旧劇 太功記十段目 尼ヶ崎の段

旧劇 太功記十段目 尼ヶ崎の段[1](きゅうげき たいこうきじゅうだんめ あまがさきのだん)は、1908年(明治41年)製作・公開、M・パテー商会製作・配給による日本のサイレント映画時代劇である。資料によっては『太功記十段目[2]、『絵本太閤記』(えほんたいこうき)[3][4]と紹介されることもある。

旧劇 太功記十段目 尼ヶ崎の段
監督 男沢粛
脚本 原作絵本太功記
製作 M・パテー商会
出演者 中村鶴之助
娘美団
撮影 男沢粛
編集 男沢粛
配給 M・パテー商会
公開 日本の旗 1908年12月10日
上映時間 不明 / 現存 17分[1]
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
テンプレートを表示

略歴・概要編集

M・パテー商会は現在の日活の前身の一社で、東京を拠点として、映画の製作配給を行っていた商社である。従来、外国映画の配給を行っていたが、1908年(明治41年)、浅草公園六区に新設された映画館・大勝館からの依頼で中村歌扇の少女歌舞伎を出演させた『曾我兄弟狩場の曙』を製作したのをきっかけに、映画製作を始めた[3]

同社が撮影所をもつのは翌1909年(明治42年)であり、本作は近辺ロケーション撮影で製作された[3]。撮影は、同社の現像部の社員であった男沢粛で、『曾我兄弟狩場の曙』を撮った西川源一郎と交互に作品を回していた[3]。本作は、江戸中期に成立した人形浄瑠璃絵本太功記』の代表的な「十段目 尼ヶ崎の段」を主題に、大勝館の舞台に出演していた中村鶴之助、鶴之助が率いる少女劇団・娘美団の出演を得て製作され、同年12月10日、製作依頼元である大勝館で公開された[4]

本作の上映用プリントは、現在、17分、1038.02フィート(316.39メートル)の上映尺の35mmフィルム東京国立近代美術館フィルムセンターに所蔵されている[1]同年製作の日本映画のなかで、同センターに所蔵されているのは、本作ただ1作のみである[5]。現在、観賞することが可能な作品である。

スタッフ・作品データ・キャスト編集

編集

  1. ^ a b c d 旧劇 太功記十段目 尼ヶ崎の段東京国立近代美術館フィルムセンター、2010年3月14日閲覧。
  2. ^ Taikoki judanme, Internet Movie Database, 2010年3月14日閲覧。
  3. ^ a b c d e 日本映画発達史 I 活動写真時代』 、田中純一郎中公文庫、1975年12月10日 ISBN 4122002850, p.155-160.
  4. ^ a b 絵本太閤記、日本映画データベース、2010年3月14日閲覧。
  5. ^ 所蔵映画フィルム検索システム、東京国立近代美術館フィルムセンター、2010年3月14日閲覧。

外部リンク編集