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日置神社(ひおきじんじゃ、ひきじんじゃ)は、愛知県名古屋市中区一丁目にある神社である。「日置天神」、「日置八幡宮」ともいわれる。熱田台地の高地、名古屋城下町の南限に鎮座する。付近の本町通から北に名古屋城へ、南に熱田神宮へ通じている。

日置神社
Hioki jinja.JPG
所在地 愛知県名古屋市中区橘一丁目3番21号
位置 北緯35度9分19秒
東経136度53分58秒
主祭神 天太玉命
社格 式内社・郷社
例祭 10月15日
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由緒編集

創建は不詳。延喜式の「尾張国愛智郡日置神社」にあたる。社名はを司る日置部に由来する。中世、山城国男山より八幡大神を勧請して合祀(京都東山五条北の若宮八幡宮とも)。明治42年10月、隣接の村社神明社を合併、配祀する。

永禄3年5月、織田信長桶狭間へ出陣の途次に本神社へ祈誓、戦勝後に報賽のため神域に松樹千本を植える。これより千本松日置八幡宮と呼ばれる。

明治維新の際、社号を復旧し日置神社とする。明治4年郷社に昇格。同40年12月26日、神饌幣帛料供進神社に指定される。昭和20年3月、戦災を受ける。同33年社殿復興造営完成。

祭神編集

主な祭典行事編集

摂末社編集

  • 稲荷社
  • 大黒恵比須社
  • 橘社
  • 津島社熱田社秋葉社合殿
  • 迦具土社須佐之男社合殿
  • 火具土社
  • 龍神社

その他編集

  • 桶狭間の戦いに関する言い伝えでは、織田信長は早朝に清洲城を出て本社に到り、敦盛を舞い、戦勝祈願を行い、軍勢の集結を待ってのち、熱田へ向かったという。
  • 明治4年の神仏分離の際、社家が資料を持ったままやめたため、資料が散逸している。
  • 明治29年、千本松の最後の1本が枯れたという。

外部リンク編集