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日本製粉株式会社(にっぽんせいふん)は、製粉業、食品業を営む会社。製粉分野では日清製粉に次いで日本国内シェア2位。欧米式機械を利用した日本初の製粉会社である。「NIPP'N」(ニップン)のロゴや、「オーマイ」ブランドで知られる。

日本製粉株式会社
Nippon Flour Mills Company, Limited
Nippon Flour Mills company logo.svg
Nippon flour mills company head office sendagaya.JPG
日本製粉旧本社(2016年8月まで使用)[1]
種類 株式会社
市場情報
大証1部(廃止) 2001
2013年7月12日上場廃止
札証 2001
2015年2月17日上場廃止
略称 NIPPN、ニップン
本社所在地 日本の旗 日本
102-0083
東京都千代田区麹町4-8
設立 1896年12月28日
業種 食料品
法人番号 9011001017684
事業内容 製粉、食品、ペットフード、健康食品、食品関連機械装置製造、レストラン等
代表者 代表取締役会長 澤田浩
代表取締役社長 近藤雅之
資本金 122億40百万円
(2018年3月31日現在)
売上高 単体1,915億05百万円
連結3,234億95百万円
(2018年3月期)
純資産 単体1,325億95百万円
連結1,569億05百万円
(2018年3月31日現在)
総資産 単体2,114億72百万円
連結2,733億28百万円
(2018年3月31日現在)
従業員数 単体980人、連結3,696人
(2018年3月31日現在)
決算期 3月31日
主要株主 取引先持株会 5.5%
日本マスタートラスト信託銀行(信託口) 4.8%
三井生命 4.3%
三井物産 4.1%
日本トラスティ・サービス信託銀行(信託口) 3.5%
(2018年3月31日現在)
主要子会社 オーケー食品工業
東福製粉
関係する人物 伴素彦(元社長)
八尋敏行(元社長)
香木正雄(元社長)
澤田浩(元社長)
小寺春樹(元社長)
外部リンク https://www.nippn.co.jp/
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目次

概要編集

創業以来、小麦粉ふすまそば粉等の業務用製粉事業を行っている。その他に家庭用小麦粉・プレミックス粉ホットケーキ用ミックス等)・パスタ冷凍食品の食料品事業も大きな柱となっており、2012年(平成24年)現在では業務用製粉事業の売上高を上回る。その他、グループでペットフード健康食品、食品関連の機械装置の製造、レストラン事業等も行っている。

2013年3月期の連結売上高の構成は製粉事業35.4%、食品事業54.4%、その他10.1%となっている。

イタリアの有名パスタブランド『バリラ (Barilla)』のライセンス契約を保有し日本国内の独占販売を行っている。

日本最初の機械式製粉を開始した製粉業界最古参の会社。第一次大戦後の不況による経営不振のおり、三井物産の支援を受けたことで、三井財閥の傍系企業となった。現在も三井グループを構成する1社である。

1980年代後半にワタミフードサービスに出資していた時期があり、当時はワタミと共同でお好み焼きを主力商品とした各種飲食店(宅配サービス、イートインスタンド等)を展開していた。ただ、事業戦略面(特に株式公開に関する考え方)で両社経営陣の見解に相違が生じたことから、後に関係を解消しており、現在は資本的な繋がりはない。

沿革編集

  • 1879年(明治12年) - 実業家雨宮敬次郎がアメリカ製石臼製粉器を導入して[2]東京府南葛飾郡八右衛門新田(現在の江東区扇橋)で製粉会社を起業(同年末もしくは翌年春[3])。社名は「泰靖社」。水車製粉全盛の時代のなか、民間人として日本初の機械製粉事業であった[4]
  • 1886年(明治19年) - 大蔵省の製粉場(松方正義が輸入したフランス式石臼製粉機で1879年5月操業[2][3])を譲り受け、泰靖社と合わせて有限責任日本製粉会社を築地南小田原町(現・中央区築地6-7丁目)に設立[3]
  • 1887年(明治20年) - 工場操業認可される[3]。軍納で業績を上げる[2]
  • 1888年(明治21年) - 本社・工場を八右衛門新田の旧工場に移転[4]
  • 1889年(明治22年) -経営を志摩万次郎(隣接する日本製鐵の創立事務を手掛けた人物で雨宮の知人[5])へ譲渡[3]
  • 1892年(明治25年) - 軍納品の競争入札制度開始により業績不振となり[4]、経営を第四十国立銀行頭取の南条新六郎と弁護士の境豊吉へ譲渡[3]
  • 1893年(明治26年) - 有限責任日本製粉会社解散し、南条、境らで東京製粉合資会社創立(のち日本製粉株式会社へ資産譲渡)[3]日清戦争特需で業績急成長する[4]
  • 1896年(明治29年)9月26日 - 日本製粉株式会社設立総会、同年12月28日 日本製粉株式会社に改組(この日を現会社の設立日とする)。アメリカからロール製粉機を輸入し、深川東扇橋町に新工場を開設して大量生産を開始、1889年の関税法改訂により輸入小麦粉に関税がかけられるようになりさらに競争力を増した[2]
  • 1907年(明治40年) - 明治製粉株式会社を合併。日露戦争特需で乱立した新設の製粉会社が供給過剰で業績不振となり、以降、日粉との合併が相次いだ[4]
  • 1909年(明治42年) - 帝国製粉株式会社を合併
  • 1920年(大正9年) - 東洋製粉株式会社、大里製粉所、札幌製粉株式会社、東北製粉株式会社を合併
  • 1925年(大正14年) - 東亜製粉株式会社を合併
  • 1949年(昭和24年)5月 - 東京証券取引所第1部、大阪証券取引所第1部上場
  • 1957年(昭和32年) - 『オーマイロングスパゲッチ』を発売
    1955年(昭和30年) - 日粉食糧(日本製粉の子会社)が、小麦粉で作ったオーマイライス(人造米)を売り出し、この際、米の中の王様との意味から「王米」とし、オーマイという商標を用いた。
  • 1960年(昭和35年)3月 - 大阪製粉株式会社を合併
  • 1966年(昭和41年)7月 - 城北工業株式会社を合併
  • 1982年(昭和57年) - イタリア・バリラ社とライセンス契約、『バリラ』ブランドを独占販売開始
  • 1990年(平成2年)10月 - オーマイ株式会社を合併
  • 1995年(平成7年) - 阪神・淡路大震災により神戸工場が被災し閉鎖
  • 1996年(平成8年) - コミュニケーションネームを『ニップン』とする。
  • 1998年(平成10年)- 新規設立したオーマイ株式会社にパスタ製造部門を分割
  • 2003年(平成15年)- オーケー食品工業株式会社の株式を取得。
  • 2016年(平成28年)8月 - 本社を千代田区麹町4丁目の新本社ビルに移転[1]

工場編集

現在の主な工場編集

閉鎖した工場編集

主な関係会社編集

  • オーマイ(パスタ類の製造販売)100%子会社
  • 日本リッチ(冷凍食材の販売)100%子会社
  • 松屋製粉(そば粉の製造販売、小麦粉の販売)100%子会社
  • ニップン商事(小麦粉・砂糖・飼料等の販売)
  • ニップン冷食(冷凍食材の製造販売)100%子会社
  • ニップンドーナツ(飲食店の経営)100%子会社
  • 大和フーヅ(飲食店の経営)100%子会社
  • エヌピーエフジャパン(ペットフードの製造販売)100%子会社
  • ニップンエンジニアリング(プラント工事、機械機器、設計製作販売)100%子会社
  • オーケー食品工業(味付け油揚げ等の製造販売)
  • 鈴木(小麦粉・砂糖・調味料・酒類等の販売)
  • 丸七商事(小麦粉・砂糖・雑穀等の販売)
  • 東福製粉(小麦粉、プレミックスの製造販売)
  • PASTA MONTANA, L.L.C.(アメリカ合衆国モンタナ州、パスタ類の製造販売)

主な製品編集

  • オーマイショートパスタ
  • オーマイロングパスタ - 東北地方に限り「楽天イーグルス応援キャンペーン」バージョンが存在する。
  • オーマイゆでスパゲティ
  • オーマイパスタソース
  • オーマイスープ・ドレッシング
  • バリラ
  • ハート(薄力粉
  • イーグル(強力粉)
  • ゴールデンハート(薄力粉)
  • ふっくらパン
  • オーマイからあげ粉
  • オーマイフリッター
  • ニップンミックス粉
  • ニップンお好み焼き粉
  • 冷凍パスタ

など

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脚注編集

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出典編集

  1. ^ a b 渋谷区千駄ヶ谷5丁目の旧本社は三菱地所保有の日本ブランズウィックビル、新宿パークビル跡地と共に、「千駄ヶ谷五丁目北地区第一種市街地再開発事業」により、日本製粉、三菱地所施工の共同ビルを建設する予定。
  2. ^ a b c d 『パンの明治百年史』第二編 第五章 第一節「製粉業近代化の曙」パンの明治百年史刊行会、1970年
  3. ^ a b c d e f g 日本製粉(株)『日本製粉株式会社七十年史』(1968.06)
  4. ^ a b c d e 二ップンの歴史1879年(明治12年)日本製粉
  5. ^ 『日本製粉社史: 近代製粉 120年の軌跡』日本製粉株式会社, 2001, p40

外部リンク編集