桃谷順天館

明色化粧品から転送)

株式会社 桃谷順天館(ももたにじゅんてんかん)は、大阪府大阪市中央区に本社を置く化粧品メーカー。

株式会社桃谷順天館
Momotani Juntenkan Ltd.
種類 株式会社
市場情報 非上場
本社所在地 日本の旗 日本
540-0005
大阪府大阪市中央区上町1丁目4番1号
設立 1885年(明治18年)6月
業種 化学
法人番号 3120001029965
事業内容 化粧品、及び医薬部外品の製造、販売及び輸出入・健康食品の販売及び輸出入
代表者 代表取締役社長 桃谷 誠一郎
資本金 9,900万円
売上高 147億円(連結)
従業員数 434名
主要子会社 株式会社明色化粧品
株式会社コスメテックジャパン
外部リンク https://www.e-cosmetics.co.jp/
テンプレートを表示

会社概要編集

1885年明治18年)創業の老舗化粧品メーカー[1]1631年寛永8年)より紀伊国那賀郡粉河村(現・和歌山県紀の川市)で薬種商を営む「正木屋」に生まれた創業者の桃谷政次郎は、本人も薬剤師だった。愛する妻がニキビに悩んでいるために桃谷政次郎が創った「にきびとり美顔水」が、会社のルーツである[1]。「美顔」を商標として全国にその名を馳せた「にきびとり美顔水」は、今日では「明色美顔水」として販売されており、大ロングセラー商品となっている[1]

設備の老朽化などの問題から、1996年平成8年)に製造工場を大阪市港区市岡から岡山県和気郡和気町に移転するとともに、自社商品生産と平行してOEM(相手先ブランドによる生産)事業を始めた[1]。岡山工場はプロセス産業であるが、セル生産方式を採用している[2]

親しみやすい価格でトレンドにフィットした化粧品を展開する「明色化粧品」、OEM事業を手がける「コスメテックジャパン」等によるグループ経営を行っている。その他、桃谷順天館は、通信販売を通じて高品質・高機能な化粧品を展開する「RF28」ブランドや「RF28エステティックサロン」を展開している。

また、2007年(平成19年)には中国に現地法人「上海桃谷順天館化粧品商貿有限公司」を設立し、その取引先は日本だけでなく、アジアや欧米諸国にまで広がっている。登録有形文化財となっている「船場ビルディング」等を所有・運営している「桃井商事株式会社」などもグループ会社である。

事業所編集

沿革編集

  • 1885年(明治18年) 桃谷政次郎、和歌山県那賀郡粉河村(現・紀の川市)にて桃谷順天館を創業
  • 1887年(明治20年) ニキビに悩む妻のために創った「にきびとり美顔水」が大ヒット
    「美顔」を商標として全国にその名を馳せる
  • 1908年(明治41年) 大阪市東区(現・中央区)備後町に大阪出張所を開設
  • 1912年(明治45年) 大阪市西区靱南通(現・靱本町)に大阪支店を新築移転
  • 1913年(大正2年) 英国「リーバ・ブラザーズ社」と提携「美顔石鹸」を発売
    (英国リーバ・ブラザーズ社は、現ユニリーバ社の前身)
  • 1913年(大正2年) 業界に先駆けて化粧品試験部を開設
  • 1914年(大正3年) 白色美顔水を発売
  • 1916年(大正5年) 桃谷化粧品研究所を新築
  • 1918年(大正7年) 日本を代表する川柳作家の岸本水府が広告部に入社
  • 1922年(大正11年) 大阪市西区市岡町(現・港区市岡)に本社機能・営業所・研究所・製造工場を移転・統合
  • 1927年(昭和2年) 桃谷幹次郎、日仏・文化交流が評価され「レジオン・ドヌール勲章」を仏政府より受章
  • 1928年(昭和3年) 桃谷政次郎、社会貢献が評価され「緑綬褒章」「紺綬褒章」を受章
  • 1929年(昭和4年) 美顔化粧品を天皇陛下・皇后陛下に献上
  • 1932年(昭和7年) 油成分が入った化粧品をおとす画期的な洗顔クリーム「明色クリンシンクリーム」を発売して大ヒット。明色ブランドのはじまりとなる
  • 1932年(昭和7年) 天皇陛下の御使として牧野侍従(まきのじじゅう)桃谷順天館を御差遣
  • 1932年(昭和7年) 大平正芳(のちの総理大臣)桃谷順天館に入社
  • 1936年(昭和11年) 「明色アストリンゼン」を発売(バッファ効果で製法特許を取得)日本の弱酸性化粧品の先駆けとなり、化粧品の代名詞となった。1955年(昭和30年)には業界売上・第1位を記録
  • 1951年(昭和26年) ラジオ広告に起用されたコピー「美人は夜つくられる」は広告史上に残るほどの大反響を巻き起こし、クリンシンクリームの売上金額も2倍に飛躍
  • 1953年(昭和28年) ミス・ユニバース日本代表(世界3位)の伊藤絹子を広告に起用し、「八頭身美人」が流行語となる
  • 1957年(昭和32年) 「明色ものまね歌合戦」の番組スポンサーとなる(司会:林家三平)
  • 1959年(昭和34年) イメージタレント、東宝映画の香川京子、浅丘ルリ子を起用。男性化粧品には巨人の長嶋茂雄、俳優の石原裕次郎、プロレスラーの力道山を起用して話題になる。
  • 1962年(昭和37年) オーデコロンの世界的名門、4711社(ドイツ)の日本総代理店となり生産も含めた技術提携を行う
  • 1972年(昭和47年) 明色ナチュラル・スキンケア発売
  • 1976年(昭和51年) 明色ゴールドシリーズのイメージキャラクターとして「吉永小百合」が明色化粧品の広告に登場
  • 1993年(平成5年) 明色化粧品 分社化
  • 1993年(平成5年) コスメテックジャパン設立。化粧品OEM事業に本格参入
  • 1994年(平成6年) イノヴァ(現RF28)の設立(4社によるグループ経営に移行)
  • 1996年(平成8年) 岡山工場竣工(工場移転)。原料や充填包装資材の受け取りから製造、商品出荷までの厳しい品質管理体制を整える。2000年(平成12年)にISO 9001を取得。
  • 2005年(平成17年) すべての女性に健やかな生活を過ごしていただきたいという願いからピンクリボン活動(乳がんの早期発見・早期診断・早期治療を啓発する活動)を支援
  • 2005年(平成17年) コスモプロフ・ノースアメリカ(ラスベガス)へ出展
  • 2005年(平成17年) 進化する美肌サロン「RF28アンチエイジングラボ」オープン
  • 2006年(平成18年) 「企業進化を加速する研究所」をテーマに中央研究所の全面改装を実施
  • 2007年(平成19年) 上海桃谷順天館化粧品商貿有限公司を設立
  • 2008年(平成20年) 「RF28エステティックサロン」大阪にオープン
  • 2011年(平成23年) 化粧品のクチコミサイト@cosmeにおいて、「明色スキンコンディショナー」クチコミランキング・化粧水部門第1位を受賞、「オーガニックローズヘアウォーター」クチコミランキング・プレスタイリング・寝ぐせ直し部門第1位を受賞
  • 2012年(平成24年) 平成23年度「大阪市きらめき企業賞」を受賞
  • 2016年(平成28年) 本社を大阪市中央区上町に移転

スポンサー番組編集

現在編集

過去編集

同社が関西に本社を置く企業であるため、毎日放送MBSテレビラジオ)制作の番組に提供することが多かった。その他、在阪局では関西テレビ発の全国ネット番組のスポンサーを務めていたこともある。

なお1960年代までの一社提供番組では、オープニングキャッチとして、テクラ・バダジェフスカ作曲の「乙女の祈り」が流された。

歴代CMキャラクター編集

現在
過去

系列会社編集

  • 株式会社明色化粧品
  • 株式会社コスメテックジャパン
  • 上海桃谷順天館化粧品商貿有限公司
  • 桃井商事株式会社(船場ビルディングを管理する不動産会社)

脚注編集

  1. ^ a b c d 木村知史 (2015年2月7日). “100年企業を復活させ最高売り上げを達成 桃谷順天館の桃谷誠一郎社長に聞く”. 日経ビジネスオンライン. 2015年3月20日閲覧。
  2. ^ 池松由香 (2015年3月20日). “「早い」と「速い」の違い、分かりますか? 1人当たり製造数を1.8倍にした老舗化粧品メーカー”. 日経ビジネスオンライン. 2015年3月20日閲覧。

外部リンク編集