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日本橋 (大阪市)

大阪市、道頓堀川に架かる橋

日本橋(にっぽんばし[1])は、大阪府大阪市中央区浪速区町名及び周辺の地域名称。または道頓堀川に架かる堺筋。現行行政地名は日本橋一丁目から日本橋五丁目。一丁目から二丁目が中央区、三丁目から五丁目が浪速区に属する。

日本橋
でんでんタウン
でんでんタウン
日本橋の位置(大阪府内)
日本橋
日本橋
北緯34度40分8.5秒 東経135度30分22.21秒 / 北緯34.669028度 東経135.5061694度 / 34.669028; 135.5061694
Flag of Japan.svg 日本
都道府県 Flag of Osaka Prefecture.svg 大阪府
市町村 Flag of Osaka, Osaka.svg 大阪市
中央区浪速区
人口
2010年(平成22年)10月現在)
 • 合計 7,399人
等時帯 UTC+9 (JST)
郵便番号
542-0073(中央区)
556-0005(浪速区)

2010年10月1日現在の人口は7,399人、世帯数は4,918世帯[2]郵便番号は〒542-0073(中央区)及び〒556-0005(浪速区)。

目次

地理編集

橋梁の日本橋南詰から南へ堺筋沿いに伸びる南北約1.6kmの細長い町で、北から順に1 - 2丁目が中央区、3 - 5丁目が浪速区となる。堺筋東側の南端は恵美須交差点(国道25号)、同西側の南端は恵美須入路交差点(阪神高速1号環状線えびす町入口、名呉橋跡)。浪速区側は日本橋東(1 - 3丁目)と日本橋西(1 - 2丁目)が東西に隣接する。

河川編集

日本一編集

 
日本橋1交差点(2005年8月4日)

中央区日本橋1丁目は「日本一」(にっぽんいち)と通称される。堺筋と千日前通が交差する日本橋1交差点付近には、日本一にあやかりたい建物や看板がある。なお、住友銀行日本一支店は三井住友銀行となった後、2004年10月15日に難波支店に統合・無人化された(エーティーエムサービス西日本支店日本一出張所となる)ため、現存する銀行の支店で日本一支店を名乗るのは三菱UFJ銀行日本一支店(旧三菱東京UFJ銀行日本一支店←UFJ銀行日本一支店←三和銀行日本一支店)を残すのみで、それさえも2011年1月17日をもって難波駅前支店[3](旧東京三菱銀行難波支店)へのブランチインブランチとなって事実上消滅してしまった。

歴史編集

江戸時代には紀州街道の一部区間である堺筋に面して旅籠木賃宿が建ち並び、長町(ながまち)と呼ばれていた。1792年寛政4年)に長町1 - 9丁目のうち現在の中央区側にあたる長町1 - 5丁目が日本橋1 - 5丁目に改称され、長町は現在の浪速区側にあたる6 - 9丁目のみとなった。

1872年明治5年)に日本橋1 - 5丁目と長町6 - 9丁目が日本橋筋1 - 5丁目に改編され、1879年(明治12年)より全域南区に属した。しかし、1943年昭和18年)に旧・長町6 - 9丁目にあたる日本橋筋3 - 5丁目が浪速区へ転属となった。

1980年(昭和55年)に浪速区日本橋筋3 - 5丁目が日本橋東の西半と東関谷町を編入した上で日本橋3 - 5丁目に改称。1989年平成元年)には南区日本橋筋1 - 2丁目が高津町三・七・八・九・十番丁と御蔵跡町を編入した上で日本橋1 - 2丁目に改称され、同時に南区と東区の合区により中央区へ転属となった。

江戸時代から長町6 - 9丁目の東西に隣接する東成郡天王寺村西成郡難波村今宮村の各一部にあたる長町裏には貧民街が形成されていたが、1903年(明治36年)の第5回内国勧業博覧会の開催に合わせて一掃され、堺筋に面した不良木賃宿の多くも釜ヶ崎へ移転した。以降は古書店街に姿を変えたが、第二次世界大戦後には東京の秋葉原名古屋大須と並ぶ電気街となり、「東のアキバ、西のポンバシ」とも称される。なお、電気街についてはでんでんタウンを参照のこと

ただし、電気街となっているのは概ね浪速区側である。境界となるのが「なんさん通り」で、日本橋3交差点以東は「御蔵跡通り」と呼ばれる。中央区側では、道頓堀千日前に隣接する堺筋以西が半ば歓楽街化しているほか、堺筋以東には国立文楽劇場、かつての高津町八・九・十番丁界隈には「大阪の台所」と称される黒門市場、御蔵跡通り付近には履物問屋街(通称:はきはきタウン)があり、電気街以外の表情も見せる。

2009年平成21年)からは、日本橋プロジェクトという地域振興が行われており、いとうのいぢがデザイン・作画を務める音々(ねおん)ちゃんイメージキャラクターとなっている。光(ひかり)ちゃんというもいる[4]

施設編集

交通編集

鉄道編集

道路編集

高速道路
主要地方道

バス編集

大阪シティバス

なお、日本橋一丁目停留所を経由していた105号系統(なんば - 天満橋)と、黒門市場・日本橋三丁目・日本橋電気街の各停留所を経由していた赤バス浪速東ループは廃止になった。

日本橋(橋梁)編集

 
日本橋(2010年11月28日)

1619年元和5年)に江戸幕府によって架けられた。長さ約40m、幅約7mの木造橋で、江戸日本橋と同じく公儀橋であった(道頓堀川では唯一)。1877年明治10年)に鉄橋になり、1901年(明治34年)と1912年(明治45年)に架け替えられた。現在の橋は1969年昭和44年)架橋で、長さ28.8m、幅28m。橋の西側は道頓堀川の遊歩道「とんぼりリバーウォーク」と接続している。

脚注編集

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  1. ^ 地元住民はしばしば「にほんばし」とも発音する。店名などの読みが「にほんばし」と表記されることもある[1][2]
  2. ^ 人口統計ラボ
  3. ^ 同店は難波支店(旧UFJ銀行難波支店←三和銀行難波支店)とも同居しており、日本一支店が入ったことで3店舗のブランチインブランチとなった。
  4. ^ 日本橋プロジェクトより。

関連項目編集

外部リンク編集

座標: 北緯34度40分09秒 東経135度30分22秒 / 北緯34.66904度 東経135.50617度 / 34.66904; 135.50617 (日本橋)