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日立ミュージック・イン・ハイフォニック

日立ミュージック・イン・ハイフォニック(ひたちミュージック・イン・ハイフォニック、Hitachi Music In Highphonic)は、1964年から1986年4月までニッポン放送をキーステーションに全国33局ネットで放送されていた30分の音楽番組である。

日立製作所一社提供

毎回、ほぼトーク無しでテーマに沿って予め決められたり、ゲストが決めたセットリストの音楽を次々に流し続ける構成だった。ニッポン放送では1975年4月から1983年4月末まで、平日夜ワイド大入りダイヤルまだ宵の口』→『くるくるダイヤル ザ・ゴリラ』の番組内に内包する形で放送されていた。

1983年からは「HITACHI MUSIC INN」(日立ミュージック・イン)と題名を変更し内容も変わらなかったが、1986年4月4日(ニッポン放送は4月3日)の放送をもって終了し22年間の歴史(ミュージック・インとしては3年間)に幕を下ろした。本番組は録音放送だったが、後継番組はニッポン放送に限り生放送となり、タイトルを「HITACHI FAN! FUN! TODAY」と改め、内容も音楽情報番組に刷新した上で再出発することとなった。パーソナリティは上柳昌彦(当時ニッポン放送アナウンサー)に交代した。

2000年4月~12月には日立提供ではないものの、リメイク版が放送されている。

歴代ディスクジョッキー編集

上記の通り、ニッポン放送で平日夜ワイドに内包されていた期間は『宵の口』のパーソナリティである高嶋・波多江・くりが担当していた。その一方、『ザ・ゴリラ』パーソナリティであった塚越孝林家こぶ平(現:9代目林家正蔵)・上柳はこの番組を担当していない。高嶋・波多江・くりは『宵の口』ではマイクネームを名乗っていたが、本番組は『宵の口』をネットしない全国のラジオ局にも放送される関係からか、原則本名名義で出演したが、くり万太郎は、『ミュージック・イン』への改題後などは本名の高橋良一では無く、「くり」を名乗っていたこともある。

概要編集

1979年には放送15周年記念として、リスナーによって選ばれたミュージシャンの共演による演奏のオムニバスアルバム『Hi-phonics Hi-phonics』(アーティスト名は『ハイフォニック・ビッグ15』名義)が発売された(2004年CDで再発売)。参加ミュージシャンは坂本龍一細野晴臣大野雄二タイム・ファイブミッキー吉野ジェイク・コンセプション佐藤奈々子鈴木宏昌吉川忠英鈴木茂渡辺香津美など。

番組のOP/EDテーマ曲は、コロムビア・シンフォニック・オーケストラが演奏する「白い船白い鳥」(作詞:高田敏子 作曲:山本直純 編曲:小谷充、歌:やまがたすみこ)のインストゥルメンタル。歌詞入り版も偶に番組終わりにOAされた。レコードも存在する。テーマ曲は「HITACHI MUSIC INN」(日立ミュージック・イン)にタイトルが変更になった際に、当時日立の企業CMでBGMとして使用されていたバート・バカラック作曲・当山ひとみ歌唱の「OUR LOVELY DAYS」のインストゥルメンタルアレンジ版に変わった。

1972年10月当時は毎日放送してきたが、1974年4月以降は週末の放送を廃止。平日の放送に落ち着く。ニッポン放送では上記の夜ワイドが放送されていた1983年4月末までは月曜から金曜の22:00 - 22:30に放送されていたが、同年5月より『高原兄→三宅裕司のヤングパラダイス』に刷新されてからは夜ワイドの放送時間が22:00 - 24:00までとそれまでよりも1時間縮小されたため、夜ワイドからは外れて24:00 - 24:30に枠移動した。この時から1990年3月まで平日24時台は日立・ヤマハがメインスポンサーの番組で固定される。また、この移動と同時に金曜日は『ヤングパラダイスフライデースペシャル〜恋する電リク ザ・マイクストロベリーショー』→『TOKYOベストヒット』が編成されるが、こちらは木曜日までとは異なり25:00までの放送になるため、この段階でニッポン放送は金曜日の放送を廃止し、ネット局へは裏送り体制をとることとなった。これは後番組の『FAN!FUN!TODAY』にも引き継がれている。

ネット局・放送時間編集

1980年当時)

NRN系列他全国33局のネット

放送域内複数局でのネット局
その他地域のネット局

脚注編集

  1. ^ 本来ならNRN系列局のラジオ沖縄にネットするはずだが、当時ライバルの電機メーカー・シャープ提供の「シャープと共に」というローカルのリクエスト番組が放送されたため、JRN系列の当局がネット。