旭川学テ事件

旭川学テ事件(あさひかわがくテじけん)とは、1956年から1965年にかけて行われた「全国中学校一斉学力調査」(全国学力テスト)を阻止しようとした反対運動派が公務執行妨害罪などに問われた事件。最高裁判所昭和51年(1976年5月21日大法廷判決。旭川学力テスト事件とも言う。

最高裁判所判例
事件名 建造物侵入、暴力行為等処罰に関する法律違反被告事件
事件番号 昭和43年(あ)第1614号
1976年(昭和51年)5月21日
判例集 刑集30巻5号615頁
裁判要旨
  1. 憲法上、親は一定範囲においてその子女の教育の自由をもち、また、私学教育の自由及び教師の教授の自由も限られた範囲において認められるが、それ以外の領域においては、国は、子ども自身の利益の擁護のため、又は子どもの成長に対する社会公共の利益と関心にこたえるため、必要かつ相当と認められる範囲において、子どもの教育内容を決定する権能を有する。
大法廷
裁判長 村上朝一
陪席裁判官 藤林益三 岡原昌男 下田武三 岸盛一 天野武一 坂本吉勝 岸上康夫 江里口清雄 大塚喜一郎 高辻正己 吉田豊 団藤重光 本林譲 服部高顕
意見
多数意見 全員一致
意見 なし
反対意見 なし
参照法条
日本国憲法23条26条、教育基本法(当時)10条 、学校教育法38条、106条、学校教育法施行規則54条の2、地方教育行政の組織及び運営に関する法律5条、 23条 、48条 、49条 、50条 、51条 、52条 、53条 、54条、54条の2 、55条
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目次

概要編集

1956年から1965年に亘って、文部省の指示によって全国の中学2・3年生を対象に実施された全国中学校一斉学力調査(学テ)について、これに反対する教師(被告人)が、旭川市立永山中学校において、学テの実力阻止に及んだ。被告人は公務執行妨害罪などで起訴された。

一審(旭川地方裁判所昭和41年〔1966年〕5月25日判決)、二審(札幌高等裁判所昭和43年〔1968年〕6月26日判決)ともに、建造物侵入罪については有罪としたが、公務執行妨害罪については前記学力調査は違法であるとして無罪とし、共同暴行罪の成立のみを認めた。検察側、被告人側双方が上告。一部上告棄却、一部破棄自判・有罪。

裁判の内容編集

この裁判では、

  1. 子どもの教育を決定する権限(教育権)が誰に所属するか
  2. 教育を受ける権利としての学習権の存在
  3. 教師の教育の自由の保障

が問われた。

最高裁判所は、

  • 教育権の帰属問題は、「国家の教育権」と「国民の教育権」のいずれの主張も全面的に採用できない(折衷説)
  • 児童は学習をする固有の権利を有する(学習権の肯定)
  • 教師に教育の自由は一定の範囲において存在するが、合理的範囲において制限される。

と判示し、学テは合憲であると結論付け、その実施を妨害した被告人に公務執行妨害罪の成立を認め、原判決および第1審判決を破棄して執行猶予付き有罪判決を自判し、被告人側の上告は棄却した。

評価・問題点編集

本判決は国と国民の双方に教育権を認めた点で評価があるが、他方、国の介入を大幅に認めた点は、批判も強い(芦部信喜高橋和之補訂)憲法第四版260頁)。

その他編集

  • 学テをめぐっては、やはり1961年に反対行動(労働組合員による争議行為)をおこした岩手県教員組合でも地方公務員法違反、道路交通法違反事件がおきており、本判決と同日に大法廷で判決が言い渡された(岩教組学テ事件)。こちらは、地方公務員争議権が問題となっている。
  • この事件を始め、全国で反対闘争などが相次いだことから、全国学力調査は1965年に全員調査を中止した。そして、1966年の旭川地裁判決で、学力調査が違法と認定されたことから、この年を最後に学力調査は完全に中止となった。その後、全員を対象とした学力調査の再開は、2007年まで待たれることとなる(全国学力テスト)。

判例評釈編集

  • 内野正幸「教育を受ける権利と教育権──旭川学テ事件」芦部信喜・高橋和之・長谷部恭男編『憲法判例百選II』(有斐閣、2000年)

関連項目編集

外部リンク編集