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春雨物語』(はるさめものがたり)は、上田秋成による小説集。1808年文化5年)刊。上田秋成(和訳太郎の名義)の処女作『諸道聴耳世間猿』が、当時の実在した人物をモデルにした喜劇が多かったのに対し、本作は悲劇や奇談、教訓と多彩な内容である。

発表の形態編集

刊本ではなく、写本により伝えられる。(1) 富岡鉄斎旧蔵本(五巻本)(2) 漆山又四郎旧蔵本(十巻本)(3) 桜山文庫本(十巻本)(4) 西荘文庫本(十巻本)(5) 田原本などがあり、本文は諸本によって異なる。このうち、 (2)(3)(4) は、奥書から、文化5年に成立したテクストに基づいていることが分かる。 (1) は、秋成自身により、その後大幅に改稿されたものである。

内容編集

収録されるのは、「血かたびら」「天津処女(あまつをとめ)」「海賊」「二世の縁(にせのえにし)」「目ひとつの神」「死首の咲顔(しくびのゑがほ)」「捨石丸」「宮木が塚(みやぎがつか)」「歌のほまれ」「樊噲(はんかい)」の十篇。

初期の『春雨草紙』では、「妖尼公」「月の前」「剣の舞」「楠公雨夜かたり」「背振翁伝(茶神の物語)」もあったとされるが、削除されたり他作へ転録されている[1]

物語編集

血かたびら
藤原仲成・薬子兄妹と一味は、平城上皇の復位・重祚を企てるが、嵯峨天皇側に伝わり兄は死罪、妹は怨みを抱きながら自害する。薬子の血はかけてあった帷子にふりかかり、それは弓矢や刀でも破れなかった。
天津処女
「血かたびら」の後日談のような位置付けで、随所に前話の人物の回想がある。良峯宗貞(よしみね の むねさだ)は仁明天皇の寵愛を受け、色好みでもあり華美のものを殊更に愛した。天皇が崩御して姿を消すが、小野小町に発見される。僧正遍昭となり、再び内裏に出入りする身となる。
海賊
土佐国司としての任期が終え、へと進む紀貫之の舟へ、海賊が追いかけてきた。海賊は、貫之に『続万葉集』の名義、『古今集真名序の内容や撰歌のあり方に疑義を呈する。また、三善清行意見封事十二箇条を引きながら、社会批判をも行う。滔々と論じる海賊に、周囲の舟人らも賛同し、本来、歌文の道を事とする貫之は言い返すこともできない。海賊はさらに帰京後の貫之に書状を送りつける。見れば、一部分は三善清行を讃える史論であり、また一部分は貫之は漢字の字義から考えれば「ツラヌキ」と読むべきだと難癖であった。後に聞けば、海賊は放蕩狼藉が原因で都を追われた文屋秋津であるという。
二世の縁
読書家で地元の名士でもある豪農が、夜中に短歌でも詠もうと屋外に出たら畑で奇妙な音を聞く。翌朝になって下男に掘らせたところ、土葬になった僧形の死体が出てきた。学のある豪農は一目で、これは即身仏となるべく、自ら生きたままミイラとなった高僧に違いないと判断した。ところが死体を温めると時を経て蘇生。しかし僧侶の姿にも関わらず生前の記憶がなく、粗野で怪力の別人になっていた。村の後家女と結婚し力仕事を生業とするが、豪農の使用人や村人たちは呆れ返り仏教信心を辞めるものが続出した。
目ひとつの神
相模小余綾(こゆるぎ)の浦で育った若者が、歌を教わりたいと考え、京を目指す。途中近江老曾(おいそ)の森で夜中に、修験者、一つ目の神、法師、神主、獣(言葉を話す狐、猿、兎など)、妖怪らによる宴に出くわす。この異形の者たちは時空を超え、国中を自由に行き来しているらしく、いにしえの九州や神の住まう出雲、歴代の都や東国の話が次々と出てくる。神は若者に、「京では芸道という枠組みにより、個人の才能の発露が制約されており、そのような環境で歌を学んでも益はない。東国でしかるべき師匠を見つけ、自身が歌を深めていくことこそ大事である」と説く。
若者は入京を辞める事にし、修験者の妖術で飛行して故郷に帰る。それを見た法師や獣たちは、空中で若者が驚愕する様子を笑う。この修験者や神主、法師は人間でありながら神仙や妖怪と深く交流し、百歳を超えているようで、神主は狐たちを連れて自宅に帰り宴の二次会をやる。
歌のほまれ
物語ではなく歌論。元々は「目ひとつの神」に含まれたとする考察がある。古今の和歌に似たような表現が多い理由を述べている。
死首の咲顔
摂津兵庫の在郷で酒造を営む、郷士くずれの五曽次の息子が、村に住む同族だが貧しい娘と恋仲になる。ところが、五曽次が結婚に反対したため、娘の兄が同伴して直談判する。それでも結婚に反対され、兄は五曽次の家で妹の首を斬り落とす。兄は死罪で投獄され裁きを受けるが、五曽次の一家も親族の纏めがなっていない旨により、代官所から「所払い」の言い渡しを受ける。激怒した五曽次は「お前のせいだ」と息子を打ちすえるが、愛しい男の家で斬られた娘の首には笑顔があった。息子は出家して大徳とよばれた。
捨石丸
奥羽の長者を殺して逃げてきた男が、仇討ちに追ってきた長者の息子と難所で洞門を完成させる。青の洞門の逸話に因む。
宮木が塚
摂津神崎川の遊女である宮木が恋の争いに巻き込まれ、悲運に散る儚い一生を描いたもの。
樊噲
樊噲と名乗る盗賊の半生を、幾つものエピソードを挟みながら語る物語。兄の金を持ち逃げして以来、殺人・強盗・恐喝の悪事を尽くした盗賊が改心して僧となる。実はこの物語を語っていたのは高僧・樊噲自身だったということが最後に明らかにされる。

初期収録の物語編集

妖尼公
北条政子畠山重忠との交わりと破局を描く。源頼朝の力量を曹操と比較、晋の司馬氏を執権北条氏に例えている。
月の前
頼朝が西行と月見をし、藤原家に伝わる歌道や政道の極意を尋ねる。
剣の舞
頼朝が静御前に舞を所望するが、その内容は中国の故事にちなむもので頼朝は感服する。
楠公雨夜かたり
楠木正成が「猿蟹合戦」を南北朝の動乱に准えて語る。
背振翁伝
を擬人化し葉を姓とする二人の兄弟に譬え、わが国の茶に 抹茶煎茶に分かれる二つの流れがあったことを物語にしている。

評価編集

秋成晩年の思想・認識の到達点がうかがえる作品。物語の持つ、歴史的要素(正史としての性質)と虚構的要素(寓言としての性質)のどちらにもとらわれず、両者を自由に駆使しながら作品を形成している。文章は極度に省筆されている。

活字本編集

脚注編集

  1. ^ 秋成研究会編『上田秋成研究事典』(笠間書院 ISBN 978-4-305-70790-1 C0095)第二章「春雨物語」