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明合古墳(あけあいこふん)は、三重県津市安濃町田端上野に所在する古墳時代中期前半の、全国的に見てもきわめて珍しい墳形の双方中方墳である。1949年昭和24年)、古墳見学に来ていた三重県立津高等学校地歴部の生徒によって発見された。梅原末治らの考古学者の手による調査を経て、1952年(昭和27年)10月11日、国の史跡に指定された。現在は明合古墳歴史公園として整備、公開されている[1][2]

目次

概要編集

本古墳は、伊勢平野のほぼ中央で、安濃川中流河岸段丘の東端辺に立地している。かつては方墳8基の陪塚(ばいづか)を持っていたが、その一部が史跡指定外であったため、現状は3~4基を残すのみである。周辺地域には方墳が多く、本古墳は規模的に見ても首長クラスの古墳と推定されているが、古墳時代では、特異な形の方墳である点は、地域的な特徴であると考えられている。

築造時期は、出土品からの判断で古墳時代中期前半(5世紀前半)と推定されている。

規模・形状編集

主丘が一辺60メートルの方墳で、その北東部と南西部に造り出しを持つ全国的に見ても希な形をしている古墳であり、斎藤忠により双方中方墳と呼称された。墳丘は二段築成で葺石が葺かれており、高さ8.5メートルもある。また、2ヶ所の造り出しの規模は、北東部は長さ8メートル、幅17.4メートルで、南西部は長さ13.5メートル、幅21メートルでやや大きい。

副葬品・出土品編集

本古墳や陪塚からは円筒埴輪や楯形・蓋(きぬがさ)形などの形象埴輪が採取されている。

脚注編集

参考文献編集

  • 竹内英昭 「明合古墳」『図説 日本の史跡 第2巻 原始2』 文化庁文化財保護部史跡研究会監修、同朋舎出版、1991年。ISBN 978-4-8104-0925-3

関連項目編集

外部リンク編集