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旭川駐屯地(あさひかわちゅうとんち、JGSDF Camp Asahikawa)は北海道旭川市春光町国有無番地に所在し、第2師団司令部等が駐屯している陸上自衛隊駐屯地。駐屯地の中央に滑走路があり、第2飛行隊による訓練が日夜行われている。また敷地が広大な為、野生のキタキツネや野良猫及び時期によっては蝦夷鹿(近文台分屯地)等の動物も生息している。

旭川駐屯地
第2師団創立63周年及び旭川駐屯地開設61周年記念行事
第2師団創立63周年及び旭川駐屯地開設61周年記念行事
所在地 北海道旭川市春光町国有無番地
駐屯地司令 第2師団副師団長
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旭川飛行場
IATA: なし - ICAO: RJCA
概要
国・地域 日本の旗 日本
所在地 北海道旭川市春光町
種類 軍用
所有者 防衛省
運営者 陸上自衛隊
標高 115 m
座標 北緯43度47分41秒 東経142度21分57秒 / 北緯43.79472度 東経142.36583度 / 43.79472; 142.36583
地図
空港の位置
空港の位置
RJCA
空港の位置
滑走路
方向 長さ×幅 (m) 表面
08/26 800×50 芝生
リスト
空港の一覧
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旭川駐屯地の位置
旭川駐屯地の位置
RJCA
旭川駐屯地の位置

旭川市は古くから軍都として栄えた街であり、昭和19年3月まで第七師団が駐屯していたことでも有名である。この為、旭川駐屯地内には北鎮記念館が設置され、第七師団の縁の品々を見学することが出来る。

最寄の演習場は、近文台演習場。駐屯地司令は、第2師団副師団長が兼務。

目次

沿革編集

  • 1952年(昭和27年)10月1日:旭川部隊が新設[1]
  • 1953年(昭和28年)
    • 1月16日:第62連隊本部及び本部中隊、第4大隊、第5大隊が美幌駐屯地及び恵庭駐屯地から移駐。
    • 3月8日:第2管区総監部の開庁式が行われる[2]
  • 1954年(昭和29年)
    • 1月10日:第2管区隊第2航空隊が新編。
    • 7月1日:陸上自衛隊に移管[3]
  • 1955年(昭和30年)
  • 1960年(昭和35年)1月14日:第301基地通信中隊、第380警務隊、第343会計隊が編成完結。
  • 1962年(昭和37年)
    • 1月18日:師団制への改編に伴い、第2管区隊が第2師団に改編。第9普通科連隊編成完結。第2航空隊が第2飛行隊に、第2通信隊が第2通信大隊にそれぞれ改称。
    • 3月7日:第2特科連隊主力(第2、第4大隊欠)が再び旭川に移駐。
  • 1973年(昭和48年)3月27日:警務隊の改編により、第380警務隊が第106地区警務隊に改称。
  • 1988年(昭和63年)3月25日:第2後方支援連隊が編成完結。第2特科連隊第6大隊が第2高射特科大隊に改編。
  • 1995年平成07年)3月27日:第9普通科連隊廃止。
  • 2008年(平成20年)3月26日:警務隊改編により、第106地区警務隊が第119地区警務隊に改称。
  • 2011年(平成23年)4月22日:第52普通科連隊第4普通科中隊が編成完結。

駐屯部隊・機関編集

第2師団隷下部隊編集

北部方面隊隷下部隊・機関編集

防衛大臣直轄部隊編集

旭川飛行場編集

 
旭川駐屯地滑走路、駐屯地創立記念行事にて。滑走面が芝生であることが確認できる。手前の道路は北地区と南地区を結ぶ道路
 
旭川駐屯地滑走路付近の空中写真。(1977年撮影)
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

戦前に「愛国飛行場」として開港。旭川空港が開港するまでは上川地方唯一の飛行場であった。第2飛行隊は、通常の飛行訓練のほかにも、山岳遭難に際して捜索・救難に参加したり、北海道知事の要請によって、救急体制に不安がある、道北の僻地・離島の急患搬送を行うこともある。必要に応じて小型飛行機やヘリなどの緊急着陸も可。

航空管制編集

TWR
123.1MHz,126.2MHz,138.05MHz,139.8MHz,140.5MHz

最寄の幹線交通編集

重要施設編集

  • 西旭川変電所(二次変電所)(旭川市)

脚注編集

  1. ^ 『北部方面隊50年のあゆみ : 歩みつづけるつわものたちのきらめく記憶』(山藤印刷株式会社/編集,陸上自衛隊北部方面総監部/監修 2003)
  2. ^ 『波乱の半世紀 陸上自衛隊の50年』朝雲新聞社編集局、朝雲新聞社、2000年9月15日、250頁。ISBN 978-4750980157
  3. ^ 自衛隊法施行令(昭和29年6月30日政令第179号)

関連項目編集

外部リンク編集