 工業用の建築物その他の建築物でその用途によつてやむを得ないと認める場合
    2 特定行政庁は、前項但書の規定による許可をする場合においては、あらかじめ、建築審査会の同意を得なければならない。
  3. ^ ただし、硫黄島ロランC主局、南鳥島ロランC局はアメリカ沿岸警備隊が竣工したものであり、竣工当時はアメリカ合衆国の施政下に置かれていた。
  4. ^ その後に続く数え歌を考慮すると、高さの順を表したものではなく、神社(神)、寺院(仏)、住宅(人)の順との説もある。
  5. ^ 公式発表では247mである。

出典編集

関連項目編集