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景宗(けいそう、955年11月9日 - 981年8月13日)は第5代高麗王(在位:975年 - 981年)。姓は王、は伷、謚号は至仁成穆明恵順熙靖孝恭懿献和大王。光宗と大穆皇后皇甫氏の長男。妃は献哀王后ほか。穆宗の父。

景宗 王伷
高麗
第5代国王
王朝 高麗
在位期間 975年7月4日 - 981年8月11日
姓・諱 王伷
諡号 至仁成穆明恵順熙靖孝恭懿献和大王
廟号 景宗
生年 顕徳2年閏9月22日
955年11月9日
没年 太平興国6年7月11日
981年8月13日
光宗
大穆王后
后妃 献哀王后
陵墓 栄陵

父の光宗の代に豪族の大粛清を行い、景宗自身も父から懐疑の目を向けられ関係はよくなかったという。光宗が死去し景宗が即位すると、豪族たちは自分たちを讒言した者たちに復讐を行った。このように殺伐とした朝廷に嫌気が差し、景宗自身も酒色に溺れることが多かったというが、若くして病死した。長男の王訟(穆宗)がまだ乳児だったため、遺言で従弟の王治(成宗)を後継者に指名した。

家族編集

  • 献粛王后金氏 - 新羅敬順王の娘。母は王建の娘楽浪公主とみられる。
  • 献懿王后劉氏 - 文元大王(太祖の息子、王貞)と文恵王后柳氏(太祖の娘)の娘。
  • 献哀王太后皇甫氏(964年~1029年) - 王旭(戴宗)と宣義王后 柳氏の長女。
  • 献貞王太后皇甫氏(?~992年) - 王旭(戴宗)と宣義王后 柳氏の次女。(景宗亡き後、王郁(安宗)との間に顕宗をもうける)
  • 大明宮夫人(生没年未詳) - 元荘太子(太祖と貞徳王后の息子)と興芳公主(太祖と神明順成王后劉氏の娘)の娘。