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智里村(ちさとむら)は長野県下伊那郡にあった。現在の阿智村大字智里にあたる。

ちさとむら
智里村
廃止日 1956年9月30日
廃止理由 新設合併
会地村智里村伍和村阿智村
現在の自治体 阿智村
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 中部地方甲信越地方信越地方
都道府県 長野県
下伊那郡
面積 79.49km2.
総人口 2,587
国勢調査1955年
隣接自治体 長野県
下伊那郡会地村、伍和村、清内路村浪合村
西筑摩郡神坂村吾妻村
岐阜県
恵那郡中津川町落合村
智里村役場
所在地 長野県下伊那郡智里村
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地理編集

  • 山 :網掛山、日の入山、 夜鳥山、神坂山、恵那山
  • 河川 : 阿知川、本谷川、大沢川

歴史編集

交通編集

  • 三州街道 明治24年(1891年)県道[1]国道153号になる前)
  • 清内路線 大正12年(1923年)県道[1]国道256号になる前)

現在は旧村域に中央自動車道園原インターチェンジが所在するが、当時は未開通。

村歌編集

神つ神代をたふとくも 仰く神坂や恵那が岳 古き昔をゆかしくも 忍ぶ園原阿知の川 進み行く世のならひとて 今は伏谷のいぶせきも
教えの庭の帚木に 清められつる智里村 学びの兒等の新玉の 磨けば光る木賊山 やがては玉の柱とも はげみてならむ旭松
得は日毎に姿見の 池の心にかえりみて 知識は秋の月見堂 曇りなき迄おさめてん 勇気はたけく昼神の 尊の如く生々し立て
世のなりはひを怠らず 黄金の岩築かまし わが父母をあらはして 錦を家にかざる時 つなぐや駒のいななきに 裏山桜匂ふらん


脚注編集

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  1. ^ a b 智里村誌. 研究社. (1934年12月1日 1934). 

参考文献編集

  • 角川日本地名大辞典 20 長野県
  • 『智里村誌』 智里村青年会編 代表 石原衛 智里村青年会発行 1934年(昭和9年)

関連項目編集